お話29 理解してねえ顔
罪悪感に苛まれた翌日からその反動なのか何も考えず、ひたすらバイト先と自宅を往復する毎日を送っていた。
お金はいずれにしろ余裕があったほうがいいし、家に帰れば課題で夜が更ける。
自堕落な夏休みかという予測に反し、一週間ほどは規則的な生活を過ごすことができた。ここ最近はうーこちゃんと会った以外、いつもの面々とは旅行以降会っていない。
一慎もバイトやらうるうたんとデートやらで忙しそうだったし、利くんにいたっては覚醒したのか、受験生ながらも積極的にうちを誘ってくれるようになったと眼鏡っ子本人からのメールで確認済みだ。
歴史友達として彼と親交を深めていた悪友からも実情を知る。4人で会ったりもしているらしい。
当然いくばくかの寂しさはあったものの、収まるところに収まっている皆の状態は、今まさに本来の正しい男女関係のあり方だといえるだろう。
自ら一線を引けないとしても、向こうから引いているという選択は至極まっとうなものだし、俺も異議はない。
一慎を通して今こちらも忙しいのでどちらにしろ時間は作れないと伝えておいた。
けして独り者のひがみではない。悔しくなんかないからな。
もやもやした気分を吹き飛ばすために炭酸がぶ飲みで課題を進めていく。
何日か後にはうーこちゃんとプールに行く予定はあるので、それまでは流れ作業と化した機械的な日程を延々こなしていった。
今日も今日とて過酷ながらも単調な作業を終わらせ、バイト先のディスカウントショップをあとにする。
店先の駐輪場まで来ると、すれ違う女の子の視線を泰然と受け流している見慣れた長身のハンサム野郎が自分を待っていた。
俺の姿を確認すると手をあげて爽やかさ爆発の笑顔を浮かべ、こちらに歩いてくる。
いい男は何しても爽快に映るようだ。このくっそ暑いのに……
「アポなし訪問だ。お前に拒否権はないから黙ってついてこい」
「なるほど、その口ぶりからしてお前も使い走りか」
「いや? 俺ひとりだが」
男同士無言で見つめあった。夕方とはいえまだまだ蒸し暑い。
そんななか男ふたりでいったいどこへ行こうというのか。
爽やかなのは目の前の悪友だけで、俺は汗みずくのふらふら野郎だというのに。
「茶でも飲もうかも思ってな」
「女相手に言ってろ」
「うるうたん以外に女はいらね。たまには俺に付き合え」
なるほど男の友情か。
一途な悪友の言葉に何かぐさりときたが、気のせいにしておこう。
男としても人としても及ばないのはとうの昔に見知っている。
「どこでお茶をすすればいいんだ」
「ああ、もう決めてある。焙煎工房だ」
いつもの堤防沿いにある、ブラジル邸宅をイメージした2階建てのカフェ。
この付近では最も有名な珈琲専門店らしい。
コーヒーがうまいのはいい。川に沿った2階のテラスから見える風景も絶妙だ。
だがそれを男同士だと?
躊躇逡巡がまったくないその様子に、代案を見出せず行き先は決定した。
セミの声がこだまするなか、30分後には2階のテラスで川沿いから来る風を受けつつ、アイスコーヒーをすする男ふたりの姿があった。
周囲から上品そうな家族連れや恋人同士、女の子たちの視線を浴びている。
平然と四方山話を始める奴の強靭な平常心は俺も見習いたい。
「利くんのことなんだが」
周りの環境に反比例しているような、男同士で男の話だ。
「メールで状況は少し理解した。いろいろ攻めてるんだってな」
「ああ。それに対してお前はなにしてる?」
川からの風を受けて爽やかさ倍増のこの男前は、なにかをけしかけるようににやりと笑った。俺ならにへらになる。
「何も。あれからずっと家とバイト先との往復だな」
「ゴリさんにはいつもの悪い癖発動なしか」
「背中なら見守ってるよ」
もともとゴリさんから利くんへの矢印から始まった。
今は利くんからもそれは出ている。
惚れてまうやろという気持は存在するものの、そこは気づかぬふりだ。
「つまり今回は戦いもせずに観覧席にか。パターンというのはなかなか安定しないな」
「同じ結果になるだけだろ。ぶん殴られて退場か自主的に避難か、その違いだけ」
ふっ、と鼻で笑う男前。笑顔から真面目な表情にシフトした。
「彼は本気だぞ」
「おう」
「内面でいい男だと俺は思う」
「……同感だ」
先の旅行で確認した。
見解の一致なら、今の可愛いゴリさんにふさわしい相手になるだろう。
「で、彼女も男を見る目がある」
足を組みなおして俺を窺った。自然に出るハンサムオーラ。
コーヒーをすすって間をとっている。
「八方九介っていう変わり者を理解できる懐の深さだ。多聞ちゃんと一緒なんだ」
「……つまり?」
「ゴリさんを見ていると、あることに気付いた」
何かを含んだように言葉を切り、遠くを見つめて長い足を組みかえている。
絵になる様に視線独り占め。アイスコーヒーの氷を口に含んだ。
「前に言ったよな。お前以上に恐ろしい奴はいないって」
「忘れた」
「自覚がないってのがまた怖い」
苦笑いの一慎。恐ろしいだの怖いだのどう考えても下げられている気がする。
「お前と知り合ってから明らかにいい方向へ変化していくのを、俺は近くで見ていた。多聞ちゃんもそうだし、ゴリさんは今まさにその最中だ」
「……」
利くんと似たような発言をしている。俺としては返答に困る内容だ。
「多分明春さんだってそうなんだろう。お前にしかできない何かがあるからお前に拘る。ゴリさんがそのなかのひとりになったって話さ」
理解できずに音をたててコーヒーを飲み干すと、ほぼ同時に背後から気配がした。
一慎もそれに気付いて咳払いをしながら直立した。
「私を放っておいて自分は男と密会か。度し難いな」
「川沿いからも見えるほど目立ってたねえふたりとも」
いつの間に店へ来ていたのか、馴染みのある女の子2人の第一声に悪友はハンサム仕様の笑顔を浮かべて挨拶していた。何事もなかったかのように先程の会話を打ち切って、うるうたんとゴリさんと世間話を始めている。
黒髪をなびかせたうるうたんが恋人の頭をコツンと一撃。
なにかお叱りをもらったのだろう、首をすくめて苦笑してだした。
そんなふたりを見つめた後、このごろさらに可愛らしくなった眼鏡っ子が俺に近づいて名を呼んできた。
立ち上がろうとして、後ろから首に手を回して抱きついてくる。
「うちを放っておく悪い子はこいつかー」
公衆の面前で抱擁されしばし固まった。気にとめることなく頬に頬をつけてくる。
汗臭い俺の顔がいい匂いに包まれた。
「何が言いたいかっていうとな。お前は今すぐもげてしまえってことだ」
バリボリと氷を噛み砕きながら椅子を引き、うるうたんをエスコート。
下品なのか紳士なのかどっちだ。
「何故結論として俺がもげるんだ」
「この2人の様子に答えが出ている。お前は他の男にとって許されざる存在だ」
自分の正面にそっと座り、無言でにっこりと見つめてくるうるうたん。
椅子に座りもせず抱きついたまま離れないゴリさん。
んーと頬ずりしてくる感触は絶品だ。だが周りの目があって羞恥心との戦いにもなっている。
一慎の言う答えなど理解しようもない。
それぞれ相手の顔を順番に見やって首をかしげた。
「理解してねえその顔を殴りたい。お前は男の敵だ」




