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お話32   これあたしの

 これほど間の悪いコーメー君の顔を見たのは初めてだし、これほど悔しそうな、泣きそうな表情のうーこちゃんは公園での出来事以来だ。

 勘違いで泣かせてしまったことに関してはノーカウントで。


 さて、「ふたりっきり」でどこかに出かける予定だった8月最後の日曜日。

 入道雲が広がる快晴の空の下、うーこちゃんの家の前で修羅場を発見する。

 すでに外に出ていたショートボブの小さい子とその幼馴染、そして目を見張るモデル体型の見知らぬ女だ。

 男のコーメー君ほどではないにしろ、俺とそう変わらない背丈で女性としては長身だと推測できる。


 美人なのだろうが、自分の好みでいえば感慨深いものは何一つない。

 世間的にはモデル風の(あで)やかないい女、といったところか。


「キューちゃん」


 近づいてくる俺の姿に気付いて、うーこちゃんがこちらに駆け寄った。

 今にも泣きそうな顔をしている。

 彼女の肩を抱き寄せながら、コーメー君と隣のモデルさんに視線を向けた。


「偶然に出てくる卯子と鉢合わせしてね」


 間の悪そうな面持ちでコーメー君が話しかけてきた。


「ふ~ん。このちんまいのが(たか)くんの幼馴染で、この古臭いのがちんまいの好きの彼氏?」


 胡散(うさん)くさ気に俺とうーこちゃんを見比べる。

 俺はともかく、うーこちゃんをちんまいとは失礼な子だ。


「ちんまいって、うーこちゃんか」

「それ以外誰がいるって?」


 すらっとしたモデル体型を誇示するかのように、胸を張って髪をかきあげている。

 様になるかもしれないが、個人的には一切魅力を感じない。


「ここには可愛いショートボブの子はいても、ちんまいなんて子はいないね」


 普段ほとんど怒気を現さない俺の剣幕を見たうーこちゃんが目を見開いている。

 コーメー君も同様に驚きを隠せないでいた。

 相手の名前を特に聞きたいと思わないし、俺も名乗らない。

 胸糞が悪いのでさっさと立ち去ろうとしたが、何故かその女がせっかく会えたんだし、とひとつ提案してきた。


「4人でってのもいいじゃない? 綺麗なほうと、そうでないほうとで」

「邪魔だろ俺らは」


 無造作ヘアのハンサムが却下するも強引な性格なのか、なぜか4人で行動をともにすることに。

 これ見よがしにコーメー君と腕を組み、うーこちゃんに対して得意げな顔を向けている。俺の腕をつかむ小柄な彼女の手が少し震えた。


「あの人が高明(たかあきら)の……でも、なんだか」


 呟いた彼女の言いたいことはわかる。なんだかモヤモヤする。

 コーメー君って女の見る目……いや俺が言える立場じゃないか。



 


 地方最大級といわれる水族館が今回の目的地だったのだが、そこでもあの女の意味不明の提案が一同を困惑させた。

 何が驚きって相手を代えてデートしようなどと、悪乗りにもほどがある。

 どうして俺が名前も知らないこの女と一緒にいなくてはいけないのか。

 だがしかしそれに対してうーこちゃんが安堵の様子を見せたため、人身御供(ひとみごくう)としての決心をして頭を切り替えた。

 よろしい、彼女のためなら気の進まない相手だろうと受けてたとうじゃないか。


「高くんより背も低いし古臭い顔だし服のセンスもないし」


 幼馴染たちと別れて館内を見歩きだすと、即効の駄目出しが始まった。

 的を射ているので反論なし。

 大水槽のなかの海洋生物をひたすら眺めて見入ることにした。


「あのちんまいのが高くんに執着するのは当然としても、あんたってなんだかねえ」


 鼻で笑われること数回。いちいち気にするのがバカらしくなってスルーした。

 それにしても(こだわ)って執着しているのはどっちだか。


「なんていうか、どうでもいいそこらへんの男じゃん。あの子の好みって振り幅が大きくて理解できないなあ」

「俺もマネキンは好きじゃない」

「……論外が偉そうに」

「お互い交わらないほうが幸せってやつだ」


 明後日の方向を見ながらお互い棘を飛ばしあっての応酬。不健康な会話だ。

 基本的に俺は仲いい3人の子たち以外は相手にされていない。

 ゆえにこういう対応には慣れている。


「気に入らないんだよね。あのちびっこさあ」


 気に入らないのは俺のほうだ。さっきからうーこちゃんに絡みすぎ。


「高くんに振られたはずなのに、まだ一緒だったり気安くひっつくし」

「幼馴染だからな」


 受け答えもだんだんとおざなりになっていく。

 そしてふとしたことに気付いて、長い髪をロールさせた相手に向き直った。


「あ、そうか」

「なによ」

「君嫉妬してんのか、うーこちゃんに」


 ぎらりとなかなか恐ろしい形相でにらまれたが、うるうたんほど怖くない。

 どこ吹く風だ。おーマンボウだ。


「幼馴染ってのは基本的に気安いもんだ。野暮な嫉妬はやめなさいよ」

「このあたしが、あのちんちくりんに、嫉妬、だって?」


 小さいことを揶揄するような言動が多いこの子に、一切の好意は感じない。

 それに外見でもうーこちゃんのほうが可愛い。

 唇をかんで悔しそうにこちらを見ていたが、その目線が別方向に向いた。


「あー高くんなんだよこいつー。ちょっとからかってやろうと思ってペア別にしたんだけど」


 同情を買うかのように泣き真似しながら、いつのまにか姿をあらわしていたコーメー君に取り(すが)っている。

 ワザとらしいが、彼は寛大なようでよしよしと抱きしめてやっていた。


「美人と一緒にいられて舞い上がるどころかこの古臭い男さあ、なんだか冷淡なんだもん。どうせちんまい子に(たぶら)かされてるんだよ」

「うーこちゃんのほうが可愛くて可愛くて可愛いのは事実だ。それを悪く言われて黙ってられるか」


 小さい背の可愛らしい子がそばにいたが、遠慮も躊躇もせず言い切ってやった。

 事実に偽りなし。


「もういいかな コーメー君。そろそろ彼女と過ごしたいんで」


 (うつむ)いて照れているうーこちゃんの手を堂々とを握りながら問いかけた。

 少し名残惜しげだった様子の彼だったが、ぐずるモデルさんとやらが別れようとごねたのですぐ解散になった。同行を提案したのが誰だか忘れたようだ。


 薄暗く青い光のなか、手をつなぎつつようやく本来の水族館デートが始まった。

 楽しくも幸せな時間だ。


「えへへ」

「なんだい?」

「朝あの子と会ったとき、美人だったから悔しくて嫉妬のかたまりだったんだ」

「ほうほう」

「でも今はどうでもよくなっちゃった」


 指と指で絡めた手をぶらぶら。いつもの明るい笑顔になって水槽を眺めている。

 横顔も抜群に愛らしい。

 やはり君のほうが何倍も可愛い。


「キューちゃんはいつでもあたしの味方だもんね」

「当然ですよ!」

我侭(わがまま)言っても聞いてくれるし泣いてたら助けてくれるし」


 兄さんだよ兄さん。妹をいじめる奴は許さんの心意気だ。


「あの子のほうが綺麗でスタイルもいいのにね。冷たいって言われてたねえ」

「うーこちゃんのほうがずっとキュートです。あんな細いのはタイプじゃない」

「……」


 俺は女の子なら誰にでも優しいわけじゃない。

 気が多いとかはあるけど、多いなりに好みだってある。


「近くに観覧車あるんだ。もう夕方だし、そこに連れてって」

「了解であります」


 腕にしがみついて元気に飛び跳ねるように歩き出した。

 どうやらいつもの調子が復活したようだ。

 明るく元気なこの子の声と笑顔にはいつも癒される。

 ようやくふたりっきりの約束が無事に果たせそうだ。





 山から海から空港から周りをぐるっと見渡せる、なんとも雄大で贅沢な眺望だ。

 夕方の神秘的な色の移り変わりも雰囲気をさらに際立たせていた。

 世界有数の高さを誇る大観覧車の中にいる。

 地上高100メートル以上、ロマン炸裂だ。

 乙女心をくすぐるにも十分だろう。


 ぴったりと隣に座り、見た目は完全に恋人同士。

 だがまあ実情は兄妹のようなもの。

 今はあまりそれを考えないようにしよう。無粋は先ほどで間に合っている。


「きれいー……」


 うーこちゃんが寄り添って顔を近づけ、うっとりと海を見た。

 景色には言葉もない。しかし俺は傍にいるこの子から目が離せなかった。

 保護本能を抑えるのにいくばくかの自制心を必要としたくらいだ。


 窓に映る俺の顔に指をさしてピシリと。

 痛がるリアクションを見て笑いながら時おり吐息をもらしているが、意味はわからない。


「キューちゃん」


 唇が頬にふれるほど近い。

 顔を動かすわけにはいかないのでカチカチに固まりながら外の景色を見つめた。


「キューちゃん」

「……」


 返事を期待したものではなく無意識に呼んだ名前だろうと察して、無言をつらぬいた。こういうときはスルーが妥当だ。


「これあたしのだ」


 膝のうえに乗ってきた。首に手を回ししがみついてくる。

 既視感ではなく、聞いた台詞もその行動も以前に覚えがある。

 頬に唇が当たった。何度も何度も。

 石になるのはいつものことだが、この状況的に誰にも邪魔が入らない以上、一時の高ぶりで暴走は厳禁。ちゅっちゅと連続しての攻撃に理性を総動員して耐えた。


 15分は短いようで長かった。

 そうとも俺は変態ではなく、変態紳士だと自信をつけた夜だった。

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