お話18 変なこの人
演劇部の立稽古になぜか自分が存在している。
当然外部の生徒だし、部員にもほとんど知り合いはいない。
普段からどの部活動とも関わりが薄いため、こういう注目される状態の中にいるというのは個人的にかなりきつい。ならばなぜここいいるのかといえば……
期待の新人が今年度入部したのだが、その新入生が外部からリハーサル要員として俺を連れてきた。理由はどれだけ近くにいても触れられても大丈夫な男子生徒だからだそうだ。
今回合同発表会の出し物として台本を部長があげたのはいいものの、結構抱き抱かれのふれあいがある濃い内容の出来となっており、頻繁に行われるリハに対して繰り返し男に接触されることに当人が難色を示したかららしい。
部のエースとなるであろう彼女に主役を張ってもらい、少し色気のある台本に了解を得てもらった以上、ある程度要望は受け入れるということか。
たしかにこれは――
台詞のはじめ、途中、終えたあと、様々な展開の合間にもハグしあうというなかなかのスキンシップぶりだ。
新入生がいきなり主役、それもこんなベタベタ触られるってのは少しとまどうところはあるだろう。実際本番が近くなると実演の相手に触れなければならないからだ。
「だからそれまでキューちゃんに抱きしめてもらって頑張るんだ」
……なるほどまったくわからん。
しかし相手役をはじめ部長からの反応といえば、一応仮の相手とはいえ一通りの演義指導の際、舞台道具作成の余りもので作ったハリセンもどきでしばかれまくったので、その歓迎ぶりもしのばれる。
「明春くんいつまで抱きついてるの。もうそのシーンは終わったよ」
「ちぇっ。はーい」
視線が痛い。女の子たちも白けている。
休憩時間に皆で水分補給を摂取ながらの会話も、何故代役のことについてなのかに集中した。
「どこがいいの。ねえあれのどこがいいの?」
要約するとこういうことだ。
女の子たちはほとんど直にそう聞いてたし、男子部員もなんでこんなやつが……の表情を隠さなかった。
「キューちゃんだからです!」
聞かれたうーこちゃんは大いばりで腰に手をあてて力説するが、誰も納得しない。
理解できたのはこの可愛らしい声の可愛らしい子が、キューちゃんと呼ぶ部外者に対しては遠慮も躊躇もなく自然にハグし合い、もっと言えばカットがかかるまでベタベタとひっついているという事実だけだった。
普段分け隔てなく男女とも仲良くできる彼女だったが、触れたり触られたりするということに関しては男には明らかに一線を引いている、というのは学年の誰もの共通認識だ。
「ねえ八方君さあ、どうしてそんな可愛い女の子たちばっかと仲いいの?」
女子部員がストレートに聞いてきた。周りも頷いている。
「……そう言われましても」
「2年の多聞っていう結構な美人さんもそうだけど、君は特定の子にやたら懐かれても他の女子からは相手にされてないよな」
部長もずけずけと憎まれ口をたたいてくる。さっきから棘棘しいぞ。
ところがそうでもないですよ、と同学年の男子生徒が手を上げて話し出した。
「最近はもうひとりの子に目をつけだしてですね」
「えー」
女の子たちの反応が氷点下。噂の一人歩きが尾を引いている。
そしてうーこちゃん無言で睨まないで怖いから……
「俺A組ですけど、同じクラスの五里って子と一緒にいるところよく見ます」
「へえ犠牲者がまた……その子可愛いの?」
「それがこの八方君と行動するようになってやたらお洒落になったり、やせだしてきた気がするんですよね。それに比例してクラスの男友達が増えてきて」
全部員から冷たい目線を集中放火。
うーこちゃんからつねられて太ももが痛い。
「ほう、ほほう。つまりいい感じになってきたと」
「最近可愛いですよ五里さん。当然うちの男どもも浮わついてきてますし」
「……」
弁解する気がなくなって無言を貫いた。
しかしゴリさんのそばに利くんの影があるはずだが、皆それはスルーか。
ゴシップというやつは面白いほうに流れるといういい例だ。
「なあ明春くん。本人の目の前でなんだが、女にだらしないこれの一体どこがいいんだ?」
部長があきれたように肩をすくめた。ほかの男子も満面に同意している。
女の子たちは合唱でうんうんと全肯定。そしてこれ呼ばわり。
「キューちゃん、あたしが部活終わるまで教室で待つこと」
「……へい」
こういうときのこの子に逆らっちゃだめだ。
目が笑っていないときは。
「うーこってばよく男子から誘われたり告白っぽいの受けてるじゃん? 学年のいろんな奴からさ。なかにはいい男も結構いるのに、やんわりじゃなくはっきり断ってるよね。それと比べてこのキューちゃんとやらのどこがいいのか理解できないんだけど」
「うん、ほかの女の子たちはずっと理解しないでいてね。五里さんが増えただけでも頭痛いもん」
ジャージの裾をしっかりと握られ、今も威嚇は続行中。
うーこちゃんの言葉に皆驚愕していたが、彼女は意に介してないようだった。
そしてぽつりと独語した。あたし変なこの人が好きだからと。
はっきりとそう言い切っていた。
晴れ晴れとした明るい顔だったが、みんな不満げだ。
物好きと言いたいのだろう。
だがしかし俺は周りにいる男に対する防衛手段と考えている。
実際仲はいいし異性として信頼はされているはずで、尚更ダミーとしては優秀なはずだ。
コーメー君とのことは学校外での話で、この件に関しては彼女の言い分に一切異論を唱えるつもりはない。
役目を終えたらさっさと出て行け、といわんばかりに部室を追い出されたので教室に戻る。あと少し時間をつぶす必要があった。
途中でA組に通りかかったので中をさりげなく確認すると、最近可愛くなったと評判のこの組の女の子は今日部に顔を出していないのか、男女数人の友達と談笑していた。
帰りにどこか寄るような話をしているようだ。
結構結構、とおっさんのような感想を口にしてその場を去ろうとすると、そのなかのひとりが自分の姿を見つけたようで、背中越しに声をかけてきた。
「おーいその後ろ姿は噂の八方じゃねえか。真昼ちゃんここにいるぜー?」
「えっ八べえいるの?」
「……こんにちは」
立ち去ろうとしたけどゴリさんが勢いよく走ってきたので振り返った。
確かに演劇部の男子生徒が言い切ってたように、傍目にもあかぬけて可愛らしくなっている。
先輩と関係が成立するのも時間の問題だ、と楽観できそうだ。
「ジャージの格好でなにしてたの?」
「演劇部に助っ人でね」
なるほど眼鏡は日常的にかけることにしたのか。
似合っているし本人も自覚があるんだろう、何気ない所作にも女の子らしさが出てきたみたいだ。男どもが浮わつくのは当然といえる。
腕をとられて教室の中へ。
クラスの人間ではないのにもかかわらずゴリさんが座っていた席に案内され、A組の連中にまざって話に加わるいきさつとなった。
その前に制服へ着替えたい。




