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お話14   奇特な1年

 のどかな天気にそぐわない剣呑(けんのん)な空気が流れている。

 年上であろう相手の男たちは3人。

不躾(ぶしつけ)にうるうたんを上下に眺め、遠慮なく距離を詰めてくる。

 俺の前を通り過ぎる際足を踏まれたが、同時に腕をのばして彼女の傍に近づくのを遮った。


「浮気相手はおとなしくしてろよ」


 どけと言わんばかりに押しのけられる。

 そうもいかないんですよ番犬としては。


「こいつをあっさりと振っておいて自分はガキを取替え放題か、いい身分だな」


 一番離れたところにいる奴を親指でさしてひとりが息巻いた。

 離れている奴は背も高い上に結構ないい男だった。


「誰にでも人を選ぶ権利はある。君たちは鏡で自分の顔を見てみるといい」


 怒っている。この無表情は怒っているときのうるうたんだ。


「顔だ? この古臭い顔をしたガキがこいつよりいいっていうのか」


 2人の男が鼻で笑い、俺を見てまた嘲笑(こうしょう)した。

 まあ顔でいえば向こうのほうがいいのは事実だ。

 先輩であろう彼らに寸分の敬意を見せず、うるうたんはさらに冷たい声で言い放った。


「これのよさをわかっているのは私くらいでいいんだ。君らや他の女にはずっと理解せずにいてほしいね」

「邪魔だ」


 勢いよく彼女に迫ろうとした男の前に俺が立ちふさがると、そいつは強引に押し出してきた。だが訓練された番犬を甘く見るなよ。


「こいつ……」


 押し問答を繰り返し、けしてうるうたんに近づくことを許さない。

 腕力があるとは言えないが、ここで引き下がることは一慎に信頼されて預けられた俺の男がすたる。

 業を煮やしてもうひとりがつかみかかってきた。こうなればもう意地だ。


「八方九介!」


 強烈な一発を頬にくらって倒れたところで、うるうたんが俺の名を呼んで間に割ってきた。

 真っ青になって抱きついてくる。あぶないですってば。

 人通りの少なくなってきた場所とはいえ、あまり大事になると大騒ぎになりそうだ。


「……なんだよそれ」


 今まで無言だった振られた当人がぼそりと(つぶや)いた。

 さらに殴りかかろうとした2人の手が止まる。


「そこまで取り乱すのか、浮気相手の年下に」

これ(・・)はな、特別なんだ。一慎には悪いと思っても、私の心を開いてくれたのはこの八方九介なんだ」


 私のために何気なくそばにいてくれた。私のために泣いてくれた。

 相手に伝わるはずもない悪友との馴れ初めの断片を口にする。

 男2人は気を削がれたように立ち尽くしている。面食らうのは当然だ。


「ああそうか。こいつが奇特なあの1年のガキだ」


 どんな噂か気になるが、キトクというからにはろくなものではないだろう。

 そして鼻血が出てきた。


「あちこちいい女に手をだしては騙して取り入ってるって奴だよな」


 面食らっていた男のひとりが舌打ちしながらこっちを見下ろした。

 気が多いのは確かだが、騙してってのは心外だ。


「……騙す女が変わるたびにあんな姿を見せられるのだとしたら、これは稀代の詐欺師だ」


 鼻に当てられたハンカチは上物。

 血が付くのにもかまわず拭き取ってくれている。


「俺らにはいつもツンとすまして鉄火面みたいな女が、どうしたらこのガキに見せるような顔になるんだ。おい1年なんの手管(てくだ)か教えろよ」

「愛だろ。あとは知らん」


 間髪入れず答えた俺に、3人の男はもとよりうるうたんまで固まっていた。

 言い過ぎたかもしれないが本心からだ。

 うるうたんを今も好きなのは事実だからしょうがない。

 是非なんか知ったことではない。


「ペテン野郎。軽々しいことほざきやがって」


 再度彼らがつかみかかろうとしたところで、うるうたんがくっくっと笑った。

 こんな笑い方をする彼女は知らない。

 どうしたのって聞こうとして、まだ鼻血が止まっていないことを思い出した。

 これ以上ハンカチを汚す気になれないので、ティッシュを取り出す。


「――そうだ愛だよ、愛!」


 ぽんぽんと頭を撫でられた。上気した頬をしながらも嬉しそうないい笑顔だ。

 クールに見える彼女だが、おそらく感情豊かなこちらのほうが本質だろう。

 違和感をまったく感じさせないその姿に男たちは鼻白んだ。

 お前らにそれはない、と言われたような気がしたからかもしれない。


「今まで私は己を省みないこれの愛に守られていたのだな。ようやく合点したよ」


 自分のものにならない私に何故ここまで報いるのか理解できなかったが、これで少し腑に落ちた。そう独り言を呟きながらも声なくおなかを抱えている。 

 笑いすぎて泣き笑いになっていた。


「というわけだ。私は私の決めた人からの愛しか受け取らない、結論が出てすっきりしたよ。いい加減人も集まってきたし、もう行こう九介」


 俺が殴られたあたりからトラブルかと人が集まりだしている。

 さすがに居心地が悪くなったのか、3人の男たちも不承不承にその場を離れだした。

 離れる際、振られたであろうハンサム先輩が敵意ある視線を向けて捨て台詞を吐いていった。


「誰にでもやさしいとか誠実なんてのはな、弱さの裏返しだ。お前はただ女に依存してるだけの八方美人だ」

「……」


 言い放った本人はさほど意識したつもりはないかもしれないが、これには返す言葉を失った。遠ざかる相手の背中を呆然と見つめる。

 そっとうるうたんの指が頬に触れたが、少しの間何も言えないまま立ちつくしていた。


「外国の有名な思想家が残した格言だよ、今のは」


 まだ付いていた鼻血を拭い取りながら、うるうたんが(ささや)いた。


「女に依存というのは違うけど……よしこれできれいになった」

「ありがとう。そっか、そんな言葉が……」

「真理かもしれない。ただ私は君のそれが悪いとは思わない」


 彼女は先ほどの出来事が嘘のように明るく笑っている。

 何故嬉しそうにしているだろうと反応に困っていると、そっと手を握られ行こうと促されてゆっくり歩き出した。

 

 基本的に俺はあるがまま感じたことへの行動しかとれないし、その結果周りに気を振りまいている事実は否定しない。

 だけど初めてそれを指摘されると、弱さとか依存とかいうワードに対して抗弁を持つ術はない。

 うなだれて考えに沈んでいると、うるうたんは意図的に優しい声でつないだ手をぎゅっと握りしめて話しだした。


「いつだって格言なんてものは無責任なものだ。当人にとってはそのとき感じた瞬間に優るものなんてないというのにな。後悔はあとですればいいのさ」


 そうだろ、と言わんばかりに覗き込むように見つめてくる。

 気遣うような励ますような懸命さに応えて、俺は自然と前を向いた。


「たとえそれが間違っているとしてもですよね」


 考えて最善に立ち回れるほど頭が良くない自分は、これからもあるがままでいこうと気を取り直した。開き直りにも等しい。

  

「高校生に真理ある行動なんて無理に決まっている。ましてや君は大人のようで大体子供だ。だから放っておけないんだ」

  

 つなぎあった手で大きく振りかぶって行進する男女の姿を、騒動を嗅ぎ取って集まった人たちが見送っていた。時々苦虫を噛み潰した人もいた。だが俺はもげない。

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