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第八話 忘却と真実と強い弱さ。

 まだ幼かったあの日。

 まだ両親と田舎で暮していたあの日。

 まだりっくんや蘭と遊んでいたあの日。

 俺はあの光景を目の当たりにした。


 グランドイマジンズバトル……GIB幻想世界統一格闘大会。

 制覇者クリヤマスター。あらゆる幻想世界から、その世界を制覇した者達が集う格闘大会。

 巨大なドームの中、観客達に囲まれて彼らは闘っていた。

 世界を救ったヒーロー達が、己のプライドとその世界で培った力を全力で出し合う場所。

 勝者には富と名声が約束された。

 ある者は、極限まで鍛えた肉体を武器に腕を振るい。

 ある者は、豊富な魔法力を武器に呪文を唱え。

 ある者は、母なる大地からの愛を武器に大地を揺るがし。

 ある者は、天空の加護を武器に得た翼を広げ空を駆け巡った。


 子供の頃に見た光景、闘う者達の姿は美しかった。

 何時の間にか、何時かあの場所に立つことが夢になっていた。

 けど……あの日からその価値観は変わってしまった。

 勝者の事しか考えなかった。あの日絶望を知るまで、敗者の事など考えもしなかった。

 戦いに負けた者に送られるのは、絶望唯一つ。

 それまで鍛えた己の武器を全て奪われ、幻想世界で得た富も名声も砕け散る。

 その世界で生きる事を決めた者達、それが制覇者。敗者は二度とその世界には戻れない。

 絶対的な力を得た者が、現実世界で生きていけるケースはゼロに近かった。

 腕力を奪われた者は己の非力さに絶望し。

 魔力を奪われた者は世界の全てが虚無のように感じ。

 母なる大地の愛を失った者は愛を感じなくなり。

 天空の加護を失った者は折れた翼と共に、自由を空へと置き去りにして堕ちた。

 

 その事実を目の当たりにして、俺は二度と大会が開かれるあの世界へ行かなくなった。


 俺は夢を……捨てたんだ。


『エターナル制覇者。イオ=アーストラヴァ様の戦闘意思を受諾しました。フィールド内にいる選手は五秒以内にアバターを起動してください』


 スピーカーから放たれたような、フィールドに響く声を聞いて現実へと引き戻される。

 夢ではない。目の前にいる葵さんは剣の先端を向けている。


(残り五秒!? 早くアバターを起動しないと二人とも出られなくなる!)


 頭上に浮かんでいた数字を見て、慌ててアバターを起動起動する。

 足元から蒼白い光のベールに包まれ。何時もの剣道着姿へと変わる。


『異国の剣士、記録参照終了。制覇者記録に該当データ無し、挑戦者チャレンジャーと判断。レベルは挑戦者に合わせて減少します』


 腰の竹刀を抜き、先端を葵さんに向けて声を上げる。


「どういうことですか葵さん! どうして葵さんがエターナルの! 説明してください!」

「15レベル……でもその武器はマスタークラスのようね」

 足元から起った赤い光により、葵さんの頭にレベル数値が一瞬表示され、15と表記されて消える。


「葵さん!」

「何をしているの? バトルはもう始まってるのよ? それに、この姿のわたしはイオ……よ!」

「くっ! 話しもさせてもらえないのか!」


 葵さんは翼を一度だけ羽ばたかせ、一瞬で空高くへと飛んだ。

 そして、空中でピタリと停止し、盾に体を隠しながら、頭から突撃してくるのが見える。

 それを見て、呼吸を整え、腕を下げ剣先を体の右側後方へ、剣道で言うところの脇構えの状態で走り出す。


「ルーズ・ド・ライトニング!」

「御船流! 真っっ空っっっ! 燕返し!」


 ガキィィィィィィィン……ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 刹那、空から振り下ろされた剣と、地面から切り上げられた竹刀が交差した。

 剣と竹刀の間に起きた激しい金属音と、巨大な風船が破裂したかのような衝撃波が、辺りを巻き込んで吹き荒れる。

 翼に風を受けた葵さんはその風圧で空高く後ろへ飛ばされ、俺は地面を滑るように後ろへ後退する。

 

「く、っそ……腕、痺れて何秒か動かないぞ、これ。流石に現実をリアルに再現する混沌の領域……幻想世界での戦いとは訳が違う、な」

「流石ねいっくん! 勝負を避けられない判断して、戦う者の顔になったのは褒めてあげる!」

「なったのは。てことは、駄目出しもあると見て間違いないですね?」

「もちろんよ! 真空燕返し、二の太刀はどうしたのかしら!」


 再び盾に体を隠して、葵さんが頭からまっすぐ空から向かってくるのが見える。

 真空燕返しは、相手の武器と竹刀の接触を利用して風を起こし、一瞬相手を行動不能にする力がある。

 あの打ち合いで分かった。制覇者の葵さんでも、一瞬だけ動きが止まった。

 葵さんが同レベルに制限されていなければ、そんな事は起きなかっただろうが、今は条件は同じだ。

 再び走り出し、葵さんと交差する。


「ルーズ・ド・ライトニング!」

「御船流! 真っっ空っっっ! 燕返し!」


ガキィィィィィィィン……ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオ!


(ここだ!)


 風により一瞬動きを止めた葵さんに、切り上げた竹刀を反して打ち下ろす。狙うは鎧に守られていない剥き出しの右肩口。

 葵さんの白銀の鎧は海で見たビキニにのようなタイプのライトアーマ。軽量で動きやすいが、その分、肌の露出も多い。肌の部分に当たれば確実にダメージは取れる。


「自分のホーム以外の初めてのバトルで鎧の弱点を見抜く……流石ね」

「これでも、昔は結構研究してましたからね! 実戦はこれが初めてですけど!」


 剣を振り下ろした体勢のまま評価する葵さんの右肩口に、竹刀の先端が吸い込まれる。


 キィン!


「なっ!? しまった! くっ!」


 もう少しで竹刀が葵さんの体に当たる瞬間。

 一度は後ろに引かれ、こちらに向けた状態のままだった葵さんの盾の文字が輝いた。

 全身があの光は拙いと危険信号を発している。反射的に攻撃を中断し、竹刀を構えて防御姿勢を取る。


「ルーズ・ド・ライトニング……ボルトは遅れて発動する」

「ぐあぁああああああああ!!!!!」


 盾の文字から放たれた無数の雷撃に体中を射抜かれて、俺は背中で地面を削りながら吹き飛ばされた。体中を電撃が駆け巡り、意識が一瞬飛びかける。


「二の太刀はどうしたのかしら」

(ああ……そうか)


 あの言葉に見事に誘われたのだ。あの言葉で二の太刀を打つ選択し以外を制限された。

 打たないの? 分かったじゃあ打つよ。これである。

 馬鹿正直に何をしているのかと自分を殴りたい。


「つまらない、つまらないわいっくん。手加減されても嬉しくないわ」

「それは……すいません」


 葵さんはふわりと地面に立つよう爪先を空中に下ろし、仰向けに倒れる俺を見下ろす。

 見透かされている。本気で攻撃したのではないと見透かされているのだ。

 何が来るのかは状況を見れば判断できる。一番遠いはずの盾、光る文字、飛び道具系の攻撃。

 竹刀で防御するよりも、そのまま肩口を斬り、両者ダメージを負うのが打倒である。


(ああ、よかった。葵さんを傷つけなくて済む)


 しかし、あの瞬間そう思ってしまった。

 頭上に浮かぶ生命力のゲージを見ると、もう八割を切っている。


「ゲホッ……俺の、負けです。八割超えた状態での攻撃はルール違反ですよね? もし、それ以上攻撃すれば……葵さんは永遠にここから――」

「何を言っているの? このバトルの勝敗はどちらかの死亡によって決着するのよ」

「何を……馬鹿なっ! そんなルール認められないはずだ!」

「認められるわよ。このフィールドの支配者はわたしだもの……さあ、これを受け取って」

「これは……?」


 投げ渡された何かを、上半身だけ体を起こして右手で掴む。

 それは右手の掌に収まるサイズの小瓶だった。中には液体が入っているようだ。


「エターナルに存在した回復薬よ。飲めばライフ、いっくんは生命力ね。それが全快するわ」

「最初からバトルをやり直す……そういうことですか?」

「察しがいいわね。流石はいっくん」

「何故こんな事をするんですか! エターナル制覇者の葵さんが、どうしてこんな真似を!」

「その質問に答えなければ、それを飲まない気なのかしら?」

「ええ! そうです!」


 小瓶を持ったまま声を上げる。

 葵さんは全力の俺と戦いたがっている。ライフを回復しなければ襲ってくる事はない。


「飲まないならそれでいいわ、死になさい。レベルファイブ、ファイヤーソード」

「なっ――ッ! くそ! 本気ですか!」


 剣の文字が光り輝き、赤い炎を纏わせる。


(この距離で剣を空に向けて振り上げる動作、また飛び道具系の攻撃か!)


 本気の攻撃だと判断し、瓶の蓋を開け、一気にそれを飲み干す。

 

「マスター・ド・ハリケーン!」

「ぷはっ! うぉおおおおおおおお! 御船流! 土怒壁どどへき!」


 小瓶を後ろ手に放り投げ、竹刀を地面に突き刺す。

 すると、畳返しのように正方形に盛り上がった地面が、飛んで来た炎の渦を防ぐ。


「それでも、火傷は免れないか……」

「火傷だけで済むのはすごいわね! でも何時まで防げるのかしら!」

(やらなくちゃ……いけないんだな)


 体中が火傷で悲鳴を上げている。

 再び剣を振り上げる葵さんを見て、もう止める方法は闘うしかないのだと、瞳を閉じて覚悟を決める。


(何も考えないで試合してみると良いかも)


 何時か、葵さんは練習試合の後でそんな事を話していた。

 何も考えない。相手を見ない。もう誰と戦っているかも忘れて……。

 忘れて……忘れて……忘れて……。

 思う度に葵さんの姿は記憶から消えていく、その存在が段々と薄くなる。

 世界は真っ白になり、瞳を開ける。

 瞳に映ったそれは、翼の生えたただの敵である。


「敵をただ……まっすぐに斬る!」

「い、いっくん? やっと本気になっ――え……?」


 敵が初めて嬉しそうに顔を緩めた瞬間、もうそこに俺は居なかった。


「わたしの……翼?」


 敵は何時の間にか後ろに居た俺の左手を見て、顔を右に向ける。

 そこには翼の変わりに、切断された傷から噴出す血の翼が出来ていた。

 左手の中にある翼を握り締めて敵を見る。その体はもう右側にぐらりと倒れる瞬間だった。

 翼をもがれた鳥は地上に堕ちるだけである。


 ビーーーー…………。

 戦闘終了のブザーが鳴り響く。


『エターナル制覇者。イオ=アーストラヴァの死亡を確認。勝者、挑戦者異国の剣士!』

 

 地面に咲いた赤い花の中心で、敵はもう動かない。


○●○●○


 キィン……。


 握り締めた天使の翼が、左手から光の粒子となって弾け飛んだ。


「う、……ぐぇ……うっ」


 地面に蹲り吐いた。

 もう見る影もなく潰れたそれを見て吐いた。

 あれは敵だと自分に言い聞かせる。


(デートしましょう)違う敵だ。

(ふぇぇぇん! いっくんが怒ったー!)違う敵だ。

(背中にオイルを塗ってくれるかしら~?)違う敵だ。

(まだまだ甘いわねいっくん)違う敵だ。

(わたし、葵よ。君は新入部員かしら? 今日からよろしくね~)


 違う……敵じゃない……。あれは。


「葵さん……ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――」

「はぁい。葵さんですよ~」

「ア?」

「あ?」

「あ……葵さん? 葵さん! ぶほっ!」


 目の前に現れた葵さんを見て飛びついた。やはりあれは敵だった。違ったのだ。

 しかし、両腕は葵さんを捕らえる事はなく、俺はそのまま顔面から地面に倒れこんだ。

 葵さんの体をすり抜けたのだ。 


「ごめんなさい。いっくん。このわたしは立体映像なのよ。言葉も行動もプログラムされた物なの、このフィールドが消えれば消滅するわ」

「そんな……じゃあ、じゃあやっぱり葵さんは、あれなのか……?」

「わぁ……ついさっきまでの記憶データは来てたから覚悟してたけど酷いわね~」


 葵さんは変わり果てた姿の自分をしゃがみこんで突っつく。。

 彼女が立体映像、プログラムによって喋っているとは到底思えなかった。

 しかし、透けている葵さんの体のその先に、変わり果てた葵さんの姿が見える。

 その変わらない事実に、自然と涙が溢れ出してきた。


「……なんで、ですか? なんでこんな! お、俺が葵さんを、ころ……」

「泣かないでいっくん。落ち着いて、もう時間がないの、わたしの話を聞いて」


 再び狂乱しそうになった瞬間、人差し指で唇を押さえられた。

 立体映像。触れられていないはずなのに、喋る事が出来ない。

 暫くして落ち着いて、もう大丈夫だと頷く。葵さんはにっこりと笑って指を離してくれた。


「世界に異変が起きたあの日、わたしは怪物達と戦っていた。世界が消滅する最後の瞬間までね……」


 葵さんは思い出すように話し始める。


「あの世界が平和だったのは、わたしがあの世界の脅威を全て排除したから、それはわかるわね?」

「はい……制覇者が平和にした敵の存在しない世界。でも、あの世界に居たと言われる伝説の勇者……イオ=アーストラヴァは……」

「何千年も前の人物?」


 その言葉に頷く。そして気がついた。

 葵さんはよく、若い子はいいと口癖を言っていた。


「失礼ですけど……本当の年齢は?」

「え~と……あら、何億だったかしら……」

「聞かなかった事にします!」

「おばあちゃんとのキスは嫌だったかしら?」

「まさか! あれは最高でした!」

「ふふっ……。わたしは、不老不死だったのよ。制覇者となった後は、天上界とよばれる場所に住んでいた。簡単に言えば世界を見守る女神様だったの」


 天使か女神の予想は外れていたようだ。彼女は天使で女神だったのある。

 

「葵さんは現実世界の人間……ですよね?」

「もちろんそうよ。制覇者になれるのは現実世界の人間だけだもの」


 葵さんはそう言うと、にっこり笑いながら、続けた。


「やっぱり覚えてないのねいっくん。わたし達はあの日、あの世界で出会っていたのよ」

「会っていた……? 俺と、葵さんが……?」

「あの日わたしは……」

 

 葵さんは驚愕している俺を見て、再び話し始めた。


 何百匹という数の怪物を叩き伏せた。

 しかし、怪物達は絶えることなく、世界を飲み込み、破壊していた。

 一人、また一人と犠牲者が増える中で、二人の少年と少女を見つけた。

 襲い来る怪物達から必死で逃げる二人を見て、怪物の攻撃から二人を護った。

 二人は泣きながら誰かの名前を呼んでいた。

 少年と少女は必死に友達を助けほしいと頼んできた。

 しかし、少年が指差す場所に居るはずのその友達は、怪物達の群れに押しつぶされてもう見る影も無かった。

 目を伏せて首を振ると、少年に変化が起きた。

 背筋が凍るような殺気と雄叫び。少年のレベルはこの世界の最高値を示していた。

 少年の雄叫びと共に、周りに居た怪物達は一瞬で消滅していた。

 驚きの中で確信した。この少年は、わたしと同じチートかバグなのだと……。


 現実世界が幻想世界を認識していない遥か昔、わたしは現実に絶望し自殺した。

 そして、この世界に転生したのだ。

 転生する前、女神と呼ばれる存在に最高の力を授かった。

 わたし達のような存在は、世界のルールを曲げるチートと呼ばれた。

 そしてバグは、誰に与えられる事も無く、ふとしたきっかけで世界のルールから外れる存在。

 世界のルールを曲げるのではなく、まったく違う自分のルールを創り、世界に押し付ける。

 だとすれば、この少年はバグなのだと判断した。


 ラグナロクは災害の一種である。幻想世界のどこでも起りうる、防ぐ事の不可能な災害。

 しかしそれは、その世界のルール以上には力を発揮しないのだ。

 倒した数の倍の怪物達が次々と世界にあふれ出し、その数の暴力は最強の力を飲み込んだ。

 例え焼き払っても、無数に分裂した怪物達は消滅することもなく、分裂したところから体を大きく再生させた。

 消滅不可能のルールを、少年は破って見せたのだ。

 刹那、まぶしい閃光が世界を駆け巡った。

 異分子の発生と、怪物を失った世界は虐殺を止め、そのまま瞬時の消滅を選択したのだ。


「……ここは?」


 気がつくと、わたしは自分の屋に居た。そして涙を流した。

 チートにより授かった能力の中に、万が一存在が消えてしまうような事態が起きた時、わたしは現実世界へ強制的に戻る力を授かっていた。

 これが誰の名前なのかも、体なのかもわからない。しかし、わたしは確実に現実の世界で育った記憶を持っていた。

 世界を見捨てるような保健を掛けておいたことに、激しく後悔した。

 あの世界を愛していた。最大の敵を倒し、女神にまでなって平和を見守ってきた。

 人間だった頃には分からなかった誰かを愛する気持ち。

 現実を放棄してまで手に入れたものが、全部なくなってしまった。


「死のう」


 机の中からカッターを取り出し、喉笛を突いた。

 しかし、カッターの刃は喉を切り裂くこともなく、砕け散った。

 幻想世界のルールは現実世界に適用されない。

 現実にあり得ない物は幻想世界から持ち込めない。現実から持ち込む事は可能でも、変化した物を持ち帰ることも出来ない。

 死ねない原因は直ぐに分かった。わたしは魂に呪いを掛けていたのだ。

 物は持ち込めなくても、現実世界に起りうるルールで身を守る事は可能である。

 カッターの刃が砕けたのは、不良品だったから。

 車に撥ねられないのは、運良くタイヤがパンクして方向がずれたから。

 高層ビルの屋上からから飛び降りても、地面に叩きつけられないのは、窓を清掃していた清掃員が使う足場の上に、偶然落ちるから。


 死ねない体を。

 何も考えずに願ったあの一言が、わたしに永遠の罰を与えた。

 恐らくわたしは、このまま自然死すらも、なんらかの偶然で防がれてしまうのだ。


「やったぞ蘭! 俺達二人とも合格だ!」

「やったねいっくん! これで高校三年間同じだよ!」


 新入生を迎える入学式の前、生徒会の仕事で学校に来ていたわたしは、その声を聞いた。

 あの時の二人だと、一目見て分かった。


「やっと……見つけた……わたしの死に場所」


 自然と何年ぶりかの笑みがこぼれた。

 バグならば、チートであるわたしを殺せる。

  

○●○●○


「そんな……俺に、そんな力が……」

「冷静に考えて、遥か上の段位である二人を殺せると思う? 自分のすることを変だと思えない、それもバグの特徴なの」

「どうしてそのことを……?」

「言ったでしょ~? わたしの右手は記憶を読み取るの! 現実世界で在りえる超能力よ~、そんなこと有り得ないという人も居るけど、実際わたしはその力を持っているの」


 葵さんは凄いでしょうと右手を上げてクルクル回転する。

 何時ものわほわほした表情……しかし、彼女の体はもう薄れている。


「だからね、いっくん。泣かないで、わたしはこうなる事を望んだのよ。黙っていてごめんなさい。理由を話したら、絶対に殺してくれないと思ったの、いっくんは優しすぎるから」

「葵さん……」


 その話を聞いて、俺が取る行動は一つしかなかった。


「ふざけないでください……」

「い、いっくん? 何を……だ、駄目! お願いだから止めて!」


 変わり果てた姿の葵さんの前に立つ俺を見て、立体映像である葵さんは明らかに動揺した。

 幻想世界のルールを無視して、自分のルールを押し付けることが出来るのならば、こういうことも出来るはずだ。

 俺は足元に転がっていた、葵さんに貰った回復薬の入った小瓶を拾い上げた。

 中身はまだ少しだけ残っている。これだけあれば救うには十分だ。


「お願い止めて! どうして? わたしは死にたいの、死なせて! あの世界を護れなかったのよ! わたしに力があればいっくんの友達も死ななかった! わたしを憎んでよ!」


 そこで、立体映像である葵さんはフリーズした。

 この先の事は考えられなかったのだろう。自分はこのまま死ぬと思っている。

 気持ちは分かる。痛いほどに分かる。全てを失って死にたくなるほどの絶望を、彼女はたった一人で耐えて来たのだろう。

 りっくんを失って俺もそうなった。だか、俺には支えてくれる蘭が居た。

 人間はどんな絶望からも這い上がる力を持っている。 

 支えてくれる人が居なかった。たったそれだけのことで命を投げ出してしまう。人間は弱い。

 しかし、だからと言って……。


「助けられる命を見捨てることなんか出来るか! 俺は聖人じゃない! 消えた命を前にして、素直に冥福を祈ることなんて出来やしない、最高に心の弱い人間なんだよ!」


 力を込め、念じる。

 手にしているこの回復薬が、一滴で死者を蘇らせる聖なる水だと、強く強く強く強く念じる。

 フィールドにある全ての光が右手に集まってくる。光は小瓶の中にある僅かに残った水に吸収されていく。

 光る地面も、星空のような空も、その一点へと渦を巻くように吸い込まれ、凝縮されて行く。

 やがて光の渦は納まり、手に瓶には蒼白く光る水が残された。

 暗闇の中で、手の中でぼんやりと光る小瓶を傾けながら、葵さんに話しかける。


「葵さんが話せない今の内に、この先の事を謝っておきます。命を助けてごめんなさい。寝起きに殴ってごめんなさい。泣かせてごめんなさい。抱きしめてごめんなさい。キスしてごめんなさい。そして……」


 一生護ると誓ってごめんなさい。

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