お話105 嫉妬全開
何度目かの悪友との対戦だ。
リレーや他の種目では不覚をとったが、運動能力だけでは優劣がつかない借り物競争ということもあって、隣で佇む長身の男前に勝つ可能性があると断言できる。
今回は人を借り物にして、二人三脚でゴールを目指すルールなのだとか。
曇り空を見上げて深呼吸する俺と、首を左右に振る一慎との間に会話はない。
奴も午前の部で鬱憤を発散できたのか、うるうたんの一喝が利いたのか、ぎらぎらした意気込みは感じられなかった。
開始の合図がやかましく響き渡る。
しばらく走りだしたところで、コース上に展開された長テーブルへ駆け寄った。
それぞれ割り当てられた裏返しのプリントがある。
この時点ではほとんど横並びで、それぞれの出場者に差はない。
「……っしゃ!」
何が書かれていたのか、最も早く反応したのは運動部の男だった。
借り物の対象は同じ生徒ということで、該当する目当ての誰かの名を呼びながらコースを外れて去っていく。
「ははっ」
隣の一慎が軽快な笑い声とともに、内容を確認してすぐさま2年生の体育委員席に突入していく。
女生徒の黄色い声が飛んでいる。
それを合図に俺と残りの連中もちりぢりに分かれはじめた。
悪友が一切迷わず行動を起こしたのと同じように、俺も配られたプリントの内容を受けて同学年の応援席に飛び込んだ。
向かう先は、ハチマキを巻いたショートボブの小さい子の元だ。
男女に囲まれて声援を送っていたうーこちゃんのびっくり顔に近づいて、すぐ彼女の手を取った。
「えっ、なに?」
「うーこちゃんが必要だ」
うおっという男の野太い声と、きゃーという女のそれが大音量で降りかかったが、これも開き直りのひとつだ。
『借り物だけに、借りを返したいひと』というベタなお題に閃いたのは、赤組という縛りのなかにあっては彼女を置いて他にいない。
連れ去る背中に怒号と囃し立ての応援をいただきながら、途中で1年生の応援席を通り過ぎる際、もげてワレだけこけんかい! という関西弁を耳にしたが、当然スルーした。
コースに戻って隣接する足同士をヒモで固定し、二人三脚の体勢になった。
その前方には運動部の男が先輩らしき女の子と肩を組んで先頭を走っている。
互いに運動部なのだろうか、なかなかに息のあった後進を見せていた。
「あれ見て」
しゃがんでいた俺の肩に手をかけ、うーこちゃんが指差した方向に、長身の男前とポニーテールの眼鏡っ子の颯爽たる姿があった。
サムズアップするゴリさんとそれを受けるうーこちゃん。
3年生の応援席から、またも長い黒髪を後ろに束ねた美人さんの叱咤激励が聞こえる。
無論一慎とゴリさんペアに対してだ。
「あれを先にやるなよ一慎! 私の目の前で浮気するあの天然たらしを潰してやれ」
応援団のどの面々より凛々しく麗しくよく通る声は、確実に白組を鼓舞したようだ。
集団の中央で仁王立ちのうるうたんが示す視線の先には一慎が、指差す方向にはゴールがあった。
うおおおと大音量で応える各学年の赤組応援団から後押しされるように、男前と色っぽい女の子は互いを支えあって走り出した。
「これ負けられないなあ」
にひっといたずらっぽく笑ううーこちゃんと共に、彼ら先頭グループの後を追う。
「お似合いすぎて、俺のほうこそぶっ潰したくなったよ」
けっと吐き出しすような煽りを口にする俺を窺ったうーこちゃんが、意味あり気に目を細めた。
「嫉妬全開?」
「ああ!」
過去に見ない俺の剣幕に小さいパートナーは興味津々で観察してくる。
調査対象の新しい一面を発見したかのようだ。
「追いつくよ!」
運動能力の高いうーこちゃんにつられ、速度を上げる。
次の瞬間、うわあっという大歓声が運動場を包んだ。
先頭の男と女のペアと、一慎とゴリさんとのペアとがつばぜりあいを繰り広げた結果、そんなぶつかり合いになれている運動部の面々がゴリさんを引き倒したからだ。それに伴って足でつながれた悪友も体勢を崩した。
スピードが出ていたためか、ものすごい勢いで転倒している。
倒れる際、長身の男前野郎はゴリさんをかばって背中を地上に強打していた。
ほとんどケガのなさそうな彼女と、転んでうずくまる一慎とを見て周りの保健委員や助けようとする連中がむらがった。
そこへ俺とうーこちゃんが通りかかる。
「潰してやるんじゃなかったのか」
「……」
煽りを受けた一慎が、すりむいた頬をひとなでして立ち上がった。
手当てしようとする委員を制して、ふたたびゴリさんを支えだした。
「中立くん」
「心配ねえさ。最後までやってやろうぜゴリさん」
「……でも」
「そんなヤワにできてないんだよ。俺も、こいつも」
頬や肘や膝を擦りむいた奴の様相は学校の行事というには凄惨なものだったが、目は力強く表情もしっかりとしてそのやる気は揺るぎない。
「五里さん、終わった後で労わってあげれば?」
うーこちゃんが少し屈んで心配そうなポニーテールの眼鏡っ子を励ました。
一度ついた火はそんなんじゃ消えないよ? との説得に気を持ち直したお似合いの一対は、再度ゴールを目指して走り出す。
この騒動ですでに先頭の運動部がゴールしていたが、俺と悪友の勝負はこれからだ。
「真昼ちゃん気合さー!」
ゲジ眉の声援を受けてゴリさんの紅潮した面持ちに笑みが浮かんだ。
この子の味方は多い。人徳というやつだろう。
そしてゴールが見える。最下位争いだ。
「っつあ!」
「ゆずれねえ」
叫ぶ一慎に呼応した俺の低い声。ややこしい判定になった。
ゴール部分を駆け抜けて再度転倒する一慎とゴリさん。
今回も長身の悪友は眼鏡っ子を守るように地に叩きつけられていた。
その所作はまるでどこぞの映画の一幕のようだ。
男前すぎる最後に比べて、俺とうーこちゃんは普通に到着した。
天を仰いで荒い息をつく相手に近寄る。
足に結んだヒモを女の子たちが解きだした。
「負けた……のか」
こちらを見上げた一慎のか細い声を合図に判定が下された。
俺とうーこちゃんがわずかに先にゴールしたようだ。
最下位と知らされた一慎とゴリさんだったが、それでもふたりの表情は明るかった。
「やられたよ。委員の仕事があるのに引っ張り出してきてごめんねゴリさん」
「ううん」
俺と悪友だけが彼女をゴリさんを呼ぶ。
一年前、この子を一見していい女だろと断言した一慎だからこその気安い呼び名だ。
「楽しかったぜ悪友?」
ポニーテールの髪を揺らしながら喜色に包まれた面持ちで、ゴリさんがそんざいな言葉を口にした。
腕を上げている。
まるで俺が言ったような砕けた台詞に、一慎も腕を上げて互いに交差させた。がしっと絡み合ったそれとともに視線も絡み合っていた。
「俺もさ親友」
あはっと花が咲いたようないい笑顔のゴリさんへにやりと応えた後、奴が俺を見た。
「友達で終わるには惜しすぎるから、今だけ親友かな」
「その後は?」
息を弾ませたゴリさんの声は気のせいでなくとも朗らかだ。
俺から彼女へ向き直った一慎が、わざとらしく悪そうに口を歪ませた。
「もしかすると、もしかするかもだ」
「なんよそれー」
額を至近距離まで近づけて笑いあっている姿は、どう考えても最下位ペアには見えない。
そのうちにゲジ眉の平良が遠目にも判別できるふたりのいい雰囲気を察して邪魔に入ってきた。
早く結びをほどくんさ! とか叫んでいる。
そんな彼らを見つめている俺の横で、うーこちゃんが目を輝かせていた。
先程のように、興味津々の態だ。
「開き直っているたらしくん」
「なんだね」
視線の先は必死で間に入ろうとあくせくするゲジ眉と、相性のよさそうなお似合いのペアがいる。
そんな様子を見つめたまま、うーこちゃんの揶揄する声が届いた。
「それこそ今は取り乱してもいいんじゃない?」
「どうかな」
わくわくと浮かれ気分を隠せない野次馬根性の小さい子に、とりあえず苦笑で応えるしかない。
「キューちゃんいらいらしてるよ! ふたりともちょっとは周りをはばかったら?」
大きい声で呼びかけるうーこちゃんの誘い水に、渦中の男女が立ち上がりながらこちらに近づいてきた。
ゲジ眉は間に立って一慎にしっしっと追い払うように距離をとらせようとしている。
「今のところは、俺とゴリさんは親友だよ」
「だよね」
にっこり向かいあうお似合いの男前と色っぽい眼鏡っ子。
がなりたてる平良のしゃがれ声を環境音楽に、俺は心のままに吐き捨てた。
「そんな親友はいないな。ほとんど恋人同士に映ったよ」
「友情なんて認められない?」
ゴリさんの誘導するような言葉に、意図を察しかねたが頷いた。
悪友はけっと唾を吐きかねない表情をしている、
「だったら花子とやらの関係も清算すべきだろう」
不意に後ろから冷たい声がかかった。
後片付けをしている運営委員や終了のアナウンスのなかで、腕を組んだうるうたんがいつのまにか俺たちのすぐ後ろで佇んでいる。
それこそ不機嫌全開だ。
「五里くんと一慎の親友関係は認めないのに、あの子とはいちゃいちゃ仲良くお友達か」
一歩踏み込むごとに後ずさる自分の襟足をつかんだ小さい子がいる。
ゴリさんも詰め寄ってジト目で威嚇を開始する。
自業自得の失言に青くなるも、ゲジ眉がふと気付いた様子でそれぞれの借り物の命題を調べていた。
「みんな一緒のお題目らしい」
「えっ、共通なの?」
うるうたんが俺と一慎のプリントを見て納得したように頷いた。
うーこちゃんもなーんだとそれを覗き見ている。
「借り物だけに、借りのある人と走りなさい、って記されてるんよね」
ゴリさんの説明に平良がくだらん、面白くないさと呟いた。
くだらなかったり面白くないのはお題目ではなく、自分以外に馴れ馴れしくできる友達のような存在に対してなのだろう。
俺から一慎へと奴の敵愾心は移行した。
爽やかで豪快な悪友の振る舞いに危機感を感じたと思われる。
一慎の男前すぎる行いと、それに対するゴリさんの好意溢れた対応にとまどいを感じたのは俺も同じだ。
そんな弱気な想いを感じ取った恐ろしすぎる男が、荒々しく肩を組んできて耳打ちしてきた。
「油断していると、引き込むかもな」




