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お話101  いつものように

「コーイーチーロー!」


 曇りぎみの空の下、風の強い河川敷で花子の元気で明るい声が響く。

 駆け足でこちらに近づき、イヨウと気安く挨拶しながら俺に向かって肩を組んできた。この場にいる面々はすべて唖然として固まっている。

 可愛い女の子たちも男どもも、セーラー服を着た長身の女の登場に度肝を抜かれているようだ。

 黒髪の美人にも、ポニーテールの眼鏡っ子にも、ショートボブの小さい子にもない女性らしからぬ立ち振る舞いと豪快さは、ずっと前から俺にとっては心地のよいものになっていた。だが今だけは別だ。


「元気になったようだな! 顔色も良くなったじゃねえか」

「ありがとう」

「アタシのおかげだよな?」

「ハイ」

「よしよし、感謝してるのなら今度メシおごれよ?」


 がはははと大笑い。ついでに組まれた肩をばんばんを叩かれる。


「コイチロー?」


 異口同音の質問が放たれた。女の子の三重奏に俺の動きが止まる。

 花子も目の前に来た仁王立ちの彼女たちに目を向けて、おほっと驚愕の吐息をもらしていた。


「うわあ、可愛いなあ。何この美人さんたち」

「……」

「コイチローの友達ならアタシに紹介しろよ」

「えーっと」


 腕がつかまれたと同時に、勢いよく引っ張られて花子から離された。

 今度は引き寄せられた先で首をきめられ、人質に取られたような体勢になった。

 長く麗しい黒髪がまたたいている。

 いい匂いのする髪の先が鼻をくすぐったが、その持ち主の美しい横顔は口角が上がってはいるものの、目は恐ろしいほど笑っていなかった。


「これは、八方九介」

「コイチローっていう名じゃないよ!」

「人違いじゃないん?」


 うーこちゃんがぴょんと跳ねて腕に絡んできた。

 ゴリさんは首をかしげて花子に問いかける。

 ベリーショートで長身の花子がにかっと白い歯を見せて歩み寄るも、それを遮るようにうるうたんが一歩踏み出した。


「コイチローはコイチローだよ。アタシにとってはこいつは特別だ」

「君はこれのなんだ?」


 すらりとしたうるうたんとしっかりとした体つきの花子が相対した。

 俺としては空気が薄すぎて自然に口呼吸になっている。正直逃げたい。


「親友かな」

「なら結構」


 ふふんと得意顔になったうるうたんが髪をかきあげる。

 嫣然とした色っぽい仕草に、存在を忘れかけていた男たちの嘆息が聞こえた。

 主に羽場圭とかいう関西弁と、ゲジ眉の平良のものだろう。

 悪友の一慎と無造作ヘアでハンサムのコーメー君は泣いたすぐ後の驚きでそこまで浮わついた気になれないのか、事の展開をなんともいえない表情で見守っていた。


「多聞うるう。八方九介の彼女だ」


 腰に手を当てての仁王立ちでどうだと言わんばかりに自己紹介。

 負けじとうーこちゃんとゴリさんが嫁とか正妻とか名乗りはじめることで、事態はさらに混乱した。

 さすがの豪快さを誇る花子も理解できずに胡散臭げに俺を見る。

 当方は収拾不可能と判断して思考停止の最中だ。


「お友達なら気を利かせてくれるかな。今取り込み中なんだ」

「へえ、どんな?」

友達(・・)には関係のないことさ」


 友達、というワードを強調して俺の腕をつかみ、所有権を主張する美人さん。

 うーこちゃんとゴリさんも同じような台詞を放つ。

 花子と女の子3人が睨み合う様相になっている。


「うるうちゃん、こいつはこういうゲス野郎なんだが」


 我に返ったであろうコーメー君が、俺の腹に肘うちを食らわせて黒髪の美人に近寄った。悪友からは尻に蹴りをいただいた。


「それでもこの八方美人な浮気男がいいのかな」

「それでも、だよ」


 美男美女が無言で見つめあう。

 絵になる光景に花子がほおおと感嘆し、関西弁が恒例の口笛を吹いた。


「俺は、まだ諦めないから」

「……高明」


 吐息をもらしながらうるうたんが微笑んだのは、無造作ヘアのハンサムが優しく穏やかな以前の表情になっていたのを確認したからだ。

 鼻をすすった彼と同じくして、自分を取り戻した悪友が背中をはたいてきた。


「油断してると引き込むよ、ってなもんか」


 一慎の口から出た聞き覚えのある台詞は、春に利くんが大好きな相手へ放った精一杯の諧謔(かいぎゃく)だ。それを耳にとめたゴリさんが苦笑いの一慎と向きあっている。

 うるうたんとコーメー君の相性が抜群なように、このふたりも相性がいいと断定できる。心当たりの事象も多々ある。

 ポニーテールの眼鏡っ子がさらわれるような危惧を肌で感じたのは俺だけではない。

 平良が憤然として間に入り、見つめあいの邪魔をしたのは当然の成り行きだった。


「渡すわけにはいかないな」


 俺の言葉に皆が一斉に振り向く。驚きの反応は当然のことだろう。

 吹っ切れたのは彼女だちだけではなく俺もだということを、恋敵たちに実感してもらわなければならない。


「うるうたんもゴリさんもうーこちゃんも」

「……」


 この高言に対して男たちは一呼吸置いたあとで、暴力という無言の突っ込みを開始した。

 無表情で拳骨を放つ4人の男と、何様な言葉にも嬉しそうな女の子たち。

 それを興味深そうに見守っていた花子と別れて家路についたのは、すっかり日が暮れて暗くなった後だった。





 夕食の席につき、可愛いメイド服を着た3人の女の子が作った料理をいただく。

 無言で食器の触れ合う音がする食堂の雰囲気は、婆ちゃんが伯父さんの家にぶらりと出かけてしまっていたため、寒々しいものだった。

 何度目かの針のムシロだ。


「あの」


 彼女たちは黙々と数品目の様々なおかずを食している。

 俺は目の前の大好物のから揚げを前に、待てと命令されたままおあずけ中だ。

 罰とか折檻されるペットそのものだ。


「そろそろご相伴したいんですが」

「浮気者にご飯はありません」


 かぶせ気味なゴリさんの冷たい声。


「おっぱい大きい子だったねえ。キューちゃん本当にいろんなタイプの女が好きなんだね。節操なし」

「胸なら私も結構あるんだけどな」


 うーこちゃんのぷんぷん顔にうるうたんの突き刺すようなジト目を受けて、手にした箸を元に戻した。


「節目というか、門出のような日に4人目かあ。うちも浮気しようかな」


 ゴリさんのぶすっとした面持ちにあうあうと取り乱すばかり。

 本気でそうなったら相手が一慎になると宣言している彼女の言葉は、冗談などではない。

 コーメー君という恐ろしいハンサム野郎がうるうたんに心を残していると告げているのも危険な状況だ。

 一気に食欲がなくなって青ざめていくのを自覚した。


「さっきの河川敷で、抱かれるようにしてあの子と密着していたのを私は知っている」

「え」


 ついに食器のこすれあう音もなくなった。完全なる沈黙がおりた。


「つい先日のことだ。いたたまれなくなって外に出たときに発見した」

「……」

「私も浮気していいということか?」

「ダメです」


 即答の拒否に、うーこちゃんが鼻を鳴らした。

 他のふたりも何言ってんだという白け顔だ。


「どこまで変態したん?」


 飲んでいたお茶を吹いた。隣のゴリさんの問いかけに、逆隣のうーこちゃんも正面のうるうたんも凝視してこちらを睨んでいる。

 花子とは友達だからそんなものはないと断言したが、当然のように信じてもらえない。

 あまつさえから揚げを質に問い詰められてスキニーパンツ姿の彼女のお尻を見まくったと暴露したのは、花子自身から語られるよりベターな選択だと確信したからだ。

 自業自得だとしても、色魔の懺悔は早いほうが被害も少ない。


「ふーん。友達なのにまじまじとアレを観察したわけだ」

「度し難いな。なら私だって友達の高明に見せてもいいということになる」


 うーこちゃんの述懐に目ざとく乗っかってきたうるうたんの当てこすりで、さらに血の気が引いた。


「うちも中立くんにならいいん?」

「よかありません!」


 うぬぬ、と歯を食いしばりながら抗弁したが、即効お前が言うなとの反撃を食らって沈黙した。

 うるうたんはサドで間違いないとして、ゴリさんやうーこちゃんまでその気があるとは思わなかった。

 追い詰めるそれぞれの表情は生き生きとして、もはや怒っているというより楽しんでいる状況になっている。

 目の前にから揚げをちらつかせて食べるメイドさんたちは、俺にとって小悪魔というより悪魔そのものだ。


「日頃から他の女を相手にしない君が目をつけた、それだけであの子はいい女だということが私にもわかる」

「あたしも」

「うちだってね」

「いや、友達……」


 信用のない男の言葉はむなしく聞き流されていく。

 それとともに食卓のおかずか目減りしていく。

 半泣きになる俺を窺って、顔を見合わせ楽しそうに含み笑いをする可愛いメイド悪魔たち。

 それにしても門出というにはあまりにも残念な事態になっている。

 もっとこう、桃色空間の甘々な時間を期待していたのだが、予想外の花子の登場で目論見は壊滅状態だ。空腹と焦燥で悶々としていると、目の前のうるうたんがサドっ気満々で胸の谷間を見せ付けるように身を乗り出してきた。

 どエロにも程がある造形に体勢だが、本人はうすら笑いを浮かべて別の意味で楽しそうだ。


「残念だな。君が浮気心を振りまいたりしなければ、えっちなメイドの肉林接待を受けられたというのに」

「えっ」


 口が半開きになったとき、うーこちゃんが俺の膝の上に座り込もうと立ち上がった。

 するとゴリさんが頃合を計っていたのか、造形美を見せ付けるようにして一足先に腰を下ろしてくる。定位置の奪い合いだ。

 あーっ、という小さい子の不機嫌な声が室内に響く。

 うるうたんのけたけた笑いがそれにかぶさる。

 やはり俺は彼女たちのおもちゃでしかないようで、心地いいゴリさんの造形美をナニの上に感じて半分昇天した。


「私たちは自分のものだと外道を口走っておいて、さらに他の女を作っていたのは許しがたいと思わないか」

「許せないね!」

「八べえのウワキもの!」


 言い訳は無用。すいません、と力なく俯いた俺の額にゴリさんの唇が触れた。

 頬にもうーこちゃんのちゅっちゅの感触がする。


「まあいいさ。九介が余所見をしても私はもう迷わないし、尻軽な行為はしないから」


 うるうたんが声のトーンを落として真剣なまなざしを向けてくるものの、その姿勢と見せ付ける胸元で破廉恥全開だ。台詞の内容が頭に入ってこない。

 つまりはそれを見越して判っていてやっているのだろう。


「うちはどうだろ。八べえを懲らしめる必要あるから、ちょっと浮気しようかな」

「五里さんどんどん大胆になるよね」


 うるうたんの谷間に釘付けになっていると、ゴリさんが俺を窺うように横座りをしてにこにこ額を合わせてきた。いつもの場所を取られたうーこちゃんが少し拗ねながら背中に覆いかぶさってくる。


「だけど節操のない変態にはオシオキが必要だ。当分えっちは封印にしよう」

「ああ、そうよね」

「そうしよっか」


 メイド一号の提案に、二号三号が間髪いれず乗っかってくる。

 紆余曲折を経て彼女らしき立場になったと思えばこの扱い。

 やはり運命というか宿命というか、どうしてもド変態の完遂は先延ばしになりそうだ。

 うるうたんの浮気しない発言に安心し、ゴリさんの浮気しようかなとの軽口にやきもきする。ブレのないうーこちゃんを頼もしく思いつつ、不完全燃焼のままその日は健全に過ごして解散になった。

 可愛いメイドさん3人の賑やかな声や姿をいつものように見られた、ということの幸せは変態を差し引いても大切なものだ。

 怒涛のような出来事を経たのだから、ゆっくりした日常に戻るのも悪くはない。

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