お話41 ありがたき幸せ
とりあえずこの一連の騒動も、一週間ほど経てば境遇から何からそれなりに馴染んでくるもので、一慎がときどき来ては夕食を共にしたり、朝に恋人同士で待ち合わせて登校したりと以前のような雰囲気を取り戻しているかに見えた。
うるうたんはあの夜のことは覚えていない素振りだったし、俺にとっては親友に顔向けできない所業の末だったので、とりあえずはふたりが一緒のときには微妙に距離を置いていた。
後ろめたさのあらわれだった。
うるうたんの境遇に関してうーこちゃんとゴリさんと利くんには知らせたが、学校の連中には内緒にしておくことにしよう。
婆ちゃんから催促されていることだし、女の子ふたりはそのうち家に招待する予定だ。学園祭の出し物として使ったうるうたん所有の何着かのメイド服が、可愛い彼女たちを待っている。
変態と言われようともその瞬間が楽しみだ。
いつもの昼休みに中庭にてパン……ではなく、うるうたん自作のおにぎりを頬張った。朝に一慎と登校する際わざわざ家に届けてくれたものだ。
毎日となると大変だろうから遠慮したが、これも仕事のうちらしい。
今では彼女の手作りのお弁当がパン代わりの昼食となっていた。
人気者のうーこちゃんは男女問わずいろんな友達と、ゴリさんも利くんと部室にいるか、同級生たちと一緒に賑やかな昼を過ごしている。
俺といえばこの時間はぼっち飯と相場がきまっているのだが、今日は隣に一慎がいた。
同じおかずの同じ弁当をむさぼる男ふたりがわずかの時間にすべてを平らげると、食後のお茶を飲みがてら悪友がここに来た理由を話し出した。
「多聞ちゃんな、来週から郊外研修旅行なんだ」
「2年生だものな。それが何か問題でも?」
手渡された俺好みの銘柄の缶コーヒーを一気飲み。
苦さのなかに甘みがあるお子様仕様ではあるが、やはりうまい。
「旅行中のお婆ちゃん家の仕事はどうするのかと思って」
「それなら大丈夫だ」
なんでもすると宣言したからには、その間くらい俺が手伝う。
「住まわせて働かせてもらってすぐ旅行に行くというのは気がひけるじゃないか。彼女からは言いにくいだろうし」
「それなら俺から婆ちゃんに伝えとくよ。気が利くんだな」
「お前ほどじゃない。どうせうるうたんの代わりに俺が働く、とか決めてあるんだろうが」
さすがに鋭い指摘。
けどそれは心遣いじゃない、婆ちゃんとの約束みたいなもんだ。
恋人が生徒会の会合から戻ってくる時間だということで、一慎がその場から立ち去ろうとした。俺はその背中に思いつきで声をかけた。
「今日もうるうたんを送って家まで付き添うんだよな」
「ああ。そのつもりだ」
立ち止まったが振り向きはしなかった理由は、校舎から出てきたうるうたんがこちらの姿を認めて歩み寄ってきたからだ。
奴は手をふって彼女の名を呼んだ。
綺麗な黒髪をなびかせながら一慎に見せている笑顔は、以前と変わらない。
変わらないはずだ。
いつまでもそうして笑っていてほしいと思う。
そのためにはこの悪友同様、いくらでも体を張る意思はある。
「今日婆ちゃん家に寄って、彼女が作った晩御飯を食べていってくれ」
いいのか? という表情の一慎におうと頷き返した。
「婆ちゃんにはメールで伝えておくし、旅行の話も俺がするさ。何よりメイド服のうるうたんと過ごせる貴重な時間だ。目の保養をしていけよ」
「お前はどうする」
「用事を作った。後は察しろ」
空き缶をゴミ箱に遠投し、うるうたんが近付く前にその場を後にした。
とりあえず今日の夕飯はボロ家で済ませよう。
狙いを外した空き缶を拾い上げて逃げ去ったのは、ここだけの話だ。
やられた。
一慎の野郎エア的な用事だと捨て台詞を吐いた俺に、本当の用件を作りやがった。
放課後、夕食の食材を買出しに行こうとして教室を出てすぐに、小さくて可愛い生き物その2と眼鏡をかけた可愛い生き物その3に連行された。
ちなみに可愛い生き物その1はうるうたんだ。
帰宅途中に人気のない道を選びながら、左右から腕を組まれて逃亡しないようにがっちり固定。そのあと彼女たちの不満やら怒りやらの合唱を聞くことになった。
「聞いてなかったんですけど?」
もたれかかるショートボブの頭をぼんぼんと俺の肩にぶつけ、頬をふくらませて不機嫌なうーこちゃん。
「どうして教えてくれないの! 知らなきゃうちもどうしようもないじゃん」
つかんでいる腕をぶんぶんと振って「もう!」とか呟いているお母さんのようなゴリさん。
何故ふたりが怒っているのかといえば、うるうたんの騒動があったその日が俺の誕生日だったということを先ほど知ったかららしい。
情報元は悪友からのメール。
彼女たちが一慎とメール交換していたことに驚いた。
奴も結構そつがないというか、手が早いというか。
「朝ソロで祝ってそれっきり。自分でも忘れてまして」
「そんなの寂しいよ、うちにくらい教えてよ!」
「そうだよ! あたしにだけは伝えてもらいたかったな」
その台詞の後、左右から無言で睨み合うふたり。
それから顔を見合わせて、今から誕生会やろうとかお料理作ろうとか互いに盛り上がりだした。
ありがたい話ではあるものの、いきなりの展開にふたりの予定は大丈夫なのだろうか。
「キューちゃんの生誕を祝うんでしょ? それ以上の大切な約束なんてないよ」
「うんうん。今日はうちらで八べえを接待するよ! 遅れたけどちゃんとしようね?」
「ありがたき幸せ」
彼女たちの優しさはいつだって身に沁みる。
いい子すぎて、惚れてまうやろの感覚がいつまでたっても薄まらない。
その優しさに甘えてときどき自己嫌悪になるときはあるが、今日だけは存分に接待を受けさせてもらおう。年に一度のお祝いだ。
高校生になって初めてカラオケに行った。
自ら積極的には足が向かないものの、一度歌うとなれば音楽馬鹿の本領発揮だ。
洋邦問わずさまざまなものをシャウトさせてもらった。
明るく盛り上げ上手なうーこちゃんはもとより、音楽鑑賞同好会のゴリさんには大うけした曲が多かった。
「意外だー、キューちゃん歌うまいじゃんね!」
「ねー」
なんにでも不器用かつできないづくしの自分だが、ナル気分で歌うのは得意だったりする。
フェミニンな外見のうーこちゃんは声までキュートだったし、ハスキーな声色で歌うゴリさんは音楽鑑賞同好会の部員らしく、普通の女の子が歌うものとは少し違って、俺としても聞きごたえのあるいい選曲ばかりだった。
そのうち歌い疲れて雑談の時間に。
趣味の合うゴリさんとの音楽談義でうーこちゃんを蚊帳の外においてご機嫌を損ねたり、その代償として膝の上に座った彼女からチュッチュされてゴリさんの機嫌も損ねたりと、女の子ふたりの接待はなかなか難しい。
いや待て接待うけるのは今回ばかりは俺だ。
「そういえば、ちゃんとした誕生日のお祝いをしてなかったんよね」
ゴリさんが意味あり気に持っていたグラスを置いて、すぐ隣の俺を見た。
「一番最初に乾杯したとき、おめでとうと言ってもらったよ?」
「それはそれ、これはこれね」
立ち上がってソファに膝をつき、首に手をかけて顔を近づけてくる。
ぽってりとした唇に目が離せず固まった。
「そうはさせない!」
膝の上のうーこちゃんが邪魔しようとしたのだが、勢い余ってバランスを崩し、ゴリさんと顔が重なった状態になった。
女の子同士でチューをした瞬間を目撃して、飲んでいたお茶が器官に入りかけてむせた。
「えー」
「えーはこっちの台詞だよ! うちらがキスしあってどうするんよ」
なかなかいいものを見せてもらった。
可愛い子同士の接吻なんてなかなか見れるもんじゃない。
誕生日祝いにふさわしい役得だ。
「ようし、じゃああらためて左右からキューちゃんにチュってすればいいんじゃない? 感謝の印に跡つけようよ!」
「うんうんそうよね。頬とか首筋とか唇とか」
何も反論させず、何も行動を起こさせず両側からうけるキスの嵐。
唇は死守した。それはいい。
天国なのはいいが、頼んだ飲み物を持ってきた男の店員が部屋の中に入ってきた瞬間、一気に現実に戻された。
うーこちゃんとゴリさんは店員を一顧だにせずひたすら行為に没頭している。
それにしても知らない男の視線が怖いと思ったのは、このときが最初だった。
立ち去るときの射殺されかねない一瞥を合図にカラオケは終了。
跡は残った。いろんな箇所に。




