お話33 今でも
暦と夜の気配は秋、それ以外はすべて夏のまま新学期が始まった。
誤字脱字と不正解をふんだんに散りばめた課題を提出し、通常の授業も再開し始めたころ、行動をともにする悪友の様子がいつもより不機嫌なことに気がついた。
考え事で人の話を聞いていないことも多い。
俺としては理由を聞かないわけにはいくまい。
放課後にその訳を尋ねてみた。
「多聞ちゃんとけんかした」
「……なるほど」
「だから今週入ってから会ってねえ」
荒々しく机に足を放り出した。長いからちょっとせまそうだ。
自分との違いに多少羨ましさを感じつつも奴を窺うと、俺をじっと凝視して見つめ返してくる。
何となく原因がわかった。夏祭りでの出来事が影響しているのだろう。
「お前とうるうたんが会う会わないになった発端は俺か」
「そうだ」
「詳細を聞こう」
「お前に俺が一線を引けと言ったとする」
お前にそれができるかわからんが、仮定としてそれを徹底すればどうなるか。
頭をかきながら憮然として説明しだした。相槌は少なめに拝聴しよう。
「しばらくは平穏だろうが、そのうちうるうたんの辛抱が限界になってくる」
「限界って?」
「九介という養分が足りなくて不機嫌になるということさ」
悪友は本気で語っている。苦笑しかけたが、笑いを誘っているわけではなさそうだ。
「まあそれでも俺に映るのは凛々しく大人の、美人で年上の彼女だ」
「だったら問題ないな」
「表面的には落ち着いているだろうが」
長いため息をつく悪友。
やはり俺をはたかないと調子がでないのかうるうたんは……
「笑うし、怒るし、サドを発揮したりして俺にはいつもどうりだとしても」
ドン、と長い足を上げて机に八つ当たり。
備品を壊しそうな勢いだ。
「我侭で強情でえっちで可愛らしい部分、お前にだけ見せるそんな素の彼女が見れなくなるはずだ」
「……仮定にしては具体的にすぎるぞ」
大げさにとった俺のとまどいを正面から受けて、悪友の表情は生真面目だった。
「架空の話でよくそこまで練りこめるな」
「現実になる可能性が高すぎるからリアルに聞こえるんだろうよ」
身を乗り出して制服のネクタイを鷲づかみ。
顔が近いぞ。男同士でこの構図は問題ありだ。
「つまりお前から意図的に引かれたら、俺が困るだけということに気がついた」
「……で?」
「だったら多聞ちゃんから一線を引いてもらえばいい。お前から嫌われたと勘違いして落ち込まれるよりはベターな選択だ」
悪いか、より悪いかの違いでしかねえけどな。
奴はそう吐き出して俺を突き放した。
「てなことを何重にも包んでいろいろ話したわけだ。先月の終わりに」
「ほう」
乱れたネクタイの位置を微調整。
不器用なだけになかなかしっくり決まらない。
「一応了承してくれたよ。そういうことに彼女は律儀だ。あれからお前に連絡とか一切ないだろ?」
「ああ。夏祭り以降会ってないし、連絡もない。2週間以上か」
「そうだ、わかってくれたんだ」
「じゃあなんでお前不機嫌なんだよ」
再びネクタイに手をのばしてきたので、それを上からしばいて跳ね除けた。
そういつも俺がやられっぱなしというわけじゃない。
中学時代何度も殴りあったことがある。全敗だったけど……
「ベターな解決法を選んでこれだ。多聞ちゃんとデートしてても、ちゅ……いや触れ合っても上の空」
「表現は規制しろ。耳の毒だ」
イラっとして声を荒げた。そんな反応は一慎の想定内だったようだ。
奴はそれをスルーしていた。
「俺もまだ大人じゃねえ。ついそんな態度にいらっときてな」
ああそうだ。いつでも理性ある行動などとれるわけもない。
一慎だって思うがままに吐露したいこともあるだろう。
「なんで楽しそうじゃないんだ、とか誰のこと考えてるんだとかつい怒鳴ってしまった」
「……うるうたんどうだった」
「涙ぐんだ」
「……」
「青白い顔をして、俺に謝ってきたよ。そんな彼女が普通か? 正常なら俺は殴り返されて説教だ。すまない、って俯いて憔悴されたら俺にはどうしようもないだろ」
家まで送って別れてから、今日まで会ってない。
奴は足を組み替えて天井を見上げながら呟いた。
処置なし、という様子だった。
こいつの気持ちもわかるが、前言撤回。泣かしたとなれば話は別だ。
「それって、けんかなのか?」
「俺はそう思っている」
「仲直りしろよ」
「お前が彼女に会えばいい。解決したいならその一択だ」
今度は俺が悪友の胸元をつかみ、力任せに引き寄せた。
教室内にふたりだけだったのは幸いだ。
「人任せにしてんじゃねえぞ一慎。あの子泣かして放置なんて許されると思ってんのか。今すぐ会いに行って謝れ」
「……九介」
睨み合いの視線から先に逸らしたのは一慎だった。その声に力はない。
「お前は多聞ちゃんのことが今でも大好きなんだな」
お前にだけは言われたくない、とかたらしがどの口でほざく、とか返されると思ったが、予想外の返答にさすがに口ごもった。
そして内心で同意しただけにとどめておいた。
「……泣かせたらフォローするのがお前の義務だ。ましてやそのまま放っておくなんて男のすることじゃねえ」
熱くなりぎて頭がふやけそうなので、どの口がほざくのか気にはならなかった。
とにかくこいつは懺悔するべきだ。
奴をむりやり立たせ、背中を押して教室から出そうとした。
後方の出入り口まで連れてきたとき、教室の外側に黒髪の麗しい美人と、ポニーテールの眼鏡っ子が中を覗き込むようにして佇んでいたのに出くわした。
ゴリさんに支えられるように、それでも正面を向いたうるうたんがこちらに近づいていく。
「……お、俺その」
「お互い謝り合う感じかな。照れくさいな」
微笑んだ彼女はいつもより儚げだった。
顔色もあまり良くなかったが、少し上気した頬を見て安心した。
そして邪魔な俺は退散だ。
ゴリさん先輩と最近どうよ、とか話しかけ、彼女を促してその場を後にする。
早足気味の俺に少し遅れて付いてくる彼女の、いたずらっぽい声が聞こえた。
「男同士の友情てやつ?」
階段を下りながらも隣に追いついて覗き込むように見上げられる。
今日も可愛い。
「あんな熱いのは、あいつとだけだね」
苦笑いしながら息を吐いた。第三者からは逆にかなり寒く映ったはずだ。
目撃者がこの子たちだけで助かった。
「あの子泣かして許されると思ってんのか、謝ってこい!」
「……」
改まって繰り返されると気恥ずかさで体が熱くなる。
何故かゴリさんは喜色満面だった。
「八べえは多聞先輩が好きなんだねえ」
「大好きだよ」
言い終える前に肘うち。重い音がした。わき腹の悲鳴か。
「うちが泣いても、あんなに怒ってくれるんかな」
「嬉しい涙以外なら」
「へへ。そうなったら抱きついて慰めてもらうんだー」
寄りかかって腕を組んでくる。
階段途中なので体勢を崩したが男なのでふんばった。
度し難い気の多さに憮然としつつも、嬉しそうな彼女の様子につられて笑みが浮かんだ。
一階に降りたところで待ち人ありといった態の利くんが、読んでいる本から顔をあげて出入り口付近からこちらに近づいてきた。
ゴリさんは組んでいる腕を外そうともせず、変わらず俺にぴったり密着しながら眼鏡先輩と元気な挨拶を交わす。
一瞬表情を硬くした利くんだったが、彼女の上機嫌な笑顔を見てへろへろの面体に早変わり。どちらが夢中だかは一目瞭然だった。
「八方君、今から僕と彼女は」
「いってらっしゃい」
紳士的にゴリさんの腕を振りほどき、努めてさりげなく利くんに会釈をしてここでもまた逃走。
いろいろ俺がかき回しているという自覚が出てきたので、なるべく関わらずにしようと思った為の突発的行動だった。少し不自然だろうとここは一線だ。
俺から一線か。
……してみるか。




