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第六話 葛藤と誘い。

 請負屋。

 それは、この泰平妖怪絵巻において、どんな仕事もこなす一種のなんでも屋の名称である。

 一人の頭目を筆頭に、組織は二人一組の男女のチームを作り。仕事をこなしていく。

 仕事の内容は数あるが、人間と妖怪が争うこの世界において、殺しは一番の稼ぎ所であり、請負屋は人間のみならず、妖怪からの依頼すらこなす無法者達の集団なのだ。


「ハァ、ハァ……ハァ、聞いてない、あんなの聞いてないでありんす」


 ここに一人の請負人の女が居る。

 名前は菓詩かし。背が高い大女であり、何時もは脇に分鎮ぶんちんという相方を引き連れている。

 彼女の手にあるのは巨大な刀身を持った鎖鎌である。本来なら鎖の先端についている、相方である分鎮の姿はない。

 その代わりに、着物のスリットから覗くスラリと伸びた脚には、彼の血がべっとりと付着している。

 刀身は中程から折れ、鎖も切られた武器を握り締めたまま、彼女はトコシエ村の民家の屋根から屋根へと、軽い身のこなしで飛び移り、必死で逃げている最中である。


「ニゲルナァアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーー!」

「ひ、ひぃいい!」


 途端に後ろから聞こえてきた声に、菓詩は自然と恐怖の悲鳴を上げた。

 追って来ているのは、彼女にとって恐ろしい怪物である。

 分鎮の小さな体を鎖ごと真っ二つにしたその怪物は、手にしていた相棒だった者の頭を投げた。

 投げられたその頭は必死に逃げる菓詩の背中に命中し、彼女は次の民家の屋根に飛び移ることも叶わず、そのまま地面へと叩き落ちた。

 蛙が轢き潰れるような無様な悲鳴を上げて、菓詩は地面に蹲る。

 目の前には相棒だった分鎮の顔が落ちている。

 菓詩は立ち上がろうとしていたが、それを見て腰を抜かして尻餅をつき、後退りする。


「た、助けて、お願いでありんす。い、命だけは……」


 しかし、その後退りは背中にぶつかった感触によって中断され、ぶつかった何かを見上げ、菓詩は必死で声を振り絞った。

 そこに居たのは復讐の鬼と化した怪物である。穏やかな顔立ちは見る影もなく、怒りにより噛み締めた歯はギリギリ音を立て、歯茎は剥き出しになり、鼻筋は潰れ、目は釣りあがった頬の肉で見えない。

 命乞いも虚しく、菓詩は鬼が手にする武器を振り上げるのを見て、ただ恐怖して涙を流すばかりである。

 表向きは人間の中に紛れ込んでいる妖怪の手伝い、裏は妖怪の見張りと監視。

 そして裏切りの兆候があればその抹殺。

 簡単な仕事であるはずだった。このトコシエ村において気をつけるのは、蘭という人間ただ一人。

 連絡を受け、本来ならその場で妖怪に手を貸し、男に不意打ちを仕掛ける手筈だった。

 しかし、急な正体の露見と、裏切り。仕事をこなすべく、まず一番近くに居た裏切り者を殺した。

 それが全ての間違いだったと、菓詩は自分の胸の間へゆっくり入ってくる竹刀を見て絶望する。

 たかが十五段の雑魚であると高を括っていた。この武器がまさか破壊不能レベルまで鍛えこまれているなど思いもしなかった。

 全ては自分達の力を過信して油断した結果、最初に殺すべきはこの男の方だったのだ。

 菓詩は心の中で後悔しながら、ゆっくりと心臓を貫かれ、やがて絶命した。


●○●○●


 ピンポ~ン。


 ベットの中で玄関のチャイムが鳴る音を聞く。

 来たのは恐らく幼馴染だろうと、勝手に決め付けて再び瞳を閉じる。


(ごめん蘭……まだ、出られない)


 惨劇の夜からもう何日経ったのか数えていない。

 あの夜、錯乱した俺はあの女を甚振るように殺した。

 手を握ると、まだあの殺した時の感触が残っている。

 殺した先は憶えていない。蘭の話では、止められるまで亡骸を踏み荒らしていたようだ。

 初めて人を殺した。正当防衛ではあったが、妖怪を殺すのとは訳が違った。

 考える。俺は何者になってしまったのだろうか。

 あの時、あの二人がりっくんを殺した怪物に見えた。だから簡単に命を奪った。

 

(何も感じない……キッツの仇を打った。だけど悲しみは晴れない。相手が人間だったから? もし怪物だったら?)


 ベットの中で何度考えても答えは分からない。

 キッツは死んだ。殺した相手も死んだ。俺が殺した。

 あるのはその事実と、自分が世界から何もない空間に放り出されたような空虚感。


(もう少し寝よう……)


 現実を放棄するべく。再び意識を手放そうとシーツに潜り込んだ。


「空中ニードロップキ~~~クッ!」

「へ……? ほぐぁっ!?」


 聞き覚えのあるほわほわした声に起き上がろうとした瞬間、その体重の全てを乗せた膝蹴りが鳩尾へと直撃した。

 驚きと衝撃で思考が停止しさせられ、ベットから転げ落ちて暫く咳き込んだ後、ベットを見返す。


「あら~あら~、随分とやつれたわね~いっくん」

「あ、葵……さん? な、なんで俺の部屋に?」

「ふふふ~、マンションの入り口にこうやって~、ベタ~と大の字に張り付いて幻想世界に飛んで戻ってきたの、そうすると壁をすり抜けられるのよ、凄いでしょう」

「それは、凄いですね……」


 自慢げな葵さんを見て、一気に眠気が吹き飛ぶ。そして顔がカァ~と熱くなるのを感じる。

 ここは俺の住むマンションの701号室の俺の寝るベットの置いてある俺の部屋である。

 寝る為にしか使わない殺風景な、俺という男の部屋の、そのベットの上に、ほわほわした表情の女である葵さんが、私服姿で正座している。

 藍色のワンピースが良く似合っている。何時も味気ない黒輪ゴムで大きく結っている髪には、大きな白いリボン。

 飛び膝蹴りをした反動だろうか、ワンピースの肩紐が外れてしまっている。 


「あ、葵さん? 俺の住所とか知ってました?」

「蘭ちゃんに教えてもらったのよ~、いっくんが学校に来ないから心配だったの」

「それはその……」

「ん~」

「え? あ、葵さん?」


 再びあの惨劇を思い出してうつむくと、まるで猫が近寄るかのように、四つん這いになって這うようにベットから降り、葵さんは顔を覗き込んできた。

 葵さんは熱でも測るかのように右手で額に触れた。

 顔が近い。気恥ずかしさで体温が上がっていたのか、ひんやりとした冷たい感触に冷静さを取り戻す。


「人を殺したのねいっくん」

「――ッ! な、んで?」

「ふふふ~この右手は触れた相手の思考を読み取るのよ~」

「真面目に答えてください!」

「ふ」

「ふ?」


 つい大声を出してしまった事を、後悔する事になる。


「ふぇぇぇぇん! いっくんが怒ったぁ!」

「え゛!? あ、葵さん!?」


 絵に描いたような大泣きである。

 葵さんは泣きながら寝室のドアを開けると、飛び出して行った。


「なんて事をしてしまったんだ……! 心配で不法侵入までして様子を見に来てくれたのに! 俺って奴は! 葵さん!」


 急いで後を追う。テレビのあるリビングにはその姿はない、玄関を見ると靴はあるようだ。

 外でないとなると、もうキッチンしか行く場所はない。


(キッチン……まさか!)


 最悪の場景が頭に浮かんだ。


「いっくん、いっくんがいけないんだからね、心配してたのに、怒鳴ってわたしを泣かせるいっくんなんか……」

「葵さん! その包丁を置いてください!」

「うふふふふっ、いっくんを殺してわたしも後を追うのよ! ぶっ刺しアタッーク!」


 そうして翌朝、葵さんと二人、キッチンの傍らで変わり果てた姿となり発見されたのである。


「いやいやいやいや! そんな馬鹿な! ……でも葵さんならやりかねない」


 首を左右に振ってその思考を吹き飛ばすが、無いとも言い切れなかった。

 男子の鼻の穴に指を突っ込む人である。何をしてもおかしくはない。

 阿呆な思考を振り切り、システムキッチンがあるダイニングへと入る。

 しかし、葵さんの姿は何所にも見当たらない。

 疑問に思い辺りを見渡していると、


 (ガリガリガリガリガリ、ゴキュゴキュゴキュゴキュ、バリバリバリバリ)


 何やら物を磨り潰すような音が、微かにキッチンの方から聞こえてきた。


 ………ゴクリッ。


 唾を飲み込んで、まさかと思いながら対面式であるキッチンの奥を覗く。

 そこには冷蔵庫を開けた葵さんが座り込んで、野菜やら調理する前のインスタント食品やらを、床に散乱させている光景があった。


「葵さん……? 何をしているのでしょうか?」

「ひっくん? みへほほうり、やけふいをしへるのよ~!」


 何を喋っているのか分からないが、どうやら葵さんは自棄食いの真っ最中のようだ。

 本当に予測不可能な人である。


「ケフッ……あまり美味しくなかったわ~」

「そんな馬鹿な、五日分はあったのに全部だと……! 今月もう金が無いのに……」

「あら~あら~? どうしたのいっくん?」

「色々と驚愕しすぎて脳がフリーズする寸前です」

「再起動が必要かしら~?」

「いえ、俺の再起動のスイッチは鼻の穴の中にはないと思います」

「え!?」

「え!? じゃありませんよ!? 何がしたいんですか葵さん……はぁ」


 人差し指を向けて本気で吃驚している葵さんに、溜息を洩らす。

 そんな事を考えていると、葵さんはポンポンとスカートを両手で払いながら立ち上がった。


「え~と……あ! あったあった~! はい、いっくん」


 葵さんは肩掛けポーチの中を探すと、見つけたそれを手にして、笑いながら差し出してきた。

 思わず手に取ったそれを見て、葵さんの顔を見る。

 記憶が正しいならば、これはイマジンランドへの入場チケットである。

 まさかと思い、チケットと葵さんを交互に見る。

 そうしていると、両手の指を合わせて首を傾けながら、彼女はにっこりと笑う。

 そして、いつものほわほわな表情で、しかし口調ははっきりとして言った。


「いっくん、わたしとデートしましょう」

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