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お話39   大人の世界

 母方の祖母の前に俺とうるうたんが並んで座っている。

 池波家での応接間が、今いる場所になる。

 ソファにもたれている祖母藤乃、その前に正座する俺、隣にはうるうたん。

 彼女もしなくてもいい正座をしていた。


「いきなり血相かえて女連れで乗り込んできたと思ったら」


 怒りの説教を食らう覚悟で婆ちゃんにお願いしてみた。

 うるうたんをここに住まわせてやってはくれないかと。


「なるほど、ヘルパーを紹介してくれるというわけかい」


 身をのりだして彼女を見定めるように、まじまじと見つめた。


「すばらしい美人さんじゃないか。爺さんが生きてたら無事じゃすまなかったな」


 わはははと大笑。事の重大さを真に受けた様子は一切ない。

 いちおう一通り事情は説明したはずだが、あっけらかんとしている。


「よそ様にはよそ様の都合がある。そこのところは深く追求しないね」


 俺と彼女を交互に見てにやにや。

 この豪快かつ細かいことには(こだわら)らないところはこちらとしてもありがたい。

 婆ちゃんにとっては見ず知らずの他人だが、俺にとってはかけがえのない女の子だ。

 ここは貫徹の志で頼み込んでやる。


「この子がここにいられるのなら、俺はなんだって手伝う」

「……惚れとるか、この女子(おなご)に」

「惚れてる」


 うるうたんの反応はわからない。

 俺は婆ちゃんの目から逸らさず即効で返した。

 何故かうれしそうな婆ちゃんのにたにた顔があった。


「本気の目と本気の(つら)か。自分の女のためにならお前も……一やはり人前に男になれるようだな」

「彼女には彼女にふさわしい恋人がいる。俺はその友達で」

「――ほっほお!」


 婆ちゃんの意外ともいうべき感嘆が部屋に響き渡った。

 勢いで立ち上がっている。俺の目の前で腰を下ろし、目線を合わせてきた。


「つまり、お前は自分の女でもないこの女子(おなご)のためになんでもすると?」

「なんでも」

「他人の女子(おなご)だろ?」

「うるうたんはうるうたん。俺にとっては自分のだろうが他人のだろうが、今はどうでもいいことだから」


 しばらく無言で婆ちゃんとのにらめっこ。

 そのうちばしばしと頭をはたかれた。

 母ちゃんは婆ちゃんそのものだということを確認できた。


「多聞うるう、とかいったの」

「はい」


 (うつむ)いていた彼女が婆ちゃんに向き直った。

 見上げた彼女の美しい面持ちは、相手の鋭い視線を真っ向から受けていた。


「これを育てたのは、お前さんかい?」

「私だけではないと思います。ほかにふたりほど」


 今度こそ婆ちゃんの爆笑が部屋にこだました。

 爺さんと、爺さんと一緒じゃ! とか口ずさんでいる。

 腹を抱えて何がそんなに大うけなのか。


「なかなかおもしろいことになっとるようだの! 惚れとる女子(おなご)へ力になるが、その女子には男がおるか、そうかや」


 続けて笑いながらも、そのたびに俺ははたかれる。

 こんなにはしゃぐ婆ちゃんはそうそう見ないが、そろそろ答えが欲しい。


「ここで住むか?うるちゃん」


 なぜかいきなりあだ名で呼びだした。

 うるうたんははっきりとした声ではい、と即答している。


()し好し。うるちゃんの親どもにはわしから話してやろうな。なに学校も問題ない。校長の洟垂(はなた)れは色んな会合で面識があるでの」


 頼もしい言葉に恐ろしい成分をすこし含んで、またにやりと悪い顔。

 婆ちゃんのまた婆ちゃんの世代から町の顔役としてコネがある池波家ならではの大言だ。たぶんホラで終わらず本当に話を通してしまうだろう。


「ここで家事手伝いとして働くなら、このバカな孫にいつでも会えるし」

「はい! 私はそれが一番嬉しいです」


 世代は違えど、女同士にっこりと顔を見合わせている。

 認めてもらえたのか? 思わずぐっとこみ上げるものがあった。


「ひよっこめ、泣くのはこの女子(おなご)をものにしてからにせい」


 携帯端末を器用に操作し、誰かに連絡している。

 内容からすると相手は自分の息子、俺にとっては母ちゃんの兄である伯父さんようだ。

 店の仕事? いいからそんなもんは嫁にまかせて早く来い! とか無茶苦茶強引なことを命令口調で話している。さすが一族の長老だ。逆らうものなし。


「うるちゃんを連れて行く。親の説得と、あとは学校関連の洟垂(はなた)れどもに話をつけてくるからな」

「俺はどうすれば?」

「この子の男にでも連絡しとけ」

 

 近所で金物店を営む伯父さんが何事かと慌てて車で駆けつけてきたが、まったく説明もなしにうるうたんを連れ、一言も有無をいわぜず足早に乗り込んで去っていった。

 あの強烈な意思と猪突の性格はまさに池波家のお家芸、母ちゃんにも脈々と受け継がれている。

 伯父さんも結構豪快な人なのだが、婆ちゃんには遠く及ばないようだ。




 

 俺からのメールを受けた一慎が詳細を知らないまま家に来た。

 うるうたんが実家からいなくなったことを知っていたようで、周辺を探し回っていたのだという。びしょ濡れのまま息を切らして現れた。

 留守番ということで勝手知ったる祖母の家、タオルで水気を取ってもらってから応接間に案内し、いきさつを説明する。


「多聞ちゃんの顔を見れば全ててわかることだ」


 頭からかぶったタオルに隠れて表情はわかりにくいが、満面で喜んでいるわけではないようだ。奴の立場になってみれば当然か。


「俺のようなガキの覚悟なんてものは、現実としてなんの解決にもなっていないからな」


 実際世の中、コネや財力だと言いたげだ。

 それを取り持ったのが俺なのが余計引っかかってるんだろう。

 力なく肩を落とす一慎を見つめることしかできなかった。


「行永先輩から聞いたことがある。お前に劣等感しか感じないって……今俺がその気分だよ」

「……」

「お金や力でどうにかできる子じゃないんだ。でも九介相手なら素直になれる。お前だけは別なんだろう」


 乱雑にタオルで頭をがしがしと。

 苛立ちが手にとるようにわかる。


「ここなら……一緒にいられるものな。いつでも会える」


 乱暴にソファにもたれかけ、長いため息を吐いてて天井を見上げていた。

 ほとんど独り言に近い。


「どうしようもなく追いつめられたときに(すが)りたい相手ってのは――」


 続きの言葉はなく、部屋に沈黙がおりた。

 そして用件を終えた婆ちゃんたちが帰ってくるまでの長い間、陽が暮れた後もそれは続いたのだった。



 


「親としても、うしろめたい厄介払いかもしれんな」


 一仕事終えた婆ちゃんが、食堂で俺の淹れた熱いお茶をすすりながら呟いた。

 応接間では一慎とうるうたんが恋人同士だけの話を展開中だ。

 経過報告を一族の長から拝聴する。


「高校在学中だけでも預かってくれるとありがたいのだそうだ。母親としてではなく、女としての判断かの」

「うるうたんのお母さんが」

「あるいは正しい選択だ」


 ……そうかもしれない。

 厳しく考えれば冷却期間は必要だ。

 このままだとあの家にはいたくないと、うるうたん以外の人も思ってしまうかもしれない。経験の浅い俺にはわからないが、家庭の事情はそれぞれで是非もないのだろう。

 だからこそいつでも会える距離で距離をおく。

 結論からいうと世知辛(せちがら)いことは海千山千(うみせんやません)の婆ちゃんに丸投げでいいのかもしれない。

 今はうるうたんが近くにいてくれることを素直に喜ぶべきだろう。


「このことが学校に知られるとまずいと思うんだけど」

「問題ない。洟垂(はなた)れどもには話をつけた」


 確かにうるうたんに金と力で理不尽に言うことをきかせようとしても無駄だろう。

 しかししがらみに(とら)われた大人どもには、コネと圧力というものは効果があるようだ。


 この短い間に即決とは、お見事の一言に尽きる。

 人伝(ひとづて)だが、さすが爺ちゃんのお葬式に市会議員やら県会議員やらがが訪れたらしいことはある。

 黒いな池波家。

 大人の世界だ。





 話を終えた美男美女が応接間から出てきた。

 あらためてふたりとも婆ちゃんに挨拶をしている。


「こうしてみるとお似合いだの! 男ぶりでは爺さんに負けんし、うるちゃんもわしの若い頃そっくりだて」


 爺ちゃんはともかく、大柄で肝っ玉母ちゃんのようなこの人とうるうたんは違いすぎるような気がする。何かを察知したのか、婆ちゃんの鋭いはたきを頭に食らった。


 内密の話で何かいいことがあったのか、悪友も先ほどよりかはずっと明るい顔を見せてうるうたんと手をつないでいる。彼女は生き返ったかのように晴れ晴れとした面持ちで一慎と見つめあっていた。


「似合いすぎて妬けるか? 九介」

「否定できないけど」


 首を振って苦笑い。

 ふたりをくっつけようとして走り回った以前の光景を思い出す。

 いつだって見たいのはうるうたんの幸せな姿だ。

 この黒髪の美人がこうして前向きに生きようとしてるのは、彼女自身だけではなく、自分にとっての幸せでもある。

 やせ我慢とか無理ではなくそう思う。

 一慎はすでに腹を(くく)っているだろう。

 俺もうるうたんのためにはなんでもするつもりだ。

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