お話24 まだ一緒に
個人的に旅館の朝食は贅を尽くした夕食よりおいしく感じることのほうが多い。
今朝の献立も取り立てて特別な品目があるわけではなく、ご飯、味噌汁、魚、海苔、大根のすりおろしが上にのった卵焼きなどなど、べたべたなありきたりの品目だ。
だというのに食が進む進む。三膳はおかわりしてやった。
「そういえば九介」
夜のことなど一切覚えていないであろううるうたんが、お箸を口に首をかしげて俺を見た。
他の連中はまだ眠気がとれていないのか、この話に興味がないようで黙々と食欲を満たしている。
男連中は性急にご飯をかきこんでいた。
「目覚めたときには私は何故か梅の」
「おっと!」
大仰な音を立て、すぐさま椅子を引いて立ち上がる。
自分の身のためにその先は言わせない
「ご飯食べ過ぎてちょっと胃がもたれるようだわ、散歩にでも行ってくる」
おねえ言葉になったのは動揺のせいだが、それに突っ込む人はいなかった。
「僕は食後に受験勉強でもしておくよ。海に行く時間になったら呼んでほしい」
「了解だぜ先輩」
昨日の同室で枕を並べた歴史友達は、やり取りから察するにかなり打ち解けてきたようだ。一慎がくだけた口調になるのは親しくなった証拠。
双方とも食事に夢中になってお互いおかずを見ながら喋っていた。
Tシャツにハーフパンツというほぼ部屋着のまま外に出る。
サンダルをぺちぺちと鳴らしながらなだらかな坂道を少し下ると、そこは保養所より一段低い山頂広場が舗装されずに駐車場として使われていた。
かといって人数限定の宿のため、車は数台しか見当たらない。
海の展望場といってもいい雅な景色が眼下に広がっていた。
朝のさわやかな風をうけて水平線を見つめる。
寝不足だが、たしかに今癒されている気がする。
ぱたぱたと駆け寄る足音と声が聞こえて振り向けば、ライトブルーのシャツにピンクのホットパンツ姿が眩しいゴリさんがすぐ近くまで来ていた。
客観的に見ても色気のある可愛らしい容貌に、思わずにんまりとして彼女の笑顔に応えた。もう眼鏡先輩に告白してしまえばいい。
今の君を断る男は利くんを含めて誰もいないに違いない。
「あのね」
目の前にぱっと立ち止まってもじもじと。
その仕草に俺の胸がときめいた。惚れてまうやろ。
「よ、夜のことなんだけど」
「あれは大トラだったね」
「うん。ちょっと飲みすぎちゃって」
やはりそうか。冷蔵庫中には少なからずアレがあったはず。
ほとんど何も残っていないとなると……
「それでね」
女の子にみなまで言わせいでか。ゴリさんはどうやら記憶があるようだ。
うるうたんじゃあるまいしその内容は君が真っ赤になって忘れて、とか懇願するレベルには達していない。そう長い黒髪が麗しいあの子に比べたら。
「大丈夫、そのことは記憶に焼きつけて忘れないから」
「逆じゃん! そんなの恥ずかしいから覚えないで」
異性と接するにさり気ない振る舞いも堂に入ってきた。
少しは自信がついたであろうこの状態のゴリさんなら、利くんだって誰だって大丈夫な気がする。
2ヶ月以上彼女を見てきたけど、思ったより早い段階で俺の仲介業も終わりを迎えそうだ。
「どうしたん?」
「んーいや。ゴリさんもうとっくに可愛いなって思って」
「……えっ?」
頬をおさえて再度顔を紅潮させるポニーテールの眼鏡っ子。
十分すぎる萌え成分だ。おそらく利くんならその仕草で一撃必殺だろう。
「そろそろ次の段階に移行しようかな」
「あ……」
自信をつけたというのは強さも身につけたということだ。
成そうが砕けようが、今のこの子はそれに対して自然体でいられるだろう。
「まだ……早いと思うんよ」
「そんなことないさ。俺から見てふたりはもうお似合いに見えるよ」
「利くん、ちゃんと答えをくれるんかなあ」
くれるでしょ! 美人が好きなのは男の性だ。
可愛い子が好きなのも男の本能。つまり現時点で君に死角なし。
「もう少しあとでも、いいんじゃないかな」
先程からやけに歯切れが悪い。
力なく下を俯いて、サンダルで砂利をかき分ける所作を見せている。
「――うちまだ……まだ一緒にいたい」
「一緒だよ俺たち。あとはそれって背中を押す役目が残ってるからね」
「……」
押し黙ったゴリさんがさらにローテンションになった気がした。
飲みすぎの影響ということはないよな?
「へ、変態をなおさなきゃ」
「……え?」
「八べえのお尻好きとかが利くんに移ったら困るもん! だらうちがまっとうな人間にしてあげないと」
はっはっはと乾いた笑いがこみ上げた。
俺の変態ぶりは矯正が必要なほど重症だったらしい。
……さすがに少し落ち込んだ。
「うちので……よかったら。変態を直すのに協力するから……ずっとアレを見せて慣れさせれば、少しは変なのが直るかもしれないじゃんね!」
「……」
君のアレを延々と見てもいいという、変態仕様の特別許可なのか?
以前は純真だったこの子をド変態の領域に引き込んだ決定的瞬間というやつか。
なにかしらの罪悪感が生まれたが、目の前の彼女は吹っ切れたような清清しい面持ちで頬を赤くしながらもにこにこしていた。
正気かゴリさん?
利くんはすでにもう俺らの業界にいるんだが……
急斜面の坂道を徒歩で10分弱。午前中には海辺に全員勢揃いした。
今日は一日中というか、夕方まで砂と塩にまみれて過ごすことになる。
人目を集めた昨日の失敗からか、海水浴場の中心部からはずれた場所へ一慎が率先して移動していく。
手ごろな場所を選んでパラソルを突き刺し、日陰を作ると従者よろしくクリームタイプの日焼け止めをうるうたんに重ね塗り。
利くんがゴリさんに傅いているのを見ながら、俺も自身にぺたぺた塗りつける。
「よしこれでいい、ありがと一慎」
恋人同士顔をあわせてにっこり微笑む。
他の男の目がないから一慎も今日はご機嫌そうだ。
利くんに触れられるのも2回目になるからなのか、ゴリさんも堂々としたもので、恥ずかしがるどころか逆に眼鏡先輩に塗り返していた。
男に日焼け止め……。
いや利くんが幸せそうなら些細なことには突っ込まないようにしよう。
なるべく女の子たちへ目線をあわせずに波打ち際で準備体操をしていると、うるうたんがゴリさんを誘ってこちらに寄ってきた。
今更変態ぶりを隠す必要はないのだが、ここは我慢。
眼球を動かさないように色ボケを封印する。
「さて、九介」
背中を見せる俺に回りこみ、長い黒髪の美人さんがくびれた腰に手を当てながらどうだといわんばかりに水着を披露してきた。
隣のゴリさんも今日は心なしか胸を張っているような気がする。
重ね着ヒモ見せティなんとか……のネオンカラーがまぶしいうるうたんと、体型が細く見えるであろうダークカラーでボーダー柄ビキニのゴリさん。
勝負水着だ、と堂々宣言するうるうたんをよそに、変態気質がなるべく発動しないよう爽やかに見つめたつもりだった。
うんそうだ大丈夫だ。
「お褒めの言葉は?」
彼女たちの後ろで男同士がサンオイルを塗っている。
利くんの目は釘付け。
一慎も紳士にはなりきれなかったようで、その表情はゆるんでいた。




