お話15 夜の合図
夕方になって一慎と合流したのはいいのだが、遅れた事情を話すと予想どおり奴はキレた。
俺の顔を見た奴が出会いがしら多聞ちゃんに煩悩を! とか言われるつもりでふざけて身構えたが、駆け寄った彼の言葉は「誰に殴られた」だった。
見損なって申し訳ない気持ちになったのは言うまでもない。
うるうたんの指摘どおり、俺は子供で奴は大人だ。
「この件はすでに終わったんだ。だからもう彼らに関わることはしないでくれよ、一慎」
うるうたんからそう諭されてもしばらく怒りは収まらなかったようで、ショッピングモール内での散策中もぷんぷんと憤りをもらしていた。
しかし俺がケーキバイキングでの彼女の粗相とはいえない一件をを説明し出すと、ものすごい勢いで食いついてきて話の流れが変わった。
うるうたんから乾いた笑顔での肘鉄をくらって中断せざるを得なくなったが、とりあえずいつもの雰囲気に戻すことができたので脇腹の痛みは我慢しよう。
「昼はケーキにパフェ? なら俺に合わせて軽めにしてくれてたのか」
「いやケーキの数結局――」
油断していた。具体的な個数を告げようとしてまた肘鉄を食らう。
殴られ慣れるという境地に達したようだ。
「口が軽いぞ九介。私はそんな男に育てた覚えはない」
「育てた。いよいよ俺は子供ですか」
「ちょっと待てい!」
即効一慎の突っ込みが入った。荒々しく胸倉をつかまれる。
「おいこら……なんで多聞ちゃんが九介呼ばわりしてんだ」
少し照れたように俺と彼を見比べているうるうたんが返答のかわりか、んふっと笑った。美人をさらに際立たせるような、艶然とした色っぽい笑顔だった。
「てんめえ、まーた持っていきやがったな! なんだこのデレ具合は」
「知らん俺にもわからん」
締め具合に本気が伝わってくる。加減を知れ悪友。
「悪い虫がつかないようお前に預けたのに、当人が一番かっさらっていってどうするよ!」
「まあまあ一慎、君への想いと同じだよ。愛だよ愛」
余計話を混乱させんで下さい。
ひとまず空いているベンチに腰掛けて休憩にした。
結構長い距離を歩いてきたのでさすがに脚が重い……
ふたりが顔を見合わせながら恋人同士の会話を始めるなか、鼻血野郎の俺は洗面所で顔を洗い流してやっと人心地がついた。
戻って一慎の隣に腰をおろし、健康飲料水を一気飲みして一息ついていると、しばらくしてシャープな顔立ちの二枚目と可愛らしい小さい女の子との好一対が前を横切った。
「あれ」
「あーキューちゃんだ」
互いに指をさしあって向き合う。
彼女の幼馴染は 上戸高明という本名があるものの、もはやコーメー君で通そう。
それにしてもネイビー色の半袖ワンピースというフェミニンな格好のうーこちゃんに黒ジャケブーツカットパンツのコーメー君。
俺以外のこの4人は外見もそうだが、着ている服に清潔感があっておしゃれだ。
認めるには多少の嫉妬が湧き上がったが、お似合いなのはまぎれもない。
「なにしてたのー? 変な組み合わせ」
ショートボブの髪を弾ませたうーこちゃんが俺の隣に座ってきた。
一慎とうるうたんに幼馴染を紹介している。この子も上機嫌で何よりだ。
「一別以来」
「仲よさそうで安心したよ」
「……ああ。やはり卯子はこういう感じでないと」
お互い微妙な関係ではあるものの、何かしら共感するものがあって俺とコーメー君は笑いあった。
女の子たちが自分の連れている男の自慢話をし始めると、手持ち無沙汰になった一慎をよそに無造作ヘアをした小粋なハンサムと男同士の会話を開始する。
「んーつまり君たちもこの時間に来たってことは、あれを見にきたんだろ」
「あれって?」
俺の質問と同時に、隣で座っているうーこちゃんが身を乗り出してきた。
話が白熱しているようだ。
乗り出すのはいいけど膝に手を置くのはやめなさい。
うるうたんも一慎の膝に手をおいて乗り気で返答していた。
彼女たちの応酬に遮られながら、目の前のコーメー君と話を続ける。
「今日はあれさ。『夜の合図』の日だよ」
「――あ、そうか月に一度の」
このショッピングモールの月一回日曜日に行われる催しで、日没前のライトアップショーのことだ。
規模は大きいわけではないが、数千個の光で彩られたオブジェと噴水のコラボレーションが美しい期間限定、時間限定のライブイベントになっている。
幻想的な光と夕日を見ながら過ごす幸せな時間を体験することができるため、恋人同士や家族連れなどに特に評判が良い。
これを見た人たちは幸せになる、という無責任な噂までついているほどだ。
「なるほど一慎がここに誘ったのはそれか。つまりコーメー君たちも」
「今はできるだけ卯子に応えたいしね。これは範囲内と思うから」
「ご尤も。彼女もうれしそうで何よりだ」
となると当然ひとりの余りモノがでてくる。
それはかまわないが、どうやってフェードアウトするかが問題だ。
んーと考えこむように目を閉じたとき、左右から声色と話し方が違う、しかし同じ内容の言葉が交錯した。
「九介、私とともにあれを見るんだぞ。今日はそのつもりで連れてきたんだからな」
「キューちゃんせっかく会えたんだから一緒に見ようね、夜の合図」
ありがたいお誘いだがそうはいかない。
一慎の懐の広さに甘えてそこまで邪魔はできないし、仲直りの途中であろう幼馴染との間にも入る気もない。
場内アナウンスが流れ始めた。
特設ステージでそろそろ始まるらしく、人の流れが一気に同じ方向へ動き出した。
男同士友達で向かう集団もいる。景色がいいので、誰と見たところで眼福だろう。
目視で一慎とコーメー君に相手を連れて行くよう促した。
さすがに場合が場合だけに、ふたりとも問答なしで彼女たちと手をつないでこの場を離れようとする。
「九介」
うるうたんが困ったように声をかけてきた。
うーこちゃんもこちらをじっと見ている。
「わかってますよ、一緒には見ます。近くにはいますから」
歩き出した2組の美男美女の後ろについていくと、振り返る彼女たちに意味のない親指立てポーズ(サムズアップというらしい)をして見せた。
だが実のところ正式の場でするには下品な意味を持つ行動だそうだ。
俺に品性などあるわけもないので堂々と披露した。
当然彼女たちは失笑するも、納得したのか前に向き直った。
肯定的な意味で捉えてくれるように祈る。
特設会場についたときにはすでにライトアップが始まっており、たくさんの人々が見やすい場所を選んでそれぞれ佇んでいた。
2対の知り合いが前方へ並ぶなか、俺はやや離れた壁際に背もたれつつ、噴水が流れ出した光景を見つめていた。
一見して腕を組み表情をあまり変えないでつまらなさそうに見物しているように思えるが、ただ腹がすいているだけだったり、きれいなものを無心で眺めていただけのまぬけ面が実のところだ。
そしてそんな自分はうるうたんとうーこちゃんが時々気遣わしげにこちらを窺っていたのには全く気付かなかった。
「空が暗くなっていく自然の演出が一番よかったかもね。いやきれいだった、これで俺も幸せになれるかな」
「おうなれなれ、はやく彼女作って幸せになってしまえ」
うるうたんと手をつないで嬉しそうな一慎もさすがにからかう気にはなれないようで、俺の呟きに満面の笑顔で返答した。
コーメー君は相変わらず落ち着いた雰囲気でうーこちゃんと会話している。
そしてすべての予定はこれで最後、すでに腹が何度も鳴っていた。
そろそろ2人の本当の時間を作るべきだろう。フェードアウトだ。
「てなわけで、確かにうるうたんを返したぞ。俺は金がないので家に帰ってメシを食う」
君たちはそれぞれ2人の時間をすごすよう言い残し、何かリアクションが返ってくるまえにその場を後にした。
ふたりの女の子たちにも手を振る。
戻って何を食うべきか、頭の中をそれで埋め尽くした。
だが実情は今日言われた3年生の言葉が耳から離れなかったのを食欲で打ち消したいだけで、あえて他のことを考えないよう足早に帰ったのもそのせいだった。




