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お話20   カタコト

 先日ふたりのお客様を案内したばかりだが、こういうことは連続して続くのか、3人目を自宅に案内することになった。

 当然のように途中で買い物をして出迎えの用意をすませ、肩が触れるくらい近くで並びつつ家路に向かう。

 話題が変わるたびにころころ変わる表情の彼女は(いや)されるやら保護本能を刺激されるやら、それだけで微笑ましい。今日の集中砲火は遠い過去だ。


「ただいまー」


 鍵をあけて中にはいると不思議に思う台詞でうーこちゃんが後に続いたが、そこは追求しない。座ってゆっくりしてて、と促すも同じように動きたかったようだ。

 あれこれと手伝ってくれた。


「うれしいんだ」


 台所に立って雑用をこなしていると、隣でお茶を入れている彼女が独り言を(つぶや)いた。

 鼻歌を歌い嬉しそうにする横顔を見て、俺もにっこりと微笑みを誘われてしまう。

 もしコーメー君の立場であるのなら、間違いは確実に起こっている。

 それほど魅力的な姿だった。

 忍耐力が試される空間になりそうだ。

 ゴリさんが置いていった紅茶をホットで飲む。

 クーラーが効き出した部屋で飲む暖かい飲み物は贅沢なものだ。


「おいしいね!」

「そうだねえ」


 まったりゆったりとした時間が流れていく。

 内心の独り言は別として元々多弁なほうではない自分だが、普段おしゃべりな彼女も口数を減らして一息ついていた。


「キューちゃんとは特になにも話さなくてもいいんだもん。一緒にいると安心するんだ」


 後ろ手にもたれつつ、足を投げ出して天井を見上げている。

 目は閉じていた。


「五里さんも、そのうち気付くよ」

「ん?」

「ううん。まあでも演劇部のひとたちがキューちゃんを理解してなくてよかった」


 ああ、どん引きさせてしまいましたね彼らを。

 おそらく彼らが発信源となってまた噂が広がっていくことだろう。

 しみじみとわが身に同情する。

 

 ふいにぱたっと仰向けに寝転んだ彼女に気付いたが、とくに意識せずぼんやりと紅茶をすすっていると、しばらくして窺えば小さく寝息をたてていた。

 この短い間に就寝とは、寝つきのいい子にも程がある。

 念のために薄手のタオルケットをかけておくことにした。

 起こすこともないし存分に寝てもらおう。


 さて俺自身は何をしようかと迷ったが、せっかくのお客様なのでゴリさんを真似て彼女を食でおもてなししようと考えた。

 腕の差はあるがここは心意気だ。

 思うにうーこちゃんはやせ過ぎずポチャ過ぎず、ちょうどの体型だが結構たくさん食べる子だった。つまりは大雑把な男の料理でいけそうだ。

 ――そうだチャーハン作ろう!


 男は黙ってシンプルに。

 ネギと残り物のハムを不器用にもきざみ、鶏がらスープの素にゴマ油塩胡椒(こしょう)を加え中華風スープもつけ加える。

 ザッと切ってパッと炒めてのいい加減な作業だ。

 彼女が目覚める前に終わらせよう。





 時間にして10分ほどで料理は完成した。

 彼女がおねむしてからは20分ほど経っている。

 チャーハンは3分で、とまではいかなかったけど、そこそこ上手に焼けました。

 食卓に完成品を運んでいると、においで気付いたのかうーこちゃんが目をこすって起き上がっていた。まだ半分眠っているのか無言で虚空を見つめている。


「……やきごはんだ」

「小腹がすく時間だから作ってみた。おはよう」

「うんおなかすいた。あー、スープある」


 カタコトだらけで子供のようだ。不意に妹をもった気分になった。

 いとこに何人かそういう子いるからさほど違和感はない。

 食器に触れる音を鳴らしながらスープを飲み、もぐもぐと食べ始める彼女を見て俺も豪快に食らいついた。お互い無言で食事に集中する。


「キューちゃんて」


 ふと顔をあげ、食べる動作を中止してこちらを見ている。

 目が覚めたのか。


「あたしがこんなに我侭(わがまま)しても自然に受けてくれるよね。お兄ちゃん?」


 ……まだ寝てるか。要約しすぎだ。


「うーこちゃんには実際お兄さんいるしね。俺もいとこに妹みたいなのがいる。つまりはそゆこと」

「なーんだよー」


 眠気がとれたと思ったらいきなりのおかんむり。

 めまぐるしい感情の動きに単純な俺はついていけない。


「家から出たらネコかぶりしてるからねー。これがほんとのあたしなの」


 誰とでも仲良く元気な明るい子というのは学校での一面、そして今のわがままぶりは素の自分か。

 誰だって100%本音で生活してるわけじゃない。満腔の意をもって頷いた。


「素直に自分を見せられるから直ににふれたいし、近くでいたい。だからキューちゃんに抱きつくの」


 演劇部で頻繁に抱きつく理由がそれか。

 しかし代理として本番前にはその出番も終わりだ。


「あっ」


 うーこちゃんの口元にごはんつぶがついていたのを発見した俺は、考えなしにもそれを取って自分の口に入れた。

 兄ちゃんならではの行動のつもりが、見れば彼女は頬を赤く染めて俯いている。

 無意識の行動に俺も冷や汗をかいた。


「う~……」

「ついその。クセ……? 勝手に動いて」

「いきなりかーもう。不意に詰めてきてその気にさせるのはダメだよ!」


 レンゲを持ってぷんぷんと。お子様モード発動か。

 受けてたとう俺は兄だ。


「女の子にそんな無自覚なことするひとは――こうだ」


 自分の目の前に後ろ向きで直立された。

 至近距離で短めの制服スカート部分がひるがえっている。

 石化状態とはこのことで、一切動けない。

 するとショートボブの小さい子は胡坐(あぐら)をかいているその上にストンと腰掛け。

 本日2度目の座椅子になった。


「ふん妹でもいいんだもん。血はつながってないもん」


 呟きながら続けてやきごはんを食べだした。

 そこへ頃合よく連絡が入る。悪友からか。


「何やってた。また寝てたか?」

「いやごはん食べてた」


 寝てたのは妹だったよ。


「ずいぶん早いな。メシ誘おうとしたんだが」


 もうすぐ食べ終わるので誘いは当然スルーさせてもらう。

 何よりも奴に気取られる前に切らないとまたややこしいことに……


「だれー中立くん?」

「……」

「おいなんだ今の声」

「いや気のせいさ。ということで――」

「女だろ」


 密着しすぎて声が双方にだだもれ。

 最高の時間に最悪のタイミングでかけてくるこの野郎には、いつかなにかをお返ししないといけない。


「気のせいだって。もう切」

「あーやっぱり中立くんだ」

「おっとその声、明春さんか。いっしょに晩御飯なんだな」

「へへそうなのさー自宅デートだよ!」


 さすがに慣れてきて動揺はしなくなった。

 口止めに何をすればいいか考えていると、冷やかし気味の一慎から端末を奪ったのか聞き覚えのある女性の乾いた笑い声を確認した。

 切りそこなったペナルティか。


「今度、家に行く」


 カタコトのような台詞が聞こえる。

 そこまでうーこちゃんとシンクロしなくても……


「こんばんは多聞先輩」


 固まる俺をよそに女の子同士の会話が始まった。

 端末をうーこちゃんに渡してチャーハンを食う俺は、すでにあきらめの境地にいる。


「……こんばんは明春くん」

「格好いい彼氏と仲がよくて何よりです。わざわざここに来なくても、もっとお洒落な所でふたりっきりのほうがいいですよ?」

「君もハンサムな幼馴染がいるんだから、そんな倒壊しそうな古い家に行くこともないだろう」


 うるうたんちょっと言葉包んで言って。

 お互いの笑い声が若干低くなって怖い。


「今日はもう泊まっちゃおうかな、帰るの面倒くさいし」

「そうしたらいい。君の家には私から伝えておこう。異性とともに夜をすごすと」


 売り言葉に買い言葉。そして男ふたりは蚊帳の外。


「妹だから問題ないですよ! ねえお兄ちゃん」

「妹……いもうとだって?」


 ははっ、とまた冷たい笑い声が聞こえる。

 しかし彼女たち会話のテンポがよすぎて掛け合いのようだ。


「なら私は九介の姉だ。姉としてそんな不貞は見逃すことはできないな」

「えー」

「彼はまだ子供だ。私が見守ってやらなければダメだ。そうそう聞いてるか九介、この前のハンカチはいつ返してくれてもかまわないぞ。入用ならあげてるから、女物だけど学校とかでもかまわずに遠慮なく使ってくれ」

 

 返そうと思って大事にしまってあるハンカチを失念していた。

 うーこちゃんから頬をつねられての食事が終わって回線を切る。


 それにしても妹とかでごまかしているが、目の前のこの子の魅力というやつは本物だ。どうなることかと心配したが、やらしい意味での雰囲気ではなくなったようで助かった。

 ところで長い黒髪の美人が家に来るという宣言は冗談半分ということにしておこう。

 恋人である一慎がそんなうるうたんの大胆な行動を許すはずもないからだ。

 たとえ尻に敷かれていようと、調教ずみで逆らえなかろうとその点だけは問題ない。

 そうだ問題ないさ。

 

 次回から少しアレコレな話が続きます。

 主人公の変態ぶりが炸裂しますので、苦手な方はご注意ください。

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