お話1 おひさま
「で、彼女のどういうとこが美人なの?」
雨ヶ崎東高校入学二ヶ月余り。連続玉砕記録を更新中及び絶賛黄昏中の背中越しに失礼な声を聞いたが、スルーする。駄洒落ではないけして。
「聞いてるかー? 昼休みにはまだ時間あるぞ、授業中だ起きろ」
授業中の私語も厳禁。
後ろ首にペンでつつくんじゃない。芯が刺さって地味に痛い。
起き上がりに抗議しようとしたら頭上から別の痛みが。
「八方、中立、2人とも特別に私から宿題を出しておこう。遠慮するな期限は明日だ」
にぶい音がしたのは多分教科書の角のせいだろう。
顔だけ笑う先生の怖い目から逃れるように面を伏せた。
昼休み。頭に鈍痛を抱えながら中庭にてパンをむさぼっていると、学食がある校舎からその元凶が颯爽と姿を現してこっちに向かって来た。
紺色ブレザーに緑チェックのスカート、という制服が最もよく似合う美人が隣にいるのはいつものことだ。
男の制服も同じでスラックスが緑チェックと垢抜けない仕様になっている。
「八方九介、すまなかった。一慎が迷惑をかけたようだな」
風で長い黒髪がゆれた。
切れ長の目がふと垂れ下がった渾身の笑顔を見るのは何度目だろう。
「ようやく慣れてきたようで何よりだ。この子はなぜか九介にだけはフルネームで呼ぶからな」
「彼は私達2人の縁結び、特別扱いしても問題ない」
多聞うるう。
悪友である中立一慎の彼女にして以前の玉砕相手だ。
二年生なので悪友にとっては年上の彼女ということになる。
口の中のパンがなくなったところで、ようやく口を開いた。
レディの前では行儀よく。
「まあこちらもうるうたんとか気持ち悪い呼び名を許してもらってる時点で十分特別扱いなんでウェルカムですよ、どんな呼び名でも」
「気持ち悪いのにも慣れたぞ私も。君の懐の深さを見習っている」
腰に手を当ててふんぞり返っている姿が実にかわいらしい!
U.K.スタイリッシュな髪型で爽やかな男前の一慎とは似合いすぎてまったく違和感がない。
自己紹介しておくと自分は中肉中背、まったく特徴のないベリーショートで顔はなんとかトオルさんの若いころに似てると親戚のおっさんから言われたことがある。
いまいち要領を得なかったが。
「さっきの質問の続きだ、そのうーこちゃんとやらのどこが美人だって?」
「……やけに食いつくな。美人てゆうのは顔だけじゃない、仕草とか声とか総合して判断すると」
「うーこ……明春卯子か演劇部の」
うるうたんはさすがに生徒会の一員だけあって、すでに姓名と顔は見知っているようだ。座っている俺へ目線を合あわせるようにして屈み、にっと笑う。
「なかなかいい趣味をしてるじゃないか八方九介。脈がまったくないとはいえ、彼女はよく笑いよく喋る明るく元気な学年の人気者だろう」
「解説ご苦労様です。その間にばっさりと斬らないでいただけませんかねえ」
コーヒー牛乳を飲んで話を繋げようとしたとき、すぐ後ろの校舎2階窓から声が降ってきた。
自分の名を呼んでいる明るく元気な女の子の声。
振り向かないでもわかったが、当然振り向いた。
「キューちゃんおひさまー! 放課後迎えに来るからね逃げるなよー?」
「おひさまー、武士に二言はないぜうーこちゃん」
「武士?!」
「死ぬことと見つけたり、また玉砕か」
同時に美男美女のツッコミらしきものが聞こえたが気にしない。
おひさまー、というのはうーこちゃんが好んで使う挨拶で「おはよう」「こんばんは」のお昼用らしい。
遠ざかる彼女に手を振りかえしながらすっかり散り去った桜の木を見上げていると、いつの間にかうるうたんが隣に座っていた。
好奇心に満ち溢れた目になっている。
「なるほどあれが次の玉砕予定のうーこちゃんか。たしかに明るくて元気ないい子じゃないか」
「無理して笑いを堪えんでもいいぞ一慎、それとな――」
「短い髪に小さい背、かわいらしい小動物みたいで実に女の子らしいな。私とは正反対だが、君の好みというのはわかる気がするよ」
ふふっ、と笑ったうるうたんを見返した。少し真顔になっている。
なんというか、表情がないといったらいいのか。反応に困って話題を戻した。
「それとな一慎、玉砕予定じゃない。その後だ。すでに振られたあとなんだよ」
卯子のうーこ読みは当て字です。




