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お話169  男にからまれる日

 新年度も一ヶ月を過ぎたころ、いい加減小動物のストーカーやちょっかいにも馴染んできた。

 黄金週間を前にいつもの面々との予定を調整しつつも、ゴリさんの簡易誕生会を音楽鑑賞同好会部室にて実行する。

 家族で本祝いを強く希望するお父さんの意向に添った形だが、それでも夜までの数時間、放課後からのささやかな宴が開催されることになった。

 それが明日になるに及んで、贈呈品を物色しに学校帰りにショッピングモールへ立ち寄る。

 頬を抑えた小さいストーカーが背後から追尾してくるを確認して、一応声をかけてみた。


「冷やすか?」

「……どうも」


 手に持っていた冷たい缶コーヒーを渡すと、それを頬に当てたぽわぽわ髪の一年生が顔をしかめた。

 どこぞで乱闘でもこなしてきたかような、服の乱れと息の乱れようだ。

 店内エスカレーター下の長いすに座って、購入したペアグラスの箱を膝上に話を聞いた。


「やっかみですよ、ボクはいい男ですからね。もてないがさつな連中が数で文句をほざきにくるんです」

「恋人がいる女の子にでもちょっかいかけたんじゃないのか」

「逆ですよ。男のいる女がボクに関わってくる。それをあしらっているだけで勘違いされて、このざまです」


 明春先輩や五里先輩じゃあるまいし、そこらへんの女なんて興味ないのにと小動物は自信満々に語る。

 可愛らしい外見のわりに気が強いためもあってか、かなりのバイオレンスを展開しているらしい。

 上級生の男子生徒からも生意気だと目をつけられているようだ。


「で、天然先輩は珍しく一人なんですね」

「プレゼントの選別くらいはソロで」

「ええ、五里先輩の誕生日ですもんね」


 どこで知ったのか、この抜け目ない一年の今回の用件は、ゴリさんの誕生会への参加ということだろう。


「ボクもせめてケーキくらいは買わせてもらおうかな」

「シュークリームのおいしい個人商店を知っている」

「ぜひ紹介してください!」


 頬を紅潮させて立ち上がる無邪気な男に苦笑しつつ頷く。

 大型商業施設の外へ出る間にもゴリさんとそのクラスメイトを遠目に見かけたものの、小動物は頬を押さえてそれに気付かずだったので、こちらとしても彼女の存在を知らせることなくその場を後にした。

 緊張感のない道案内がてら建物裏の公園を抜けようとしたそのとき、不意に背後から声がかかった。

 反友好的なものを感じて振り返る。


「あいつら」


 にやにやと薄笑いで近寄ってくる同校生の男四人組ががやってきて、あっという間に俺と小動物を取り囲んだ。

 人気のない公園は生垣で囲まれて外からこの位置は見えにくい。

 相手にとっては絶好の仕置き場所といえた。


「変人たらしのクソ野郎もいるじゃねえか。そういえばあんたも気に食わなかったんだよ」

「おれは北倉をぶん殴ればそれでいい」

「タメ口か」

「うるせえよ。たかがふたつ上くらいで偉そうに」


 ぺっと唾をはいた中央の大柄な男が俺に近寄ろうとしたとき、小動物が動いた。


「今度は徒党を組んできたのか。情けないねあんたたち」

「ぶっ殺す」


 止める間もなく、北倉をぶん殴りたいと口にしていたニキビ面の男が、一年生同士小競り合いを始めた。

 俺といえば、気にくわないと一方的に敵視されて大きい男から胸倉をつかまれる。


「いい女を周りに侍らせて強い男と友達っていい身分だな。そのにへら顔も素っ気無い普段の態度も全てが気にいらねえ」

「言いがかりすぎ」


 俺としては手荷物を抱えたまま争いごとはごめんだ。

 大体が金欠でこれ以上散財できない理由もある。


「あ」


 ガシャンと音を立てて、ペアグラスが梱包された箱が叩き落とされた。


「びびってんじゃねえよ」

「……」

「腰抜け野郎。中立がいないと泣き入れか」


 しゃがんで箱を揺らして中を確認する。確かに割れた音がする。


「明春か五里のどちらか貸してくれるってんなら、殴らないでおいてやる」

「あーあ」


 取っ組み合いをしていた小動物が鼻を鳴らして嘲笑った。


「変人先輩、切れていいっすよ」

「切れてないっす」


 久々に自発する暴力衝動に気合が入った。

 俺の恋人たちへの侮辱を我慢できるほど大人ではない。





 数分後。四人の小僧が半べそをかいて退散していく姿を見送って、鼻血たらたらの俺と唇を切った巻き髪の小さい男は、尻餅をつきながら曇り空を見上げていた。


「打たれ強いっすねえ。最後あいつら泣きそうでしたよ」

「怒りの原動力が違うからな」


 ふうはあとお互い深呼吸しながらにやりと笑いあう。

 女の子を侮辱した大柄な男を徹底的に狙ってポカスカしてやったが、憤怒そのものは後に引かないことにする。

 奴の言動を悪友や美少年が知ったときのことを考えると、さすがに同情を禁じえない。

 否応なしの圧倒的な暴力を体験するには、まだまだ彼らは子供すぎる。


「割れてますかねそのグラス」

「どうやら片方は無事のようだ」


 中身を確認して、ペアグラスの女物はどうにか無傷だった。

 自分用にするつもりだった青のグラスは解体されている。

 しまらない贈呈品になってしまったが、もう買い替えは不可能ということで、ピンクのグラスだけでもポニーテールの眼鏡っ子へ記念品として渡すとしよう。


「ボクのせいっすね」

「いや」


 それよりシュークリームの店に行こうと促した俺へ、小動物は自己解決したような台詞とともにそっぽを向いた。


「……人のせいにしない、か」

「店の場所だけ確認して、当日に買ったほうがいい」


 たぶん言い訳もしないんでしょうね、という呟きを背中に聞くも、過大評価の勘違いはやめんかいと言いかけたところで、ひいいという叫び声を耳にした。

 先程の四人の一年生がほうほうの態で、目の前の街道を北から南へと遁走していく。


「途中でつまずいている奴がいる」

「捕まってますね」


 眉も顔も濃いガタイのいい男と、長身の男前が転んだ男を助け起こしていた。

 善意の行為にも、後ろめたさのある大柄な一年はびびりまくって腰が抜けているようだ。


「何も知らない先輩たちの無邪気な笑顔が恐ろしいですね」

「当人はもう生きた心地がしないだろうな」


 もはや他人事で済ませて放置しておき、幹線道路沿いに西へと進んで該当の個人商店へと向かう。

 その最中、ケーキバイキングで有名な店舗の前を通り過ぎた。


「あれ見てくださいよ、中に多聞先輩と明春先輩いますよ!」


 小動物の指差す方向に、窓際のソファテーブルでケーキを口に運ぶ黒髪の美人とショートボブの小さい子が、楽しそうにおしゃべりしている。


「そしてやはり隣には美少年と方言の先輩が」

「隠れろ」

「え? 乱入するんじゃ」

「俺は金欠でグラス割りの粗忽者だ。いろいろ弁解が面倒でならん」

「恋敵の接近に無頓着すぎますねえ。立派すぎて尊敬に値するバカですよね」

「ありがとうよ」


 断固お邪魔するという小動物に店の行き先を適当に説明して別れ、チェーン店前の通路を忍んでやりすごした。

 箱の中身の破片が揺れるカラカラとした音を聞きつつ、そこはかとなくむなしい気分で歩く。

 帰り道に立ち寄った駄菓子屋で棒チョコをむさぼって空腹を満たした。

 お子様の暴れ回る空間において無駄に当たりを引きまくり、周囲の小さな強奪者におだてあげられて戦利品を奪われたのは内密にしておこう。

 余計な寄り道でボロの我が家に辿り着いたときには、とうに日が暮れていた。


 割れた贈呈品の処理を行い、ブレザーの制服のスラックスを脱ぎ始めたところで呼び鈴が鳴る。

 応対に出るまえに引き戸が開いて、つんつんともっさりの男友達が姿をあらわした。

 

「なんだ、今からひとりプレイするところだったのか?」


 下半身が下着の様子を見てふたりが苦笑する。

 今日はやたらと男にからまれる日のようだ。


「……丁度よかった、コレクションをさっさと持って帰れ」

「お前の恋人たちも喜んでるんだろ、だったらいいじゃねえか」


 勝手に上がりこんでローテーブル前に座り、飲み物を要求する何様な相手に青汁を進呈する。

 拒否する野郎どもの嫌そうな表情を見て気が晴れたところで、つんつんともっさりの用件を伺った。

 しかしながら下半身はそのままだ。


「連休の予定はもう組んだのか?」

「まだ決めてない」

「俺と佐々木は男だけのロマンを追い求めて旅をしようと思うんだ」

「……」


 沈黙が漂った。佐々木ってこのもっさりのことか。


「お前まさか俺の名前も覚えてねえんじゃ」

「そのロマンを満たす旅の詳細を聞こう」


 絶対知らねえぞという佐々木もとい、もっさりの呟きが聞こえる。

 佐々木クンの呼びかけで、つんつんが青山だというのも記憶した。


「自転車で気のままにぶらり道中をするんだよ。今は夏ほど暑かねえし、泊まりはネカフェとか使ってさ」


 なかなか魅力的な誘いではある。

 しかし互いに彼女がいる身で、連休の全てを使って野郎だけで過ごすのは問題ではあるまいか。


「このごろ倦怠期で女とは距離を取ってる」

「俺も」

「青山だけじゃなく佐々木もか」


 とってつけたように名を呼んだ。

 それにしても長く付き合っているとそういう時期もあるだろう。

 ただ俺の場合は手強すぎる恋敵の存在や相手の子が三人ということもあって、目の前の男たちのような状況に一度だって至った覚えはない。

 逆にもっとべたべたいちゃいちゃしたいほどなのだ。

 ナニに関しても覚えたての状態で、倦怠期にはほど遠い。


「お前の大事な可愛い生き物には、安心安全な番犬たちがいるんだろ? たまには男同士のロマンを満喫するのもいいんじゃねえかって思ってよ」

「……彼女らの許可がいるな」

「出るわけないだろ、抜け駆けしようぜ」

「お前ら別れさせ屋か」


 三人分の青汁を飲み込もうとしたところで、佐々木こともっさりが秘蔵コレクションを再生しようとメディアを手にプレイヤーへ近づいた。

 させじと俺が下半身下着のままもっさりに飛びかかる。

 日頃の行いが悪いのか、そうして相手に覆いかぶさったところへ玄関から黒髪の美人とショートボブの小さい子が近侍を連れて中に入ってきた。


「……」


 下半身下着姿で男の背中に乗る俺を見て、無造作ヘアのハンサムはげんなりして視線を逸らし、関西弁は吐く真似をしてみせた。

 うるうたんとうーこちゃんはウホな展開に目を爛々と光らせている。

 お下劣動画再生を阻止するため、と言い訳を述べるも、そんな口上はスルーされた。

 ちなみに小動物の一年生は見当たらない。


「と、とにかく善処しとけよ八方」


 勘違いされたもっさりはにやにや顔のつんつんを促して去っていく。

 入れ違いにポニーテールの眼鏡っ子がいつもの護衛二人の男を連れて、姿を見せた。

 この微妙な空気で、男のロマンとか旅行だとかを言い出せるわけもない。

 とりあえず抱きついてくる白い肌の綺麗な恋人の誕生日を祝ってから考えよう。

 無論贈呈品の一部損壊を平謝りするのが前提だ。

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