お話42 なにかの跡と抱き枕
ぺろっと舌をだしたかわいい少女がイメージキャラクターのお店で晩御飯。
バースデーサービスというので、ケーキをいただいた。
たしかにここのケーキもメインの洋食プレートもおいしいのは認める。
でもこの誕生日のサービスってお子様限定とかなんじゃ……
いや俺は子供か。
店内に流れる特別なBGMやキャラクターとの記念写真、キャンドルサービスなど周りの人たちからも拍手されたり、いろいろお祝いしていただいた。
ありがたいのは身に染みたものの、当事者の自分は恥ずかしさで終始縮こまっていた。
うーこちゃんとゴリさんは何故かテンションが昂ぶって一緒にキャラクターと写真撮ったり、ふたりしてバースデーケーキをごそっと食べたりと、はしゃぎっぶりがカラオケの後半から半端ない。
ゴリさんなどは眼鏡をはずしてリミッター解除、とか呟いていた。
相変わらずうーこちゃんは小さい身体なのによく食べていた。
そして男には少々肩身の狭い夕食と甘食を時間かけてすごした後で、最後は家に来るという話の運びになった。
当然決めたのは女の子ふたりで、俺に拒否権はない。
幹線道路沿いの広い側道を並んで歩く。
夜もすっかり更けてきて、車の往来はあるものの人通りは少なかった。
「満腹って幸せだねえ」
つないだ手を大振りしてご機嫌な声色のゴリさん。
食事規制を解除したのは久しぶりだろうし、それは満足だろう。
「日程ずれたけど、これはこれでいい誕生会だよね!」
もう片方の手を握っているうーこちゃんもにこにこ顔だ。
もらったキャラクターとの写真を見ながら俺の微妙な笑顔に気付いて、くっくっと笑っている。まあ口元だけ笑って目はそのままな変顔なので当然か。
「ふたりともわざわざありがとう」
可愛いこの子たちにあらためて感謝の言葉を口にしてみた。
実際うーこちゃんやゴリさんくらいの女の子たちからここまでされるっていうのは、果報者に過ぎる。
「キューちゃん、嬉しい?」
腕に絡み付いて俺を引き寄せたうーこちゃんのささやきに、にへらと笑って頷いた。
「あたしはキューちゃんと一緒にいられるだけで嬉しいんだ」
「うちだってそうだよ」
ねー、と左右から顔を見合わせてにっこり笑う彼女たち。
何回惚れてまうを味わっただろう……いかんと思いつつ、流されるがままだ。
「ふたりの誕生日にはかならずお返ししないと」
「うんそうしてね! うちその日は八べえと一緒にいたいから、ちゃんと空けとくんだよ?」
「もちろんでさ」
利くんのことがある。
心に留めておいて臨機応変にいこう。
「あたしはキューちゃんのおうちで祝ってもらおっと」
「あ~、うちもそれがいいー」
あんなボロ家でよければいつでも提供しましょうとも。
家賃払ってないけど……
店から徒歩なので結構歩く。
食後の運動とばかりにゆたりゆたり、並んで手をつなぎ合い行進すること15分ほどすると、池波家私有地の通路前近くまでたどりついた。
あとは婆ちゃんの家を左に曲がれば、私有地のジャリ道を通ってすぐにアパートはある。
「あれ、誰かいる」
うーこちゃんがアパート前の人影に気付いて指をさした。
ゴリさんが何気に握る手に力をこめる。
俺といえば一歩一歩近づくたび明らかになるその姿形に、冷や汗が出る思いだった。
互いに無言。
眼鏡の子があ、可愛い服とか場違いな感想をもらし、ショートボブの子がメイドだ! と俺を見上げて含み笑い。
ふたりとも肝が据わっているというか度胸があるというか、引き気味なのは自分だけのようだ。
「おかえり」
「た、ただいま……」
可愛いメイド服を着た黒髪の美人。
しかし今は怒り心頭のご様子で、ご機嫌も最悪らしい。
無表情で声も硬い。
「どこに行ってたのか、言い訳を聞こうか」
「えーっと」
言い訳。いいわけか。
「……」
出てこねえ。ホラを吹こうにもうーこちゃんとゴリさんがそばにいる。
詰んだか。
「お誕生会開いてたんですよ、うちら」
「お誕生会!?」
「あたしと五里さんで、歌って食べて接待してきましたよ!」
うるうたんが俯いた。
「君の誕生日、今日だったのか」
「え。ああ、でしたね」
あの雨の日とは言えず、言葉を濁した。
ふたりの子もそこは空気を読んでくれたらしい。
「そういう大事な日に、私はのけものなのだな」
顔を上げたうるうたんの目は赤かった。
勘違いだと言いかけた俺を制するようにかぶりを振っている。
「ひどいじゃないか九介。私は君にとっていらない女――」
「あー、違うんですよ多聞先輩」
瞳から大粒の涙がこぼれそうになるのを見かねたゴリさんが、あわてて補足しだした。
誕生日は何日か前で、その際八べえはひとりで過ごしたこと。
その代わりに今日明春さんと祝っていたこと。
「今日、八べえのお婆ちゃんのおうちで中立くんとすごせたんですよね?」
「ああ。彼とおば様と夕食をともにすることができたが、それが?」
「それお膳立てしたのキューちゃんですよ! 代わりとしてあたしたちに誕生日を教えてくれたのは、中立くんでしたけどね」
「……」
泣きそうなうるうたんにじっと見つめられ、視線をさまよわせた。
こういうときの対応がいまだにわからない。
可愛い黒髪のメイドは、触れ合いそうになるまで密着してから立ち止まった。
「私を放っておいたのではなく、一慎との時間を作ってくれていたのか?」
「いやあ」
結果でしかないものをハイとは言えない。
本来はただ女の子ふたりに祝ってもらっていただけで、気遣いとかそういうものではないと思う。
「はっきりしろ。浮気をしていたのか、気を利かせていたのかどっちだ!」
胸倉をつかまれて前後にガクガクと揺さぶられれる。
ゴリさん笑ってないで助けて。
うーこちゃん面白がって腕にまとわりつくので、余計に事態が混乱した。
「ん? 頬と首筋になにか跡がある」
うるうたんの怪訝な呟きで反射的に距離をとった。
英断としての撤退だ。
「よく見せてくれ、なんだそれは?」
無理です。
接吻の跡などを披露できるわけもない。だが逃げようにも即効補足された。
手馴れたように手で顔を挟まれた後、じっくり吟味される。
左右にいるふたりの女の子を交互に見つめ、最後に俺を見上げてにんまりしだした。
笑うと垂れ下がる目尻はいつも通りだが、その奥の光は鋭さを増している。
ゴリさんを見ればぺろりと上唇をなめて何故かお色気全開で腕に絡み付いてくるし、うーこちゃんはんー、とかいって唇を尖らせチューの体勢。
それを確認してうるうたんがその跡がなんであるか、確定したようだ。
わざわざうるうたんに向かって誇示するような仕草でけんかを売っている。
「キューちゃんにいつでも会えるなんていう環境って卑怯だもん。このくらい許してもらわないと」
「だよねー。こういうのはちゃんとシェアしないと不公平よね!」
物件か俺は。
ふたりの小悪魔はお互いの気安い相手が迎えに来るまで黒髪のメイドさんを挑発し続け、その都度俺が煽りをくらって殴られる、といった状態が続けたのだった。
険悪には至らないぎりぎりまでのラインを保っていたが、それはうるうたんが以前の凛々しさをとり戻していると判断したからだろう。
理解したうえでの棘棘しさの応酬の間に笑ったりおどけたりと、見目麗しい3人の女の子たちは主導権のない男を肴に、女特有の世話話で盛り上がっていた。
そして彼女たちが迎えの無造作ヘアのハンサムと眼鏡先輩を連れだってそれぞれ姿を消した後、振り向いたうるうたんから逃げないようにがっちりと正面から抱きしめられ、否定不可能のお言葉をいただいた。
「今日のベッドは広すぎて眠れない。抱き枕がいる」




