お話34 距離
残暑が過ぎ去り、あとは秋が暮れるだけになった今日この頃。
特に目立った事象もなく至って平穏な生活が続いていた。
一線を引くというのもそのレベルはやんわりと。
会えば話もするし、メールもすれば連絡もとる。
ただ前のように一緒にふたりで、というのを何気なく避けてみた。
うるうたんは一慎と仲直りしたようで幸せそうだったし、ゴリさんは利くんとの間でなにか進んだのか、帰りはずっと一緒らしい。
2組のペアの順調さが垣間見れて、以前と今の仲人としてはほっと一息だ。
遠くから見守るという段階に入ったと自己完結をしておいて、今以上に親密になってくれることを祈ろう。
うーこちゃんといえば幼馴染とは仲の良い友達以上ということで、夏の件以来俺の話を連呼する彼女へ嫉妬らしきものを向けるらしい。
あまり動揺をあらわさない冷静なイメージがあるコーメー君の、意外な一面だ。
つまり春以降どたばたしていた周囲の環境が整理されてきたということ。
本来の落ち着くところへ落ち着いたということで、可もなく不可もないぼっちの学校生活はイベントを迎える。
学園祭だ。
といってもごくごく普通の高校の普通の祭事でしかないわけで、各クラスの出し物などは出尽くしたアイデアばかり。
うちのB組は……ホストクラブ。
男は正装、女は男装してお客をもてなす非アルコールの健全な接客業となる予定だ。
理由は単純。
学園一の好男子である中立一慎がいるからだ。
彼をホスト№1に据え、女性客を狙うというあさましい目論見。
女の子の男装はあらゆる客層を取り込もういう下心らしい。
そこそこ見た目のいい男子や可愛い女子はもれなく接客、俺を含めたどうでもいい男どもはひたすら雑用。
本番当日だけでなく準備にもこき使われていい加減疲れる。
ということでサボり気質を即効発揮してクラスを抜けだし、いつもの体育館裏に避難した。
似合わないスーツは脱ぎたいが我慢して、大好物の炭酸飲料をガブ飲みする。
今癒してくれるのはこれだけだ。
寂しさには気付かないふりだ。気付かないふり。
満天の青空を見上げながら呆けて佇む。
あーとうなり声を混ぜて目を閉じた
考えるに今さら生き方なんて変えられないし、この八方美人な性格はなかなか直らないだろう。
わかっているのは女の子と気安くならないということくらいか。
味気ない現実に真っ向から向き合えるだろうか。
多忙なときはいいが、考える時間があるとこういうマイナスの感情が頭をよぎる。
不健全だこのごろ。
「お前のサボる場所なんてお見通しだ」
かかる声だけでわかる爽やかな声色に、やや時間差をおいて視界を開いた。
学園№1ホストがスーツを完璧に着こなした姿で登場だ。
こちらに向かって颯爽と歩く姿は、メンズファッション誌のモデルも顔負けだろう。
「店の売り上げはどうよ」
「上場。俺がいるからな」
事実の確認でしかない問いに、自信を漲らせてにやりと笑う悪友。
隣に腰をおろし、俺の炭酸を奪って一気飲みした。
「九介お前」
野郎全部飲みやがった。あとでなんかおごらせるぞ。
「多聞ちゃんにもゴリさんにも明春さんにも少し距離おいてるな」
「……知らん」
「気付いてるぞ彼女たち。お前に一線引かれてるってのが」
「そうかい」
やんわりとさり気なく引いてるつもりだ。
もちろん会ってスルーなどはしたことがない。自分は俺様などではない。
「最善だと思ったんだけどな」
独り言のように呟き、缶コーヒーを取り出してこっちへ放り投げてきた。
ありがたくいただくとしよう。
「彼女たちも出し物とか、興味深いこと色々やってるぞ。見に行かないのか」
「そっとは拝見させてもらうさ」
俺の好きな銘柄のコーヒーをぐいっと一飲み。
年来の付き合いで俺の好みをよく知っている。やはり心の友だ。
「それが最善と思ったんだが」
「……何故2回繰り返す?」
「元気そうだし笑ってるし、ほとんどの奴にはいつもどうりとしか映らないだろうな」
長いため息をついた一慎が、いきなり強めに肩を組んできた。
俺への扱いが他の男子生徒と比べても雑だ。悪友ならではの所作だった。
「九介じゃないとだめなのかよって、あの子たちを見ていて思う」
「……だから知らねえって」
「多聞ちゃんも、お前じゃないと……」
不意に震えた声の相手を凝視する。
顔を伏せているが、べそをかいているようにも感じられた。
「多聞ちゃんが倒れた」
「え?!」
しれっと小さい声での重大発言に、素っ頓狂な裏声が出た。
さすがに音量もでかくなる。
「今保健室で寝てる」
「……」
もう何度目か忘れたが、赤い目をした一慎から胸倉を乱暴につかまれた。
「寝不足じゃねえぞ。それもあるだろうが、それだけじゃない」
「容態は」
「さっきまで俺がついてた。おそらくもう大丈夫だ」
思わずふうと安堵のため息が出る。
それにしても倒れるほどの大事だというのに、こいつの不自然な落ち着きのほうが腑に落ちなかった。
俺の怪訝な目線に気付いて、くそっというかすれた嘆息とともに舌打ちした悪友に頭をはたかれた。理不尽だ。
「行け」
「あ?」
「保健室に行って来い」
「なんで俺が」
苛立ち紛れに蹴りだされて尻餅をつく。
抗議の声を上げようとしたが、俯いてうなだれる元気のない姿を見て口ごもった。
「行って来い。しばらく俺はここで泣く」
「……事情が飲み込めん」
「うるせえよ。理由は聞くな。てめえはもげろ」
手でひらひらさせて行け、との無言の合図。
なんでとは言ったものの、さすがに心配だ。
解せないし無体な攻撃を受けたが、何やら許可もおりたし様子を見に行くとしよう。
「……三分の一の気持ちの奴に……負けるのか、俺は」
遠ざかる俺に一慎の呟きが届くことはなかった。




