お話16 釣るなら食い気
「調味料薄めの温野菜を食べた後にご飯を半膳、間食なし」
これが五里真昼ことゴリさんの実践しているプチダイエットの基本だそうだ。
散歩するとか軽く動くといったほかは、とくに普段と変わらない生活を続けているらしい。
ここ最近で何㎏か痩せたようだが実数は聞かなかった。
まだ一目でわかるほど変化はないけど心なしか顔はほっそりしてきたようで、つまり経過は良好かつ持続していくとのこと。
「たまーにごほうびとしてお肉も食べるんよ、ちょっとだけ」
梅雨がそろそろ明ける気配をみせる7月初旬になり、順調な経過に満足気なゴリさんが眼鏡をかけ直しながらお茶を口に含んだ。
いつも中庭の目立たない場所で俺がお昼をいただいている事を知って、いろいろ報告に来てくれたのだ。
すでに3年の行永先輩に対してお弁当攻勢を始めているらしい。
「なるほど。それで手ごたえのほどは」
「うまいうまいって食べてくれてる。そのうちなんかお返しくれるんだって」
恋する女の子の姿はいつ見てもいいものだ。
いい声といい笑顔で、自分のことのように嬉しくなってくる。
「そのよく似合う眼鏡をかけた理由は?」
「あ、よかったあ。クラスの皆もめずらしく褒めてくれて」
目は悪くないけどおしゃれのためにかけたらしい。
ヴィなんとかのブランド名でスクエア型のカラーはブラウン。
角ばったフレームでやや丸顔のゴリさんにぴったりだ。
ロールアップした髪にもちょうどいい。
こうしてみると眼鏡ひとつでずいぶん印象が変わる気がする。
前より魅力的になっているのは気のせいではないはずだ。
「そういえばさ、八べえもずっとお昼パンよね」
「一人暮らしだから余分な経費は避けてるかな」
「うちダイエット中だけど栄養だけは取るようにしてるよー? そんなのばっかじゃ成長期にだめじゃんか」
あれなんか既視感が。
俺はやはりあれか、子供なのか。特定の女の子たちに度々叱られているような。
「朝は何食べてるん?」
「ご飯は炊いて、味噌汁と魚は一昨晩に作っておいたものを。あとは漬物と海苔」
「ほほう、朝は思ったよりまとも」
「なので弁当は作る気になれずでね。野菜ジュースとかで補助はしてるんだけど、昼はどうしても適当になるな」
むう、とゴリさんが腕を組んだ。
何を悩んでいるのかはともかく、その姿の愛らしさは減量の成功と少しずつついてきた自信の表れだろう。俺以外にも可愛いと思う男はいるはずだ。
「う~ん八べえにも作ろうかお弁当……」
「おっとそれはまずいぜゴリさん」
そこだけは唯一行永先輩の特権だと主張した。
彼もそうされることで何かを感じ取ってくれるようになるはずだ、とやんわり説明する。
「そっかあ。でもそれじゃ栄養的に成長遅くなるかもよ? 身長とか」
「そいつは困った」
今も平均はあるはずなんだが、やはり男としては皆が知る大台を突破しておきたい。
ちなみに一慎の野郎にはすでに10cmほど身長差をつけられている。
ここでさらに奴との差が広がるのは悔しいが、金銭的に余裕がない。
「んふふ」
「おっと。なんだい?」
何か思いついたようで、時々通り過ぎる生徒の目を気にしながら小声で耳打ちしてきた。
「今日、帰り買い物につきあってね。約束は守るんよ?」
先約は絶対だ。悪友とか気まぐれな演劇部の子とかの誘いをありがたく辞退させてもらい、目当ての人物を見つけ出すために放課後になってから3年生の校舎へ向かった。
過日に殴られた奴らには会いたくないもんだ。
探し始めてから当人が何組か聞くのを忘れていたことに気付いた。
間抜けな話だが、音楽鑑賞同好会の部室で待つしかなさそうだ。
そのうちに自分が来たのとは逆方向の階段へと向かっている、見覚えのある背中を発見した。
あの独特な猫背。寝癖のついた跳ね毛。わずかに俺より低いであろう身長。
間違いない行永先輩だ。
すぐに追いつくかと思えば思ったよりか足が速い。
すでに階段から見えなくなった姿を追って、早足に段差をかけおりた。
そして追いついたのは1階までたどりついたあとだった。
「あれどうしたの八方君。ここで1年生はあまり見ないんだけど」
「……そ。や――と追いつ……た」
息切れで話せない。
あれだけ早足で階段を下って息ひとつ乱さない先輩の足腰は、かなり丈夫なのだろう。見かけによらず運動ができるひとなのだという新情報を手に入れた。
途切れ途切れの息のなかこのあとの予定を聞く。
唯一の団員であるゴリさんが用事ということで、このまま帰宅するらしい。
誘うには絶好の機会だ。
「なら少し俺に付き合ってもらえませんか。うまいものが食えるかもしれませんよ」
釣るなら食い気。俺も釣られた身だ。
待ち合わせは学校ではなく、少し離れた先の公園にしておいた。
学校であからさまに彼女と待ち合わせをするのは先の展開上問題になるかもしれないし、行永先輩の手前もある。
また先輩に同行してもらったのも転ばぬ先の杖ってやつだ。
一緒にいれば誤解や説明の必要はない。
「あっ八べえ……って利くん?」
「ありゃ真昼くんじゃないか」
お互い驚くのは当たり前。説明が必要だ。
「――ということで彼女の手料理を俺の家で食べることになりまして」
「君の家? しかし」
「ボロアパートに一人暮らしですよ。理由は先輩と同じ栄養事情……なのでぜひご一緒していただこうかと」
なるほど、と頷く彼をよそにまた意味のないサムズアップ(指たてポーズ)をゴリさんに向けた。
それを察したのか彼女もにっこりして指を立て返す。
ありがとー、唇がそう動いていた。
3人で以前に訪れたショッピングモールにて食材を購入する間、ゴリさんと先輩を2人きりにして自分が入用の品物を一人で会計。
そこから比較的近い俺のアパートまで料理内容について話し合いながらのんびりと歩いた。むろん食材費は折半だ。
「わあ一人暮らしってこうなってるんかあ」
「これは……なかなか趣のある家屋で」
古臭い引き戸を開けて玄関に入ると、ふたりとも興味ありげに中を見回していた。
たしかに一人暮らしの家を訪れる機会は高校生にはそう多くはない。
靴を脱いですぐの居間に案内してとりあえずは座ってもらい、これまた古いローテーブルを前に粗茶を出す。
未来の恋人同士が見慣れない屋内を見回して互いを見つめ、なにか囁きあっていた。
映像に残したいほどいい雰囲気をかもし出している。
隠し撮りしたい気持ちを抑えるための咳払いをして、口を開いた。
「さておふたりに確認したい。問題はメイン料理を何にするかなんだけど」
一口お茶をすすって話をふってみる。
するとゴリさんが袋から食材をとりだしてほくほく顔で宣言した。
「つまり生姜醤油を効かせたあれにするつもりだったんよ。ふたりに作りたてを食べてもらおうと思ってね!」




