お話37 いつでも味方
「……なるほど」
「身内の事情というやつだ」
学園祭に倒れた直接の原因を、今このとき初めて知った。
うるうたんから告白された一慎も、悩みに悩んだ末で恋人から了解をもらって俺に伝えているわけだ。
君はいい夏をを過ごしてきた。こんなに楽しいのは記憶にない。
以前に彼女から感慨深くそう言われたことがある。
あまり気にとめなかった言葉の内容が、今となっては重い。
内容が内容だけに、陽も落ちかけた人気の少ない小さな公園での話になっていた。
正気を取り戻したかに見えたうるうたんは、今ゴリさんとともに俺のボロアパートに身を置いている。
こういうとき包容力のある眼鏡っ子の存在はありがたい。
女の子同士でしかわかりあえない部分もあると思うから。
母親の再婚で新しい父親とうまくいかず、そのうちに母にも反発するようになるというのは世間ではよくある話だ。
けれどもそれが身近な人の場合となると、事情が違ってくる。
うるうたんの性格からして我慢を重ねて誰にも話さず、それを無理に押さえつけてすごしてきたに違いない。
そこへ俺との距離感、一慎との出来事で精神的にきてしまったようだ。
そのことに対して悪友は己を責めていた。
「九介と保健室で一緒だった彼女を見て安心したんだが、根は深かった」
学園祭から数日が経ち、家で何事かあったのかうるうたんは再度不安定な精神状態になった。そこでゴリさんや俺に話す次第となったらしい。
「お前のせいじゃないぞ一慎。そうだとしたら俺のせいでもあるからな」
「あの子を受け止めるのは俺の役目だ。少なくとも変態の出番はない」
にやりと決意のほどを表してみせた悪友に、にへらと頷きかえす。
同じ笑みでも格好のよさは雲泥の違いだ。
「いざとなったら多聞ちゃんを連れて一緒に暮らす」
男前すぎて反応できなかった。
出来るか出来ないかではなく、決意表明みたいなものだろう。
相変わらず考えが雄雄しい奴だ。
話がひと段落したところでアパートに戻ったが、家からは予想外にも明るい雰囲気と賑やかな声で出迎えられた。
その中には可愛い声と可愛い立ち振る舞いがよく似合う、ショートボブの小さい女の子がいたからだ。
「おかえりー」
「ただいま。ありがとうゴリさん、うーこちゃんおひさま」
「おひさま! キューちゃんお邪魔してるよー」
「男同士の密談はすんだか? 一慎も九介も大げさだな」
三者三様の対応だったが、どの子も笑顔だった。
元気なうーこちゃんに明るいゴリさん、余裕があるように見えるうるうたん。
こういうときにうーこちゃんの元気さや明るさは心強い。
それにつられたのか、黒髪の美人さんも落ち着きを見せている。
狭いアパートに5人というのは過密の空間だったとしても、うるうたんを気遣う気立てのよい子がふたりもいれば場は明るく、笑い声が絶えなかった。
彼女たちに心から感謝したような一慎も、鼻をすすりながら大笑していた。
一朝一夕に名案が浮かぶわけもない。
今この時だけは一緒に語り合い、笑って、みんなでご飯を食べた。
うるうたんは何度も涙ぐみ、恋人がその肩を抱く。
俺といえば左右に可愛い生き物から挟まれつつも、彼女からの得体の知れない所有権とやらの言い合いを聞いてまたも置石に。
悪友とその恋人の失笑を買っていた。
それから夜が更けるのもあっという間だった。
ゴリさんは一足早く利くんのお出迎えで帰宅し、美男美女は当然手をつないで一緒に帰る。俺もうーこちゃんを送るために家の外に出た。
帰り際、一慎に肩を強くつかまれつつお礼の言葉をもらった。
「今日はみんなでいられる場所があって助かったよ」
「ゴリさんとうーこちゃんを拝め。俺は何もしとらん」
「そうだな感謝してる。ありがとう明春さん」
それを受けてにっこり満面のうーこちゃん。
この明るさにどれだけ救われたか。この子もゴリさんも本当にいい子だ。
「やっぱり多聞先輩とはちゃんと張り合いたいからね。元気な先輩からキューちゃんを奪ってこその完全勝利だよ!」
「あとで後悔するのだな。だが今回だけは君と五里くんに感謝する。ありがとう」
「どういたしまして」
ぺこりと一礼。にこりと火花。
微笑ましいのか棘棘しいのか判別しがたいが、とりあえず皆一斉に笑って解散になった。
うーこちゃんがそっと手を握ってくる。
いつものように肩が触れるほど近くで、幹線道路からはずれた静かな道を歩き出した。
「先輩大丈夫かな」
心配そうな横顔だった。
明るくしてはいたものの、やはり内容が重いだけに楽観はできないようだ。
「一慎がついてるし、今すぐ大事にはならない……と思いたい」
「だねえ」
「うーこちゃんはいい子だね」
手をつないだまま彼女が足を止めた。
振り返ると、俺を見つめる彼女がかぶりをふっていた。
「キューちゃんがそれを望んだから、ってこともあるんだよ?」
「え?」
「五里さんがどう感じたかは知らないけど、あたしはキューちゃんが一番大事」
秋の夜長に聞こえるなにかの鳴き声が環境音楽になっている。
真剣に見つめてくる彼女の本意を図りかねて首をかしげた。
「だからね」
ぱっと手を離し、それを背中に回して抱きついてきた。
胸に顔をうずめた状態からなのか、声はくぐもっている。
「キューちゃんが大事に大事にする多聞先輩をあたしも気遣うし、見守るの」
「……それでもありがとうね」
「でも少しどころか、かなり妬くんですけど?」
不満顔のお子様モードで見上げてくるその可愛らしさに、思わず抱きしめ返した。
「キューちゃんは、あのひとが大好きなんだね」
いつしかのゴリさんと同じことを言ってる。
だが否定はしない、大好きだ。
あの夏の日のように、首元に唇が触れる。
人通りの少ない夜道なのは幸いだった。
うーこちゃんもかなり好きなんですけどと伝えたいが、下種の極みか。
もう手当たりしだいのたらし野郎という噂は否定しないことにしよう。
図星すぎて泣けてくる。
「あとで気付くのかな? それとも今もうわかってるのかな。多聞先輩は不幸じゃないかもってこと」
「……」
「キューちゃんがいつでも味方なんだもん! あたしのときもそうだったから」
「いつだって、できるだけそうでありたいけど……」
言葉にできない想いは、もうこの子を強く抱きしめることで切り替えよう。
俺には説得力が何もない。
「わかってる。わかってるよ」
少しきつく抱きすぎたか。
身じろぎしながら可愛らしい反応を見せたうーこちゃんが、ひょこっと顔をあげた。
瞳が赤くなっている。
彼女の感受性に対応できなくて固まってしまうが、彼女はそれでも笑っていた。
「あたしはキューちゃんが好きで、キューちゃんもあたしが好き。そうだよね」
読心術か抱きしめる腕にこめられた何かを感じとったのか。
なんにせよ複数に気を回しているのは事実だ。
どう答えても薄っぺらく軽く、嘘くさく聞こえるに違いないから口にすることはできない。
「だったら」
彼女の両手で頬を包まれ、お互い見つめあった。
「ちゃんと言葉にして言ってみて?」
うるうたんゴリさんにはすでに放言済み。
この3人の感性はどこかでつながっているのだろうか。
俺を受け入れる度量があるという点では共通しているのだろう。
しかしながら同じことでも3度目ともなると、いかに節操なしでも自省というものが生まれてくる。気軽すぎるのにも限度がある。
「いや……さすがにそれは」
「言ってみて」
「……」
泣き顔成分が多くなってきた。保護本能が強烈に刺激される。
どう批判されようが事実は事実。
開き直りだとしても、もう正直に言ってやれ。
「うーこちゃん大好」
言葉の途中で彼女が首元に飛びついてきた。
悲しい泣き声ではなかったことに胸をなでおろす。
ややもすると自分に軽蔑とか嫌悪感とかを向けそうになるので、それをかき消すためにも大仰に笑ってみせた。うーこちゃんもはにかんで笑ってくれた。
また今日も心の会議で夜が終わる。
それまではこの子の上機嫌を維持して、家まで送り届けることにしよう。




