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お話31   嘘でいいから

 災害時の避難用として市が私有地にしている場所で、毎年開かれる納涼祭的なイベントというものがある。

 わが町の夏祭りや盆踊りというやつだ。

 この時とばかりは童心に戻って踊りの中に加わったり、露店の食べ物を夕食がわりに食らったり、お子様モード全開でソロ活動を満喫する。

 

 同校生をちらほら見かけるなか、知り合いの美男美女を見かけて隠密。

 眼鏡先輩とポニーテールの可愛い子に発見されかけて逃走。

 双方とも邪魔するわけにはいかない。

 うーこちゃんは無造作ヘアの幼馴染と遠出で花火大会らしい。

 旅行から帰って後いろいろ考えて、少し一線てやつを引いてみようと思った。

 とくに利くんの本気を知った今では、ゴリさんとの仲を取り持つよりは推移(すいい)を見守ったほうが効果的なのかと考えたからだ。

 

 小さい子としての欲望を十分に叶えた後、ひとりはしゃぎ疲れて会場の隅に設置された長椅子に座り込んだ。

 商店街の方々から無償で提供されたアイスにかぶりつく。

 彼女たち美人さんとの時間も、一慎などの野郎同士の時間もいいが、ひとりだらりぶらりというこの瞬間も悪くない。お金さえ都合がつけば長い休みには一人旅ともしてみたいのだが、それは遠い先の話だろう。


 ひとしきり夏祭りを楽しむ人々への人間観察を終えたので、誰かに見つからないうちにそそくさとその場を後にした。

 ボロの我が家は祭りの音が小さく聞こえるほど近くだ。

 適当な浴衣に合わせた適当な下駄をカラコロと鳴らして引き戸を開け、家の中に入る。気分がいいので鼻歌を歌いながら。


「おかえりー」

「ただいま」

「どこ行ってたん?」

「近くの夏祭りへね」

「晩御飯は?」

「そこで食べ……」


 一連の会話を何一つ疑問に思わず自然に受け答えしたものの、居間にいる眼鏡をかけたポニーテールの子の存在を確認して固まった。ゴリさんだ。

 彼女は首をかしげてこちらを見ている。

 以前にも見たことのある浴衣だった。可愛い生き物その3に認定しよう。


「鍵してなかったよ? 戸締りはちゃんとしないとダメだよー」

「あ、そうか。忘れてたや」

「しょうがないなあ八べえは~」


 言葉を交えながらも立ちつくす俺に、そっと近寄って抱きついてきた。

 浴衣の襟が乱れていたのを直してくれている。

 この子から見て俺は子供に見えるんだろう。


「……」


 直したあとは無言状態のまま再び抱きついて、背中に手を回してきた。

 いい感触にいい匂い。動悸が早くなる。


「うち利くんと一緒にいたんよ? 夏祭り」

「あら」


 おとぼけて返答。知らないふり。


「受験勉強もおろそかにできないから、頃合を見て解散したけどね」


 にっこりと俺を見上げるゴリさん。

 ここ最近の彼女の可愛さはどうだろう、花が咲き誇るような(あで)やかぶりだ。


「先輩はうちょっと一緒にいたかっただろうね」

「少しごねてたけど、ダメよーと叱って送り出したよ!」

「なるほど」


 お母さん気質が彼にも発動しだしたか。

 叱られながらも嬉しそうな利くんのへろへろ顔が思い浮かんだ。


「うちも八べえに会いたかったし。こうやって」


 ぎゅっと強く抱きしめられたかと思うと、


「座って」


 と指示され、そのうえにストンとお座り。うーこちゃん同様座椅子扱いだ。

 ロールアップしたうなじが眩しい。

 やや茶色がかった黒髪に、白くて綺麗な肌が映えて眼福そのものだ。


「行永先輩とはうまくいってるみたいだね」


 高鳴る胸をなんとか抑え込んで、本来の目的である話題を振ってみる。

 一線をまったく引けてない内心はひとまず置いておこう。


「うん。なんだか利くん最近積極的なんよ、人が変わったみたい」


 彼の意気込みを知る俺は当然のように頷く。

 すると彼女の話を聞きながら相槌をうっている最中、気を抜いてしまったのかついついうーこちゃんを撫でる要領でゴリさんの頭もなでなでしまった。

 そして気付いたときには彼女は首筋を真っ赤にして下を向いていた。


「えーっと」

「……」

 

 いろいろ弁解も面倒なのでそのままなで続ける。

 しばらくその状態でさすっていると、不意にゴリさんが一度立ち上がり、向きを変えて正面に馬乗りしてきた。

 浴衣の裾がめくれるのに一切構わず、目を閉じて胸に顔をうずめてくる。

 心音が制御できずにそれでも表情だけは平静を装う。

 彼女が少し笑った。


「八べえどきどきしてるね。音が聞こえるよ」

 

 見上げた彼女のいたずらっぽい顔に、仕方がないと苦笑いを返す。

 わずかな沈黙の後、そっとおもてを伏せて、ゴリさんが口を開いた。


「……ねえ」


 少し不安気な声は、少し震えていた。


「嘘でいいから。好きって言って?」

「え」

「いいから、言って。すきっていって」


 俺の浴衣の襟を持つ手に力がこもった。

 その急変ぶりに驚きつつも、泣きそうになる彼女を見てつい反射的に応えてしまった。


「……好きだよ」

「うん……そっか。うんうん」


 ばしばしと襟をつかんだ手で叩かれる。

 深呼吸を何度もくりかえし、それが終わったかと思えば満面の笑みを浮かべて再度の抱擁を受けた。


「そっかあ。もう、しょうがないなあ八べえは~」

「なに? なにが?」


 混乱する俺をよそにゴリさんは顔を近づけて頬ずりしだした。

 ふふっと吐息のまじった笑い声。少しくすぐったい。


「うちがそんなに好きなら、少しは考えてあげようじゃないか」

「……えっ」

「いろいろお世話になってるしー、その全ては八べえから始まったんだし」

「えっ? え?」

「だから応えてあげる。うちも大好きだよ」


 時計の音だけが聞こえる。完全なる思考停止。

 頬ずりされながらも俺は石。

 

 そして勢いよくいつもの調子で入ってきた悪友とその彼女に現場を押さえられることになった展開に至っては、もはや他人事状態。

 うるうたんが悲鳴に似た声を上げる前に、事情を察した一慎に鉄拳を食らう。

 理由は明白。立場からして利くん側だろう。

 奴の怒りの行動は当然の成り行きだ。


「八べえに乱暴しないで!」


 続けて殴りかかろうとする悪友の前へ立ちふさがったゴリさんの剣幕に、思わず後ずさる一慎。

 恋人の肩に手をやって落ち着かせようとするうるうたん。

 奴が彼女に何か言いかけたとき、黒髪の美人の平手打ちが飛んだ。


「君は行永先輩の味方だ。心情的にも立場的にもよくわかる」

「……わかっているのなら止めないでほ」

「一慎」


 こういった場合のうるうたんの迫力は本物だ。

 その眼光に気圧(けお)されて奴は押し黙った。


「いつだってこれを誘うのは女のほうだ。今回もそうだろう、見ればわかる」

「うちから誘ったよ。責められるのはうちで、この人じゃないよ」


 女の子ふたりの抑えた立腹に、一慎はため息をついて肩をすくめた。

 こいつが有無を言わせず殴りかかったのは、利くんの友達として俺の親友としてであって、そのことは誰しもが理解していた。

 殴られてふっとんだ俺も悪友に他意はない。


「お前のしていることはな九介、誰にたいしても失礼だってことが」

「おしおきが済んだのなら君はとりあえず席をはずせ」


 殴られた俺を見て一慎に視線を戻したうるうたんは無表情だった。

 多聞ちゃん、と語りかけるのをかぶりを振って戒めている。


「正しい、正しくないは君に理がある。だが今からは感情の問題だ。昂ぶった君では事態が収拾しない。だから席をはずしてくれ」

「うるうたんそれは」

「黙れスケコマシ。君に発言権などない」


 静かな怒りの直視を受け、俺はびびって口を閉ざした。

 それを一瞥して「あとでもう一発殴る」と言い残し、一慎が外に出て行く。

 残された微妙な空気のなかで、女の子ふたりが視線を交錯させた。

 比較的仲の良いこの先輩後輩が、今回に限っては火花を散らしているように感じられる。

 発言権のない自分はひたすら無言だ。


「思わず私が悲鳴をあげてしまったほどのの濡れ場だったな、さっきは」

「抱き抱かれのいい状態だったでしょ?」


 ふふっとゴリさんが笑う。うるうたんは目を細めた。


「これは、私のモノだ」

「うちのモノです」


 正座でふたりを交互に見る俺の姿はあまりにも無様そのもの。

 所有権の主張を一歩も譲らない彼女たちの冷たい掛け合いに、一層固まった。


「大きいお尻がこれの好みだからといって、いい気になられても困る」

「多聞先輩にも負けないコレで、これから八べえを悩殺していきますよ」


 正座している俺のうえにゴリさんが再びおすわり。

 それを見てうるうたんがやんわり彼女を引き上げた。

 

「色仕掛けか。どうも気に食わんがこの変態には効果的だろうな」

「使える武器はなんでも使います。もううちも必死ですから」

「本気か」

「ええ。うちが好きだって、さっきはっきり言ってくれましたから」


 うるうたんの様子を見ることなどできはしない。

 射殺すようなまなざしを感じる。


「うちが無理に頼んで……それでも、その気になりました。幸せでしたよ」

「九介」


 ふと見れば、黒髪の美人の瞳がうるんでいる。

 唇をかみながらもいつもの冷静さを保ちつつ目の前に正座し、俺と対峙した。


「君は、私を好きだよな?」

「はい」


 ためらいや逡巡(しゅんじゅん)は許されない。

 事実に基づき、即効受け答えた。

 うるうたんはよし、と安心したように微笑み、浮かべた涙をさりげなく拭き取った。


「これは私も好きなようだ。五里くんもそのなかの一人にすぎないということだな。気が多くて難儀だよ」

「泣くほど悔しかったんですね。うちでこれなら、もし八べえにほかの彼女ができたらどうするんです?」

「……彼女?」


 そんなものは認めない。

 乾いた笑いでそう呟きながら、今度はうるうたんが膝の上に座ってきた。

 俺を見下ろして首に腕を巻きつけてくる。


「これはずっと私のモノ、ほかの女には絶対渡すものか」


 締め付ける力が尋常じゃない。息ができないほどの抱擁だ。

 がらりと引き戸が開いた。現れた一慎の口は開いたままだった。

 数瞬の後、奴から憤怒の鉄拳と回し蹴りをくらっていた。

 それでも離れない自分の恋人に半泣きの悪友。ゴリさんは爆笑。

 調子に乗ったうるうたんがゴリさんを真似て正面から馬乗りすると、負けじと後ろから抱きつく眼鏡の可愛い生き物。

 修羅場だか珍風景なのかわからない夏祭りの夜、一慎の慟哭(どうこく)にも似た悲鳴がボロ家に響き渡った。

 俺といえばあとで奴に謝り倒したが、またも殴られるだけで許されるはずもなかった。

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