お話44 メイドその2
「このごろ、彼女の周りにつきまとう男たちに気が気でない」
音楽鑑賞同好会の狭い部室に入ったとたん、開口一番に利くんが言った台詞がこれだ。
暇なときにたまに顔を出す程度の出入りなのだが、その数少ない機会に彼がもらしたのは、夏ごろからやたらと男子生徒に声をかけられるようになったポニーテールの眼鏡っ子の交友関係だった。
たしかに利くんの心配は杞憂ではない。
最近彼女に告白して振られたつんつん頭のクラスメイトもいたことだし。
もともと愛嬌がありよく喋る子だ。
垢抜けて見た目にもはっきりと可愛くなり、さらに秋ごろから色っぽさも加わることによって上級生からも目をつけられるようになった、と利くんが嘆いていた。
明るく可愛く色っぽいとなれば好かれないわけがない。
一年生のなかではうーこちゃんと二分する可愛らしい子、という認識になっているらしい。つんつん頭からの情報だ。
「受験勉強に身が入らない、とはただの言い訳だけど……あの子に寄り付く男を見ただけで、なんかこうね」
「たしかに男友達だか知り合いだかが周りにたかってますねえ」
「そうなんだよ! なかには見た目がいい男とか話し上手なのとか、売りがある連中もいるようだし」
ゴリさんの周辺をよく見ている。さすがに本気で好きなだけはある。
というか話の流れで直接彼女から聞いているのかもしれない。
どちらにしろ心配の種は尽きないだろう。
「僕が真昼くんと一緒にいられない時は八方くん、君に彼女を頼もうかと思って」
「……自分で言うのもなんですが、俺は危険な奴じゃ」
「いや、これ以上ライバルは増えてほしくないんでね」
眼鏡をすっと上げて真顔でこっちを見ている。
苦肉の策といったところか。男前を増やして密度を濃くするよりは、変態だが気心の知れた俺のほうがまだ我慢できると語った。
「つまりは番犬としての役割ですね」
「……一番危険な相手なんだけどね君は」
利くんの眼鏡レンズがきらりと光った気がした。
是非もない様子で肩をすくめている。
「もうすぐ彼女がここに来る。悪い虫がつかないうちに連れて帰って――」
「あー八べえだ!」
ドアが開いたと思った瞬間、俺の存在を確認したゴリさんがポニーテールを揺らして飛びついてきた。
同時に利くんからの鉄拳が肩にめりこんだ。
「今日はいい日だ~。利くんお弁当食べた?」
「ああ、頂いたよ。毎日ありがとう」
背中から抱きついているゴリさんを見やって、少し複雑な表情で利くんが弁当箱を取り出した。
それを受け取った可愛い眼鏡っ子が再度首に手をまわしてくる。
「3人で帰れるねー、嬉しい」
「そうしたいところだけど、僕は予備校があるからこの変態と帰ってもらいたくてね。彼に今日来てもらったんだ」
「あーそうなんだ」
利くん直球すぎるぞ。
変態呼ばわりに慣れたとはいえ、せめて気の知れた相手からは名前を……
ゴリさんも普通に受け答えてるし。
校門で別れ別れになる際、ちらほらゴリさんに声をかけてくる学年問わずの男たちを利くんが威嚇で蹴散らしていた。
しばらくして俺に至近距離まで近づき、拳を突き出す。
まかせた、という表現か。
了解の意思表示のために、がしっと拳を合わせる。
「うちもー」
そんな事情を知らない彼女が、それを見て面白そうに男の拳へ手を重ねてきた。
それぞれ手を離したのが合図のように別れ別れになる。
少なくとも他の男との接触は阻止してみせましょうとも。
「ん」
差しのべてきたゴリさんの手を握って歩き出す。
ちょうどいい機会だ。
前々から言われてたこともあるし、この子を婆ちゃんに紹介しよう。
「ゴリさん今時間ある?」
「八べえとならあるよ!」
ぎゅっと手に力をこめて即答してきた。
こちらを覗き込むように見上げてにっこりしている。
ロールアップした髪はミディアムでなく今ではもうロングに。
色白の肌にポニーテールと眼鏡がよく似合う、1年生女子のなかでも有数のキュートさだ。利くんのヤキモチも当然か。
「どこか行くの? あっ……デートだ!」
自問自答で上機嫌に。
しょうがないなあもう、とか呟きながら弾んで歩き出した。
「行き先なんだけど」
「ふたりきりならどこでもいいんだ、うち」
強烈な可愛さを醸し出す上目遣いでじっと見つめてくる。
肩に頭をあずけてきた彼女にいきさつを説明してみた。
「八べえのお婆ちゃんのおうち?」
「そう。以前から連れて来いって言われてて」
「ああ、多聞先輩って今研修旅行中なんだね。わかったよ、ずっと側にいてくれるなら一緒に行ってあげる」
にこにこ顔のゴリさんに、ありがとうとにへら笑い。
それを見た彼女がぷっと吹き出す。
隣で聞こえる鼻歌を聞きながらの下校になった。
俺に続いて入ってきたゴリさんを見ると開口一番、婆ちゃんが口にしたのはどこかで聞き覚えのある台詞だった。
「あんれえめんこい娘だねえ! わしの若い頃にそっくりだわ」
「五里真昼です。八べえにはお世話になってますし、これからもお世話になりますね!」
はきはきとした明るい声で元気よくお辞儀。
それを見て婆ちゃんは一目で気に入ったようだ。
うるうたんもこの眼鏡の可愛い子もタイプは違えど、なかなかに肝はすわっていて気後れはしない。そういう所がこの年寄りの好みなのかもしれない。
「うるちゃんも美人だけど、この子も清楚かつ色気があって可愛いね。九介お前女見る目あるな!」
わはははと豪快笑いを受けて、ゴリさんもあははと受け返していた。
挨拶もそこそこに婆ちゃんはゴリさんを二階へと促す。
洗い物でもしとけとご命令があったので台所にて作業をしていると、仕事が終わりかけた頃に婆ちゃんが戻ってきた。メイド服のゴリさんを連れて。
「……」
「可愛すぎて声も出ないんか。よく似あっとるで、しょうがないわの」
婆ちゃんの声は耳から耳へと抜けていった。
ワンピース型で短いスカート部分にはフリル、黒一色に白いエプロンといういつものうるうたんのメイド服ではあるものの、ニーソ部分は白ではなく黒を着用していた。
うるうたんに優るとも劣らない、可憐かつ色気満載のお姿。
眼福ですありがとう。
「八べえ、うち似合ってる? これスペアらしいんだけど」
「最高に可愛いっすよ」
思わず顔を赤くしながらもはっきりと事実を述べた。
ゴリさんはそれを聞いて嬉しそうにおどけながら、ぴらりとスカートを広げてぺこりと返礼。
萌え死にしてしまいそうだ。これを独り占めはよくないな。
ようしあとで勉学にいそしむ先輩にメールを送っておこう。
夕食の支度を依頼されたゴリさんは、得意分野とばかりに手際よくいくつかの料理を作り出した。
俺の大好物である生姜醤油漬けのから揚げ。
粉状にすりこぎしたイワシのダシを使った味噌汁。
以前も食べた温野菜は自分用に、婆ちゃんにはイワシのダシの粉を流用して厚揚げと大根などが入った煮物など、それぞれに対応した食事を提供してさすがの婆ちゃんを瞠目させた。
「わしの手作りの粉を使ったとはいえ、若いのに似合わず結構場慣れとるのう!」
「すごいですねこの粉。味噌もしょうゆも極薄でここまで味があるなんて」
ゴリさんも婆ちゃんのダシにかなりの感銘をうけたようだ。
家でもやろうかな、なんて呟いている。
「そうだろそうだろ。塩分は少なく、しかし味はしっかりと。これが年寄りの知恵だよ」
「素敵です! こういう粉って店で買うと高いんですよね」
料理に拘りがあるもの同士、意気投合して何よりです。
俺といえばひたすらから揚げを食らいついていたものの、野菜をとりなさい! とゴリさんに見咎められ、叱られてしまった。
婆ちゃんの家だろうがこういうときゴリさんは遠慮がない。
「真昼ちゃんだったの。それだけ可愛くて料理もできるのなら、婿を取るのに苦労せんだろ」
「学校でも男子生徒がわらわら寄ってくるしな」
他人事のように喋りながらから揚げを口に入れた。
肘うちが入った。野菜は食べてますよ!
「うるちゃんもあんたも九介の嫁と思ったが、ちとふたりともいい女すぎてこいつにはもったいないわ」
反論の余地なし。俺には彼女たちと何一つ肩を並べるものはない。
外見にしろ内面にしろ。
「そんなことはないですよ、お婆ちゃん」
「そうかい? こいつは爺さんのように男前じゃないしなあ」
写真の中の爺ちゃんはたしかに長身で美男子で好青年だった。
昔の映画スターみたいな威厳もあった。
身内の欲目もあるだろうが、男としては格が違うのだと認識している。
「うちはうちの価値観でしか男の人は語れないですけど」
俺がこぼしたお茶をさりげなく卓上ふきんで拭き取りながら、ゴリさんが優しく微笑んだ。
お母さん気質で包容力のある立ち振る舞いは、自然と滲み出るものだ。
「この人だけなんですよね。以前と今で、まったく変わらない態度で接してくる男の子って」
「ほう?」
婆ちゃんが興味ありげに身を乗り出した。
俺は続けて好物を胃の中に投下中。
「前は自分を好きになれなくて、卑下したり落ち込んだり。もっと太ってましたし」
「そうなのか?」
こっちに向かって聞いてくるが、自分としては安易に肯定するわけにはいかない。
「だとすると、お前がこの子を開花させたことになるが」
「彼女の努力の賜物だよ」
「……」
じっと俺を見つめるゴリさん。
でも実際の動機は利くんで、彼のためにいろいろ頑張ってきたんだから間違いなく自身の成果だ。努力を努力を思っていないところがこの子らしいけど。
「多聞先輩や明春さん。あのふたり可愛いでしょ?」
「……ああそうね」
突然の問いに素直に応えた結果、ごそっと野菜をよそられた。
ちゃんと食べているのでこれ以上勘弁してください。
「だから、うちはまだまだ自分を磨かないと負けちゃう」
「ふむ恋の力でってやつかの?」
冷やかし半分に婆ちゃんが問いかけるも、ゴリさんは満面の笑みではい、と頷いていた。
「わらわら寄ってくるなかにいい男もいるかもしれんて、それでもこれがいいんかい?」
「うちの最初の人ですから。何もかも」
これ見よがしに堂々と胸を張って、大いばりで答えてるゴリさん。
それを受けてやっぱり婆ちゃんが勘違いをしている。
長老のひと睨みで身体がすくみ上がった。
貴方が考えているようなことは一切――いや、その大半はしていない。
その、深いチューはしてしまったが……いやされてしまったが。




