お話22 ヘンタイ談議
宿に戻った後もうるうたんに白い目で見られ続け、避けられ続けた。
休み明けに提出義務がある課題の最中も一切こちらに関わらず、一慎と2人の世界を築いていちゃついている。
潔癖なところがある彼女だ。
その反応はしかたがないし、まあ俺の変態というべき部分に自己弁護は必要ない。
少し寂しいが、それはそれでありかもしれない。
ただゴリさんにも敬遠されるかと思えば、いつもよりさらにお母さんモードに入ったようで、あれこれと世話を焼かれて利くんとふたりお子様あつかいだ。
そういう方向に耐性があるとは思えない純真さのはずだが、女の子はやはり理解しがたい。
「九介。行永先輩は受験生としての勉強を続けるらしいんだが、お前メシまでどうする?」
まだ夕食まで時間が少しあるというので、美男美女は外へ散歩に出るようだ。
ゴリさんは利くんについているだろうから、俺だけ手持ち無沙汰か。
うるうたんはあさっての方向を見てこちらにまったく無関心。
幻滅している相手と一緒は嫌だろう、と手をひらひらと振り意思表示してその場をあとにした。
俺もなぜかそっけなさ全開だ。そういう自分は何しようか……
……。
寝るか。面白味も探究心も向上心もないが、もともと寝ぼすけなので時間があればひたすら惰眠あるのみ。
梅の間に戻って座布団を枕に横になる。
早朝起床で眠りの誘いもすぐにきた……
いつもとちがう天井だ。
うとうとの仮眠からのそりと起き上がると、いつの間に来ていたのかテーブルの上で課題の続きをしていたゴリさんと目が合った。
口元をほころばせる彼女に対し、えへへと間の悪い対応。
気持ち悪いのは自覚している。
「おはようよく寝てたね!」
「おはようそうだねえ」
寝起きで跳ねた髪のままぼんやりとしていると、彼女から淹れたてのお茶を提供された。上から目線になってしまうが、ほんとにこの子は気立てがよい。
利くんがうらやましい。
「ありがとう。いただきます」
なぜここにいるのか気になったものの、まずお茶をすする。
利くんと一緒じゃなかったのと尋ねかけたとき、うつ伏せのまま首をこちらに向けたゴリさんが含み笑いをした。
「ふふっ」
「うん?」
「多聞先輩、怒ってたね」
「あー……そうだったかな」
とぼけようとして苦笑いで失敗した。
それを見てまたくすくすと笑われる。
「笑うポイントを拝聴したいんですが」
「そりゃ、ねえ」
なんだ意味ありげなむふふ顔って。
何か知ってるのか?
「せーっかく選りすぐって決めたであろう水着にあんな態度じゃね」
「なんだって……」
どういうことだ。さらに答弁を要求する。
「先輩にしたら日頃凛々しさや美人っていうので印象はあっても、色気という点ではわざと抑え目にしてると思うんよ」
「たしかに学校ではそうかも」
「でさ、こういう時と場合じゃん? たまには色気を全開にして自分が女ってことをアピールしたいわけ」
なるほど。
普段からでも十分色気を感じるしいい女であることも認識しているが、旅行先ではじけたいってのはあるかもしれない。
しかしあれは大胆すぎる。
「でも肝心の相手がまったく男としての視線も感想もない、そのうえ」
「やー、一慎はその露出に叱ってはいたものの基本褒めてたよ? 色っぽいし可愛いって」
「彼じゃないよ! 八べえにだよ」
……たしかにその大胆さに驚いて叱ってやりたくなったとかはあったけど、そういえば何も言ってないしあまり見ないようにしてた気がする。
変態としては皆の手前取り繕う程度の紳士さを見せないと、とか考えていた。
「それだけでも面白くなさそうな顔してたのに、場所移動してから決定的になったんよね、不機嫌が」
「俺が何したと……」
ゴリさんは照れ照れに顔を紅潮させていた。
ああそうだ、そのあと確かにこの子の水着を凝視してたか。
特に一部分を……
「渾身の水着と自信があったスタイルの自分じゃなくさ、うちなんかの……大きいお尻を見てたからそれで」
お茶が気管に流れかけた。
むせ返る俺にウェットティッシュを手渡しながら、ゴリさんは俯いてまたはにかんでいた。
「だって、そうでしょ。彼だけでなく八べえのために色気出してるのにほかの、その……大してよくない体型の子に目移りすれば誰だって」
「いやいやいや。水面下でそんな現象が起きてるなんてわかるはずも……ってか、ゴリさんスタイル悪くないよ」
ばっ、と勢いよく顔をあげる眼鏡っ子。
真っ赤になっていたが、俺から目をそらさなかった。
「へ、変態だから?」
「まあ、それは否定しない……つまりケダモノ扱い覚悟で暴露するけど」
あくまで俺だけの感覚であって世間の常識ではないことを枕詞にして力説。
そしてここはゆずれない、大胆に放言させてもらおう。
「美人で全てが抜群に整ったアレコレのうるうたんだけどね。ゴリさんはその彼女に寸分も負けてないよ」
「具体的に」
半信半疑でジト目になっている。おせじじゃないってば。
そして尋ねられたからには答えよう変態紳士として。
「くびれがうるうたんに負けないくらいありますよね」
「お尻が大きいからそう見えるだけだよ」
「それを我々の業界では最上のくびれというんです」
「……胸も先輩ほどないんよ」
「それは好き好きでして、俺にはまったく問題ありません。問題なのはゴリさんが気にしてる部位でしてね」
順当に気持ち悪い。
それを感じているのかいないのか、彼女は矢継ぎ早に反論してくる。
覗いてはいけない部分をを丸裸にされているようだ。
万年振られ野郎にイメージダウンはつきものか。
「その部位とやらが大きくて、うち一番キライなんだけど」
「なるほど。それは女の子としての意見だね。だけど男たちの中にはそれを至上とする意見と感性が一部に存在してですね」
「……変態仲間だ。つまりそれが八べえの認識?」
ド変態の烙印は決定的。
しかしまあいいだろう。
いまさら手遅れの俺につける格好と薬などないということで。
「……」
「……」
漂う間をいつも気にしたことはないが、今度の場合は話が別だ。
きっつい内容にさすがの彼女もどん引きか。しかしこの間は俺がきつい。
「そっかー。八べえはこんなのが好きなんだ」
「こんなのじゃないよ。ゴリさんのは造形美そのもの。国宝級だよ」
すまし顔で言い切ってやった。
ついでにいえば利くんもこっち側だ、先ほど確認済み。
「芸術なん?! 色気ないじゃん」
どん引きかと思ったが、からっと爽やかに笑いとばされた。
なんだこの懐の深さ……いかん気の多い俺の悪い癖が。
「……ちょっと嬉しかったりして」
課題の教本を閉じながら声を小さくして独り言。
ここは聞き流そう。
「あの多聞先輩と比べて負けてないって。うちが……ふふっ」
自信を持つのはなんにせよいいことです。
所持している強力な武器がこの子にはある。
お料理の腕だけじゃなく、これは利くんに対しても絶大な効果を発揮するはずだ。
ド変態の勘だ。
「そんなこと最初に言ってくれるのは、いつも八べえなんだよね」
「ふふ変態の目はごまかせないのさ」
どうひいき目に見ても気持ち悪い。
これ彼女以外なら通報ものだと思う。
もじもじと恥じらいながら俯いてなにかをかみ締めたような面持ちのゴリさん。
じつにかわいらしく、じつに女っぽく見える。
行永先輩いや利くんに初めてもげろと思った。
「ほほう変態の目はごまかせない、ね。私の水着を一瞥するだけの節穴ぶりでよくも」
察知したくない黒髪の美人の声は冷たく、そして感じる怒気も冷たかった。
一慎は何をしている……散歩のあとはそのまま食堂に直行すればいいものを!
「そんなことはありえませんて。とてもお似合いで可愛い水着でしたよ」
「なぜ背中で話している? こっちを向いてくれないか」
無表情のうるうたんを正視せよと。そんな度胸があるわけもない。
ゴリさん今度こそどん引き。
「変態紳士と称するには全力で口説きにかかっていたようだが、寸前で阻止できたようでよかったよ、五里くん」
「あっ、はい……って。口説き?!」
「気付いた後には手遅れだぞ。いまのうちに遭遇できてよかった」
襟首をつかまれ、無理やり直立。番犬というかペットの躾開始だ。
外に通じる引き戸から一慎のすまなそうな顔と、利くんのびっくり顔が並んでいる。
助けて……いや無理か。
「夕食の前に不届きものに訓戒を与えようと思うので、君たちは先にいただいてかまわないよ。それではごきげんよう」
ゴリさんをやんわり部屋から連れ出し、引き戸をピシャリと閉じた。
梅の間は密室状態に。正座の姿ではたかれながら説教が始まった。
晩御飯が遠い……




