お話30 主と従
「またその古臭い顔を見るとは。人の恋路を邪魔ばかりするのが君の趣味か?」
「そうですね」
もう面倒なので肯定しておく。俺もこの部長とは合いそうにない。
利くん以外の3年には、自分の印象というのは古臭い顔呼ばわりで統一されているのだろう。
だったらこちらもそれを好印象にさせる努力を放棄させてもらうとしよう。
数種類の波やスライダーで遊べる近郊のレジャープールにいる。
プールサイドのパラソル付き休憩所で男ふたり、非友好的な対面を果たしたばかりだ。
演劇部の面々が続々と水着姿で更衣室から出てくるなか、部のエースとなるであろう1年生の小さな身長の女の子が、ネイビー色のバンダナ柄三角ビキニを完璧にに着こなして姿をあらわした。
フェミニンなのもネイビー色が好きなのも相変わらず。
部員たちが男女問わずその可愛らしさ爆発の彼女に群がる中、部長も刺々しい視線をふにゃふにゃにさせてうーこちゃんの水着に見入っていた。
俺といえば先月様々な変態行動で仲間内に物議を醸したばかり、そう何度も醜態は見せられない。
意地の知らぬふりだ。
「ああ、お邪魔な誰かがいなかったらもう言うことないんだけどな」
太い首と濃い顔から放たれる視線を彼女のいる方角へ釘付けしながら、部長が独り言をもらした。
皮肉とか聞こえよがしとかじゃなく、本気の独り言のようだった。
澄み切った空を見上げながら、そうでしょうねと適当に相槌を打つ。
うーこちゃんにとっては部の連中と一緒なのは予定外だろうし、予想外だっただろう。そのくらいの事情は俺にもわかる。
ここまで彼女と2人だけで来たことがそれを証明していたが、何故かここにくる情報がリークされていたらしく、待ち構えていた部長以下の面々に入り口で捕まった。
部の仲間とのメールのやりとりで漏れたのだと推測する。
「卯子くんの弱みでもにぎってるのか君は」
「そう見えるのならそうでしょうね」
「よーいしょ」
まわりが驚きの声をあげるなか、ショートボブの小さい子が膝の上に堂々と座り込んできた。水着であるにもかかわらず一切おかまいなしの様子だ。
「部長? あまりキューちゃんをいじめないでね」
「いやいや、あんな男はね」
「いい加減にしないと、嫌いになりますよ?」
うーこちゃんは怒ったらやはり怖い。部長がその剣幕にびびって思い切り引いてる。
誰にでも明るくいい子とは違う、素の部分が披露された。
普段はたかれたり怒られたりしている俺は見慣れたものだ。
「夏休みになって初めて外で会えたんだもん。あたし今日はキューちゃんから離れないからね!」
造波プールでゆらゆら。自分の腕のなかに抱えられるようにして彼女もぷかぷかと波に身をまかせている。
周囲の喧騒をよそにくらげのようになすがまま、ぼーっと虚空を見つめていた。
「この感じだよー」
「おっ?」
お互い向き合った体勢になり、水中で握った手を上下にパシャパシャと揺さぶる。
揺さぶられているのは他にあるが割愛する。
「九ちゃんを補給ちゅう~」
栄養素扱いはさすがに慣れていない。だがなんとなく意図は察した。
「会ってないとー、不足するんだ」
「わがままぶんが?」
「ワガママすることが癒しに繋がるんだよ! そりゃ」
いきなりの飛びつき、馬乗りで体が仰向けになった。
今日もいい青空だ。
「旅行、楽しかった?」
「……そうだねえ」
「行きたかったな」
じっと顔を覗きこまれたが、どうやらご機嫌はいいようだ。
しかし周りにいる演劇部の連中からの視線は痛い。
「夏が終わるまえに」
後ろから水鉄砲が飛んできた。強力な水流だ。部長か。
「キューちゃん」
顔をはさまれ、聞いてとばかりに首を軌道修正。
小さいのに力強いのは相変わらず。
「あたしと『ふたりだけで』どこかに行くの。いい?」
要求でも催促でもお願いでもなく、決定事項の確認。
ニュアンスで読み取れる語感には、うるうたんに通じる押しの強さがあった。
俺としては先日泣かせてしまった負い目もある。
そうでなくとも、この子の誘いを断る理由などありはしない。
「えっ? どこか行くのかい卯子くん」
「どこも」
目ざとく聞きつけた部長に対し、簡潔にして問答無用の一言。
さしもの横着な相手もそれ以上聞けずに、けれども腹立ちまぎれか俺に水鉄砲を放射し直した。
「女たらし君、どうだい俺と競泳でも」
しばらくして後、なんとかやりかえしたい部長の意気込んだ声が届いた。
振り返れば、部比較的空いている遊泳プールを指差している。
抱きついているうーこちゃんも面を上げて俺を見た。
部員も囃し立てる意味の歓声をあげだした。
「賭けるのは、卯」
「アイスかー、キューちゃんがんばれ!」
冗談にしろ短絡すぎる部長の宣言を即効遮ったうーこちゃんと、格好つけ損なった部長にまわりが大うけ。力みすぎて道化っぽくなっている彼に少し同情した。
そして結果的に勝敗はあっけなくついた。
部長自ら勝負に出るだけあって、筋肉質の体に太い腕のたまものか、圧倒的なリード差をつけてのゴール。
部員大喜び、うーこちゃんがっくり。
「わははは。そんな貧弱な体でどうやって可愛い彼女を守れるんだ? やはり君には任せておけないな!」
大得意で勝利宣言。さっそく優勝商品を買って来いとプールから叩き出される。
「俺ゴリゴリ君な」
「あたしソフトのほうがいいな」
勝ち馬に乗らいでかと部員がよってたかってきた。君ら関係ないやんか!
仕方がないので複数個1セットになっているものを3セット購入して皆に配ることにした。やはりアイスはバニラに限る。
賭けになると俺はアイスを食することができない運命なのだろう。
「さあ卯子くん、こんなへろへろにかまってないで部員どうし交流を深めよう」
彼女の手をとって立ち去ろうとする部長だが、さすがにそれとこれは関係ない。
引き止めさせてもらおう。
「醜態をさらしても平気なようだが、あがきはみっともないよ」
「あがきまくって醜態をさらしまくって普段すごしてますからね。これくらいでへこんでたら生きていけないんですよ」
「無様だな。たらしならたらしらしく……」
途中で言葉がつまった部長。何かを察したらしい部員たち。
静かな怒気を感じ取った俺。
それぞれが恐る恐るある一点に視線を集中させた。
「邪魔」
下を向いて何かを堪えるうーこちゃんが低い声でポツリと呟いた。
噴火前だと確信した俺だけが一歩距離をとった。
「いつもいつも誰かが邪魔ばかり……あたしはこの人と一緒にいたいだけなのに」
「違うんだよ明春くん。こんな何がいいかわからないたらしから君を助けるためにだね」
次の瞬間、浮き輪を武器に闘士と化した彼女の攻撃で部長と男の部員は追い立てられ、遠くに逃げ去った。
周囲は女の子と俺だけになり、なんともいえない緊張感の沈黙が漂った。
女の子たちは初めて見る彼女の切れっぷりに完全に気後れしている。
「さ、邪魔者もいなくなったことだし、ふたりでゆっくりしよ?」
ご機嫌の表情に切り替わる。すばやい感情変動だ。
手をつなぎつつもうーこちゃんに先導され、有無を言わせず連れ去られる姿はまさに主と従。
引き気味の女の子たちから「あれ、完全に上下関係だよね」との声が聞こえた。
その見解は完全に正しい。
俺に主導権や選択権はない。ひたすら彼女に傅くのみ。
涙の代償はそれほど大きいのだ。




