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お話28   心の会議

 結局のところ、2日間の旅行のほかは8月に入るまでひたすらバイトの毎日だった。

 午前は小さい配送センターでの荷物を仕分け、午後からはディスカウントストアで商品の積み下ろしという、ひたすら力仕事をこなしている。

 仲間うちで出かける交遊費はこの休みを利用してとにかく稼ぐのだ。

 バイト先と家とを往復するだけの日々が続く。

 未来のサラリーな生活を予感させる単調なシフトに嫌気がさしてきたころ、ようやく念願の休みが取れるようになった。

 

 というわけでいつかの約束を果たすべくうーこちゃんに連絡をしたのだが、彼女は演劇部の仲間と合宿で仲良くなったようで、そのグループとよく遊んでいるらしい。

 メールのやりとりだけでも伝わってくる楽しげな様子に、自分としてはそれ以上何も言えず、予定から決定とすることをあきらめた。

 さしあたって実家というか、引越し先の新居に帰るしかない理由と時間が出来てしまったが、この成績結果を見せるには度胸が必要だった。

 やはりぶん殴られるのは覚悟しておいたほうがいいようだ。


 ローカル線へと乗り継いで1時間ほど。

 駅から急勾配(こうばい)の坂道をのぼって10分ほどしたところにその新居はあった。

 引越しの際荷物運びを手伝ったいきさつがあるので初見ではないが、あらためて見ると新築ではないにしろ大きい。

 造りも俺のぼろアパートとはえらい違いだ。

 市による立ち退きのための引越しだからその代金もがめたのだろうと推測される。

 もらっていた合鍵で家に入った。

 親父は仕事で不在だったが、母ちゃんが出迎えてくれた。豪快に。


「おかえり! ひさしぶりだな、会いたかったぞ九」


 俺より背は高い。抱きしめられて息がつまった。

 大柄で声もでかい、肝っ玉母ちゃんの八方七瀬だ。

 名前負けとは思わないように。


「ただいま。えーっと」

「見せな」

「あー……」

「いいから。あとでぶん殴るだけだからとにかく披露しろ」


 にやりと笑ってペラリと開帳。ぷちんと切れて数発の鉄拳を頭にくらう。

 ひさしぶりの感覚だ。


「だろうと思ったけど、お前はほんとうにバカなんだねえ。国語や地理歴史以外の科目が全滅じゃないか」

「ですねえ」


 人事か、とまたはたかれる。

 家でも学校でもこの扱い。もはや殴られるのにも慣れてきた。


 自家製のアイスコーヒーを飲みながら衣食住や高校生活の報告、婆ちゃんの様子などを一通り伝えた。

 その間に携帯端末をボロアパートに忘れてきたことに気付く。

 まあ今のところ急用はないのでいいかと気を取り直す。


「ああそうそう。だいぶ先の話だけど、親戚の(ひろ)ちゃんがお前の学校へ受験するつもりらしいよ」


 久しぶりの名前に反応できなかったが、しばらくして思い出した。

 あのくりくりとした目の、負けん気が強くて男勝りな子か。

 遠い親類で最近会ってないし、歳もいくつか離れてているはずだが。

 

「まあ今はあの子の希望でしかないんだろうけどさ。2年も先の話だし、そのうち気が変わるかもしれないしねえ」

「……先すぎて多分忘れるよ俺」

「本気ならまた連絡あるだろ。その際はお前のアパートの一室を提供してやりな。受験前に泊り込みってのはよくある話だし」


 おい母ちゃん豪快すぎるぞ。

 一応身内かもしれんが女の子を泊めるのか男の家に……

 この母親も適当だが、広の母ちゃんも大概だ。

 こちらとしては一切なにも感じないから問題ないけど。


六興(ろっこう)が帰ったらうまいものでも食わせてやるよ。それまで部屋でぐうたらしてな」


 親父をいつまでたっても名前で呼び捨て。

 夫婦関係の上下がはっきりとわかってしまい、同情を禁じえない。

 俺も他人事ではないのだ。



 


 実家でのんびりと過ごして2日間ほどたった。

 無口だが気のいい親父と笑い上戸でで大柄な母ちゃんとの家族水入らずに長居しかけたが、さすがに連絡手段がまったくない状況というのは心もとない。

 親父が家にいる頃合を計って、挨拶をして帰ることに。


「九介、体には気をつけるんだぞ。女の子にもな」


 俺と同じくらいの背丈の親父が、物知り顔でぼそりと呟いた。

 母ちゃんがわははと豪快に笑う。

 そういえば親父が若いころ、ハンサムでもないのにやたら女に好かれていたと聞いたことがある。

 不機嫌そうにもらした母ちゃんからの情報だ。


「女の子はともかく、風邪とかはひかないようにするよ」


 冬には帰るとでまかせを言い残し、頷く親父と背中を乱雑に叩いて送り出した母親から逃げるように実家を後にした。

 加減してくれママン。





 最寄の駅に辿りついたのは、すでに夕方をすぎた頃だった。

 食材やらの買い物を済ませ、荷物を左右に抱えながらバス停からのらりくらりと家路に向かう。

 ボロの我が家が近くになったので鍵を取り出していると、家の前に見覚えのある可愛い子が(うつむ)いて座っているのに気付いた。

 ショートボブの髪の小さい女の子だった。

 気配を感じたのか、ゆっくりと顔を上げる。

 それを見たとき俺は無意識に駆け寄っていた。

 

「どうしたの、うーこちゃん」


 相手が誰なのか確認したとき、彼女は赤くした目から涙を流して抱きついてきた。

 泣きべそをかきながら俺の名を呼んでいる。

 何があった……


「家に入ろう?」


 促して中に入り、彼女を抱きかかえるようにしてローテーブルの前に座らせる。

 テーブルの上には忘れてしまっていた携帯端末が置いてあった。

 それを見てうーこちゃんが泣き声で話しだした。


「キューちゃん電話でない」

「……あー、それは」

「メールも返事ない。家に訪ねても出てくれない」

「うん、いや実はね」

「あたしのことキライになったかと思った」


 ……携帯端末を見れば、彼女の着信とメールで一杯に。

 悪友やほかの子たちからもあったけど、うーこちゃんからが一番多かったようだ。


「俺がどうしてうーこちゃんをキライになるのさ」


 なるべく明るく笑って彼女を膝の上へ。

 導かれるように自ら進んでちょこんと座ってくる。

 その際腕の関節がポキリと鳴ったのは内緒だ。


「だって」


 俺の上で膝をかかえて突っ伏している。お子様モード発動か。


「あのときキューちゃんが誘ってくれたのに、あたし部の子達と遊んでスルーしたから、それで……」

「いやあ、それは」


 いかん笑いそうになった。

 だが吹き出してしまっては、それこそこの子のご機嫌を損ねることになる。

 なるべく堪えた顔を見せないようにして訳を話す。


「実はこの2日間、実家に帰ってたのさ」

「えー?」


 ぱっと顔をあげ、こちらに振り向く。

 可愛らしい顔を腫らしている様子につい保護本能を刺激され、頭を撫でてしまう。

 彼女はそれを心地よさそうに受けていた。


「その際にこれ忘れてしまって」


 端末の着信履歴を見せながら苦笑い。

 他にも一慎たちの着信やらを見て納得できたようだ。


「……つまり連絡の取りようがなかったわけで、これを置き忘れた俺が悪いんだよ。ごめんねうーこちゃん」

「なーんだ」


 鼻をすすりながらじゃあ許してあげる、と一転明るい面持ちの明るい声に。

 こういうときに感情の移り変わりが早いのは、かえって助かるというものだ。


「何日かやな思いさせたねえ。うーこちゃんは何も悪くないのにね」

「ううん」


 向き直ってあらためて抱きついてきた。

 なんというか今まさに妹を持った気分だ。


「あたしもう絶対浮気しない」

「……なんですと?」

「部の先輩とか男の子とかも一緒に遊んでたんだ」

「ほうほう」

「だから報いを受けたんだよ」


 部の結束を固めるという名目でアトラクションやプールなど、いろいろ男女混合で遊びまわっていたらしい。

 彼女も楽しいことが大好きだから、ついそれに乗ってしまったのだと。


「でも男の子とふたりだけってのは一回もないからね」

「……はあ」

「部長にかなりしつこく誘われたけど、断ったんだから。みんなの前では体面もあるから笑ってごまかしてたけど」


 なるほど旅行先の電話での話か。

 そのとき部長に嫉妬してしまった自分を今もはっきりと覚えている。


「他の男の子とはこれから遊びにいったりしないから」


 ……。

 ちょっと待て。

 そんなこと言われたら、うるうたんやらゴリさんやらと旅行とか……変態行為とか。

 この子の純朴な想いと比べて、俺の所業はゲスすぎる気がしてきた。

 ということは部長の「明春くんに君などふさわしくない」という指摘が真理に思えてくる。


「だからもう浮気なんてしないから、許してね?」

「そ、れはモチロンですよ」

  

 痛い。

 ズキリと心にきて返事を噛んだ。

 ……この瞳で見つめられて良心が持つのか。

 幼馴染であるコーメー君とはそれ以上の関係じゃなくなったとはいえ、俺と彼女は振り振られの間柄。

 浮気とかそんな問題ではないはずなんだけど。

 

「えへへ。やっぱりキューちゃんが一番すきー」


 ……よし、首に腕を回して抱きついてくる彼女を気分よく送り出したあとで、第何百回目かの心の会議を開くことにしよう。

 俺の良心からは求刑判決が出ることだろう。

 また眠れずに朝までのたうちまわる夜が来そうだ。

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