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お話103  おめでとう

 土曜の夕方、悪友とゲジ眉を連れてゴリさんが律儀にも浮気宣言をしにアパート前にやって来た。

 中でお茶休憩をしていたうるうたんとうーこちゃんと関西弁が出迎える。

 自業自得とてふてくされた俺も外に出ると、私服姿の彼らが皆ご機嫌上場で佇んでいた。

 七分袖の黒Tシャツにグレーのスキニーデニムのゴリさんが行ってきマス! と敬礼するなか、一慎と平良がそんな可愛らしいポニーテールの眼鏡っ子をにこやかに見守っている。

 濃い眉にはっきりとした顔立ちと、すこしたれ目がちな目元の涙袋がいつにもまして色っぽい。

 この子の背後にあってスキニーデニムをちらちら見ている色魔どもの鼻が膨らんでいるのを見咎めて駆け寄った。


「見るな!」

「そう言われても」


 悪友が肩をすくめ、ゲジ眉の視線の先は造形美部分を一点に見つめ無言で変態中だ。

 ゴリさんのおとなしめな色使いにもセクシー全開の格好を見て、うるうたんとうーこちゃんが女の子同士で服装についての話をし始めた。男たちの暑苦しいかけあいも始まった。関西弁もざまあ顔で参戦してくる。


「五里先輩やっぱり色っぽくてええ女やなあ。あんたら役得やん」

「失恋の痛手には新しい恋だからな」


 長身の男前は本気成分強めでこちらをにやりと一瞥した。

 ゴリさんと合わせたかのような黒のポロシャツとチノクロップドパンツの出で立ちは非の打ち所もなく、彼女とはお似合いの一対だ。

 嫉妬するも認めざるをえない組み合わせに、はしたなくも唾を吐きたい気持ちになった。


「いつまで尻みとんねん。アンタも大概どエロすぎるやろ」

「はっ」


 関西弁に突っ込まれてようやくゴリさんの造形美から目を離した平良が、よだれを拭いてこちらに向き直った。


「今日でごっそりと真昼ちゃんをもっていかせてもらうさ。浮気者は家で身悶えてろ」

「くっそお」


 白シャツにミニタリーカーゴパンツのゲジ眉からも煽られて、頬が上気するのを自覚した。

 ガールズトークが盛り上がっているのか、彼女たちの楽しげな笑い声が聞こえる。

 自分ひとりが不機嫌で拗ねた状況なのは過去に記憶がない。


「後をつけまわすのは禁止だぞ九介」


 何かを悟ったのか、腕組みして糾弾の様相のうるうたんが先手をうってきた。

 間の抜けた顔で黒髪の美人を見返すも、同じ制服姿のうーこちゃんからもダメだからねと釘うちされ、密かに企んでいたストーカーの目論見は砕かれた。





 うるうたんは婆ちゃん家でメイドのお仕事、うーこちゃんは関西弁に送られアパートを後にした。

 残された俺は居間にてのたうちまわりながら、荒々しく炭酸飲料をヤケ飲みする。

 ゴリさんと余計な男どもの楽しげな画像が送信されてきてヤキモキはさらに加速。

 節操のない今までの行いに怒りをぶつける対象もなく、憮然としながらローテーブルに突っ伏した。夢の世界に逃避だ。泣きべそをかきながら寝に入った。


 仮眠とはいえない不貞寝で数時間が経ったころ、空腹を感じて意識を回復する。

 最悪の気分で目覚めだ。

 日曜日まであと少し。ゴリさんの誕生日もあと少しだ。

 彼女の親父さんの親バカぶりを考えると、横槍な男たちもそう遅く連れまわすことはできない。

 今頃は家だろう。


 大体ゴリさんに渡す現物も用意していない状況では、祝う資格も面目もない。

 寂しさのなか、それでもいたたまれなくなって制服姿のままアパートを出た。

 たとえひとりだろうといない相手だろうと、ケーキでも買っておめでとうと祝福したい。

 自己満足の極地だとため息をつきながらコンビニへ向かい、日頃自覚しないぼっちを実感しながらショートケーキを購入して帰宅した。

 べそをかきながらお茶を淹れ、おめでとうゴリさんと何故か手を合わして拝んでから、甘くも塩辛いようなケーキをむさぼった。


 どれだけ時間が過ぎたのか記憶にない。

 ふと何気なく玄関のほうを見た。人の気配がする。

 食べかけのケーキを口いっぱいにほおばりながら、引き戸を開けた。


 俺のあだ名をそうして呼ぶのはひとりしかいない。

 勢いよく飛び込むように抱きついてきたその可愛い生き物を抱きしめ損ね、石畳の土間の縁側に尻餅をついてしまった。相手の嬉しそうな弾んだ声と連動するように、俺も一気に気分が高揚した。


「ただいま八べえ!」

「おかえり」


 口のまわりにクリームをつけた俺を見て破顔したポニーテールの眼鏡っ子が、それを拭き取るようにぺろりとひとなめする。

 大胆な行動だが、お互いまったく照れはなかった。


「おかえりゴリさん」

「んふふ」


 口のまわりと唇をペロペロされて、一気に地獄から天国へ。

 どうしてここにいるのか、家はどうしたのかなどという質問はこのとき頭から失念していた。

 そして縁側に座りこんだ際、抱きついた体勢から対面馬乗りになるのは自然の成り行きだった。そしてそこからちゅっちゅになるのも自然なこと。

 鬱憤の溜まっていた俺の攻めは、受けなれていないゴリさんを少々びっくりさせたのだろう。目を見開いて身じろぎしていたが、そのうち変態の熱にあてられたのか、深い接触に積極的に絡めだしてきた。


「っは」


 唇を離した瞬間に彼女は扇情的な息を、俺は荒い息を吐き出す。

 互いに額を寄せ合って呼吸を整えた。


「……」


 間近で見詰め合う。唇を軽くかまれながらもこの子のサプライズだと勝手に解釈する。

 おしおきを先に、ご褒美を後にするという絶妙なアメとムチだ。

 想像が現実だとしたら、俺は確実に飼いならされていることになる。


「気を使ってくれた多聞先輩と明春さんに感謝しなきゃ」

「……ああ」


 メイドの仕事を終えたであろう時間のうるうたんが姿を現さないのも、うーこちゃんが早々に帰ったのも、つまりはそういうことか。

 俺も感謝しなければ。


「誕生日おめでとうゴリさん」

「ありがと」

「その、何も渡すものがないんだけど」

「もらいたいのは八べえ自身なんよ?」


 にっとした口元から白い八重歯が見える。

 うるうたんが美人ならうーこちゃんは可愛さで負けていない。

 そしてこの子は可愛らしさを備えながらも、色っぽさでは誰にも劣らないというすばらしい逸材だ。


「花子っていうんね」

「……そうだね」

「うちらにはないさばさば感がある子みたい」


 花子に(こだわ)るゴリさんのやきもきは、俺の嫉妬と似ているのかもしれない。

 自分にはないものを持つ花子や一慎を嫉視するのはそう不自然なことではない。


「友達なんだ」

「ほんとに?」

「それだけは誓える」


 甘々な触れ合いのなか、それでも花子とは何もないということの確認と潔白を何度も宣言させられた。

 ゴリさんが誇る自慢部位と花子のそれとどちらが好きか尋ねられるに至っては、さすがに口ごもって返答を濁したが。

 

 抱き合ったときからスキニーパンツの該当部分を鷲づかみしている、

 当然俺の主導で触りまくっているわけではない。

 ゴリさんのお許しがないと変態行為など遂行できるわけもない。

 なでなでしながら今宵ばかりは煩悩よりも祝福の意を前面に出して変態作業を平行。

 そして時間が日付を変更したのを確認してから家まで送っていった。

 お約束として怒り心頭の彼女の親父さんから鉄拳を食らったのも予定通りなら、アパートに戻ってから布団のなかに黒髪のメイドさんが待機していたのも想定の範囲内だ。


「いちゃいちゃしてきたか?」

「おかげさまで」

「チューは?」

「……しました」

「アレに触ったな?」

「えーっと。煩悩三割引で」


 くだらない言い訳を合図に布団の中に引きずり込まれた。

 慣れた仕草で消灯し、抱き合う際に自らの造形美に誘うメイドさん。

 えっちは封印といううるうたんの言葉は、まさしく行為そのものの禁止のようだ。

 この程度の接触はゴリさんにもこの黒髪の美人にもえっちな範疇に入らないらしい。


「さて、花子とやらの女の言い訳を聞こうか」


 尋問が始まった。寝不足確定だ。

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