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お話12   喜べ。夕方まで

 八方六興(はちかたろっこう)八方七瀬(はちかたななせ)の両親が春先で引越して行ったために、母方の祖母が持つ古いアパートを家賃いらずで貸してもらっている。

 光熱費食事代その他は仕送りと連休時のバイトで賄い、ほぼ毎日祖母の家に堂々と入っては置いてあるパンなどを拝借して学校での昼飯にあてる、というのがさもしい自分の決まった日課になっていた。

 そして月曜日の昼に備えて何個かの戦利品を持ち帰り、出かける準備を終えたところで連絡が入った。一慎からだ。


「おう九介準備できたか」

「今終わった。2人はどこらへんにいる?」

「おまえの家の前だ」


 引き戸を勢いよく開けて奴が入ってきた。ほぼラグなしで。

 そういうことするとコントっぽくなるから自重しほしい。

 古いアパートだけによけいお笑い感が出てしまうじゃないか……面白いというより間が抜けている感だが。


「時間どおり用意できたようだな。よしよし、多聞ちゃんも中に入りな」

「家の前を通ったことはあるが中に入るのは初めてだ。ここが君の住まいか」


 古い建物に似つかわしくない爽やかな格好のうるうたんが、悪友に促されて家のなかを見回しながら姿を現した。

 柄のはいったシャツにミントグリーンのジャケット、男物とわかるデニムをさり気なく着こなした格好はさすがというべきか。

 美人のうえにスタイルもいいとなれば大体何着ても似合うだろうけど、パンプスとかもあえて抑え目の色やコーディネイトにしているのは彼女らしい。


「地味目にしてもこの可愛さ、ゆえに俺の進呈したデニムを履いてもらっているのさ」

「なるほど男の存在ってやつか。抜け目ないなお前も」

「あったりまえだ。虫除け対策は年中無休にしないと落ちつかん」


 黒のカーディガンとチノパンを着こなす一慎もかなりの美男子ぶりだ。

 こいつも女が放っておかないだろう。


「うるうたんこいつも大概いい男だよ。虫除けは何かやってるの?」


 私以上の女がいるならそいつと浮気でもしてみせるがいい、とううるうたんが満面に自信を(みなぎ)らせて笑っている。

 奴を信用しているのとまぎれもない自分への自惚れか。絵になる所作だった。


「で、そういうお前は相変わらずフェイクシャツのポロ野郎か」

「バリエーションがない、お金もセンスもないで思考停止だよ気にするな」


 下はクロップドパンツかデニムで夏まで乗り切る。

 ベタベタの格好だが君たちと違って見た目も体型もごくごく普通の男だ。

 当たり障りのないもので十分。


「まあ、九介だしなしょうがない。これで我慢してやろう」

「よく似合っているよ。八方九介は自分を知っているな」

「ありがとうねうるうたん。で、今日俺はどこへご相伴に預かればいいんだ?」


 いきなり胸倉をつかまれた。

 スナップの利いたうるうたんの水平手刀撃ちを受けた奴は(つか)んでいた胸倉から手を放し、大仰に俺の服の乱れを整える。調教済みだと認識した。


「喜べ。夕方まで多聞ちゃんと2人きりでいられることになったぞ」


 なんだって?

 しばし固まったので反応が遅れた。


「……つまり?」

「つまり俺はそれまでバイト、その間にお前は彼女を独占できるということになる。ところでこの間のフォローってなんだ」

「この前3人で帰るのができなかった事とか、ゴリさんの事とか……とにかく色々だ。少なくともお前の心配することなど何もないから安心して金稼ぎに行ってこい」

「全学年のどんな男よりお前が一番恐ろしいよ。それに比べれば3年のあいつなんてガキみたいなもんだ」


 誰だそれ。具体的に聞こうとしたが時間がないからというので皆家の外に出た。

 別れ際に一慎が変な気は起こすなよと再度念を押してから去っていったが、気になる捨て台詞だ。3年生となんかあったのかあいつ。


「さて。どうやってフォローしてもらおうかな」


 軽く背伸びしていたうるうたんが俺を見て微笑んだ。

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