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第四話 剣道部の抱える問題。

 突然だが今は六月である。男女共に八月の剣道全国高校総体。つまりインターハイに出場が決まっている剣道部は、それに向けて合宿地へおもむき、泊り込みで強化合宿を決行する。

 決行する……のだが。


「海だーーーーーーーーーーーーーー! いっっっっえぇぇえええい!」

「お待ちになって蘭様ー! まだ準備体操もしていませんー! 脚が攣ってしまいますわよー!」

「あら~あら~。若いっていいわね~」

「ハーハハハッ! 我が校、最強の女と言えど、まだまだ子供だな。最強の男は当然この俺だがな! ハーハハハッ!」

「どうして合宿が海なのか……突っ込んだら負けな気がする」


 ここは御嬢の祖母、我が校の理事長の所有地。南国のプライベートビーチ。

 蘭まで来ているのは御嬢の計らいである。


「飛行機での移動を差し引いても一週間。その間、剣道部員だけは学校も休校扱い、しかも初日から海で遊ぶ合宿って……」

「そう言えばいっくんは初めてね~。わたしは今年で二回目だから驚きもなくて、若いっていいわね~」

「葵さんは十分若いです。驚かないまでも、剣道の練習しない事に疑問を持ちましょうよ……」

「ハーハハハッ! 青いな! 良く学び良く遊ぶ、それが我が校の第一校則だ。練習ばかりでなく、こうした時間も必要だぞ!」

「主将の話しも分かりますけど、俺は一人でも練習したいです。まだ葵さんから一本もとれないのに遊んでる場合じゃありません、失礼します」


 背を向けて一人、竹刀を手に素振りを開始する。

 砂浜でのランニングも良い脚への負担になるだろう、効果的である。


「こら! いっくん駄目でしょっ! 団体行動よっ!」

「あ、葵さん? しかしですね」


 一回目を振りかぶった瞬間に、手からスルリと竹刀が抜けた。

 葵さんは右手に奪った竹刀を持ち、左手を腰に添えて、プンプンとご立腹の様子である。


「めっ! そんなことじゃ駄目よ! わたしもたまには怒るからね!」

「どうもありがとうございます」

「あら? お礼を言われる事したかしら~?」


 思わずお礼を言ってしまった。

 珍しく怒っていた葵さんも、首を傾げて本調子のほわほわした表情に戻っている。

 これは仕方ないのだ。葵さんは清楚可憐に相応しい白ビキニ姿である。

 当然、出ている所は出ているし、引き締まっているところは引き締まっている。

 普段は防具に隠れているそれを間近に見て、お礼を言わない男子部員は皆無であると言い切れる。

 

『その通りだ。お前は何も間違えていない』


 男子部員全員の想いを受信して、仕方なく稽古を諦めるのであった。

 この後、葵さんの背中にサンオイルを塗ったり、不良先輩のリーゼントが水の中でも崩れないのを見て驚愕したり、男子対女子チームでビーチバレーをしたり、蘭がモーターボートと競争して勝ったりと、高校生らしく青春を満喫していたわけだが……。


 事件は起きた。


「下着が……盗まれた?」

「そうなの……着替えようとして気が付いたら鞄の中から消えていて……」


 流石の葵さんも、小声で気落ちした表情である。下着を盗まれたとあっては当然だ。

 今は昼である。俺を先頭に、砂浜に男子全員が横一列に整列していた。

 葵さんの後ろには、女子が横一列に整列し、男子に向かい合っている。

 ここはプライベートビーチである。引率の先生と部員以外に、外部の人はいない。

 居るとしても別荘にいる管理人の夫婦のみ、つまり犯人はこの中に居るのだ。


「……犯人は絶対男子よね」


 一人の女子が呟いた事で、男子と女子の間にピシッっと亀裂が入ったような空気になる。

 何時もならば、この不穏な空気を笑い飛ばしてくれるであろう不良先輩は、事件を引率の先生が居る別荘に伝えに行っている。

 先ほどまで楽しそうに男子と遊んでいた女子が、怪訝な表情で次々に声を上げる。


「男子って、よく女子のシャワー室の前に居たりするわよね、うわっよく考えたら最悪!」

「そ、それは! 男子のシャワー室への通り道だから!」

「遠回りすればいいじゃない! あ。そこのあんたなんて、練習中何時も女子の方見てるわよね!」

「なっ!? ち、違う! それはあくまで技術を盗もうと……」

「言い訳ならいくらでも思いつくわよねぇ~! うわ~、男子ゴミだわぁ~!」

「ひ、ひでぇ! いくらなんでも言いすぎだろ!」

(これは……もう収まる雰囲気じゃないな……)


 今にも取っ組み合いを始めそうな両者を見て考える。

 女子は男子を下に見ている節がある。その原因は葵さん。

 男子よりも強い女子が居ることで、男子よりも女子の方が立場が上だと思い込んでしまっているのだ。

 練習が終われば、自分達はさっさとシャワーを浴びに行き、道場の掃除は男子がする。

 胴着を洗うのも男子のみである。女子の分までやらされている。

 葵さんはその事実を把握していない、人を疑う事を知らない彼女である。ちゃんとやっていると言われれば、素直に信じてしまうのだ。

 主将である不良先輩が言えば、その場ではしっかりやるのだが、一時的である。

 しかし、俺達は男である。いつまでも誰かの背中に隠れている事は、プライドが許さない。


(なんて、頭の中ではわかってるけど実際はこれなんだよな)

「ほら! さっさと白状しなさいよ! もしかして全員グルなんじゃないの?」

「お、俺達は精神を鍛える部活をしてるんだ! そんな恥知らずじゃない!」

「じゃあ絶対男子の中に犯人が居ないって証明できるのかしら!」

「そ、それは……」


 男子は完全に腰が引けている。普段が普段だけに、何となく女子には頭が上がらないのだ。

 女子の中にも味方をしてくれそうなのが、約二名居るには居るのだが……。

 

「ちょ、ちょっと! いっくんは、犯人じゃないからね! 絶対違うんだからぁー!」

「あわわ、あわわ」

 

 蘭はツインテールをビーンと逆立たせて俺の弁解、御嬢に関しては、巻き髪をみょんみょんさせながら右へ左へ、何をするでもなく走って慌てている。何かの突破口にはなりそうもない。


「困ったわ……どうしたら」


 しかし、女子の中で葵さんだけは、その様子を見て心配そうにしている。

 本来なら下着を盗まれたショックで泣いてしまってもおかしくはないのに……やはり天使、あるいは女神である。


「わたし、来年はインターハイは辞退するつもりなのよ。良い大学に行かないと、お母さんにぶち殺されちゃうのよね~、はぁ~」


 ふと、葵さんが練習中珍しく溜息混じりに話している場面を思い出した。

 今年は葵さんにとって最期の夏だ。優勝を狙っているに決まっている。

 共に切磋琢磨する仲間を疑ったまま練習をしても、実力は絶対に伸びない。

 戦うときは一人でも、そこに行き着くまでには、必ず仲間の助けが必要なのだ。

 このままでは男子と女子の間に亀裂が入る。皆、最高の環境で練習も出来なくなる。

 俺も当然優勝はしたい……が、葵さんにも最高の環境で練習させてあげたい。

 ああ…………もう、あれをやるしかないのか。


「すぅ~……みんなっ! 聞いてくれっ!」


 意を決した渾身の叫びに、言い争っていた部員達の声が止まり、こっちを一斉に見る。

 不思議そうにしている葵さんを見つめ、俺はその場に両膝を落とした。


「すっ……いませんでしたぁあああああああ! 俺が葵さんの下着を盗みましたっっっ!」


 渾身の土下座である。


 ザザァ~……ザザ~……。

 し~んと静まり返り、波の音だけが耳に届いてくる。

 葵さんは今どんな顔で俺を見ているだろうか、顔を上げるのが怖い。

 別に俺一人が悪者になって、皆の非難を浴びようという訳ではない。

 信じている……共に己を鍛え磨き高め合ってきた仲間を、信じている。

 だから、頼む。男子の誰も声を上げないでくれ。自分がやったと言わないでくれ。

 でも犯人がいるなら名乗り出ろ。でも、やっぱり名乗り出ないでくれ。

 心の中が感情の渦でぐじゃぐじゃになるのが分かる。

 仲間を信じると言いながら、こうすれば犯人が名乗り出るかも知れない。という期待もあった。


「いっくん……」


 両脚の甲を見ていた俺の瞳に、正座した葵さんの綺麗な膝が映る。

 葵さんが目の前で正座をしている。

 なんと声を掛けられるのか、軽蔑か拒絶か……何時もの笑顔で許してくれるのか。

 どう転がっても、誰も名乗りを上げない以上、俺の高校生活は終わっただろう。


「違うよ……違うよ! いっくんが、いっくんがそんな事するわけないよ! だっていっくんは葵さんのことが――」

「言うな蘭! 俺がやったんだっ!」

「――ッ! で、でもぉ……う、うぁ~ん! 違うもん、絶対違うもぉぉぉん! うぇ~ん!」

「蘭様……あたくしもそう思います。だから泣かないでくださいまし」


 反射的に顔を上げて蘭に怒鳴っていた。ビクリと体を震わせて蘭が御嬢に抱きついて泣くのが見える。

 ごめんな蘭、御嬢、お前達だけでも信じてくれて嬉しいよ。


「そうだよ……そんなわけないだろ!」

「そうだ、まさかいっくんに限って!」


 二人の様子を見て、男子達も声を上げ始める。

 みんな……もういいんだ……少しでも疑った俺を許してくれ。


「葵さん。俺を好きにしてください」


 俺は最高の仲間達を持った、何を言われようが悔いはない。

 女子達の汚物を見るかのような視線を一身に受けながら、葵さんの言葉を待った。

 

 そして――終にその言葉は俺の耳に届いた――。









「何を言ってるのいっくん? わたし、下着なんて盗まれてないわよ?」








 ……聞き違いだろう。

 受け入れたくない酷い言葉を浴びせられて、脳が誤変換を起こしたのだ。

 そうに違いない。


「もう一度お願いします」

「わたし、下着なんて盗まれてないわよ?」

「もう一度」

「わたし、下着なんて盗まれてないわよ~?」

「もう一度!」

「わたし、下着なんて盗まれてないわよ~~~?」


 何度聞いても耳から脳へ入ってくる単語は同じである。

 葵さんは全身からクエスチョンマークを出すような勢いで、復唱する度に首を傾げ、今はもう九十度である。

 同じくそれに釣られて、その場に居た全員も首を九十度にして、体中からクエスチョンマークを浮かび上がらせている。

 砂浜がクエスチョンマークに埋め尽くされているのではないか、という状況の中、それを掻き分けて近付く人影があった。


「いやぁ~! すまんすまんっ! ズボンの下に海パン履いて着てたの忘れててな~! 別荘の荷物の中にあったぞブリーフ! ……ん? どうしたんだ? みんなせっかくの海だ! 楽しまないと損だぞ! ハーハハハッ!」

「……これやばいかも」


 女子の誰かが呟いた。その通り、お前達は罪を犯した。


 ギラーーーーーン!

 その瞬間、男子全員の目が光り輝き、心が一つになった。


 『疑った女子と諸悪の根源を成敗するっっ!』


 俺達は雄たけびを上げて、まずは諸悪の根源に飛び掛った。


●○●○●


「さあ、みんな! 夜だ! キャンプファイヤーだ! バーベキューだ! 俺達の冤罪は綺麗さっぱり晴れた! 今日は祝おうーーー!」

『うぉおおおおおおおお! 俺達は自由だぁああああ! 女子も最高だぁああああ!』


 俺の掛け声に応じ、男子達が手にした串焼きの肉を空に掲げて叫ぶ。


「わたしは信じてたよー! いっえーい!」

「あたくしもですわー! いえーいですわー!」

「あら~あら~、大丈夫? もう許して貰えるように頼んであげるわよ~?」

「これぐらい平気です……わたし達、男子に酷いこと言っちゃったし……」


 そこには、全員ビキニにエプロンと言う出で立ちの女子達が、男子の為にお肉を焼いている姿があった。

 元は不良先輩と葵さんが起こした騒動であるが、説明を任せた不良先輩が悪いのだからと、葵さんは無罪放免。

 俺の勘違いが原因なのではないか、と異議を唱える女子も居たが……、


「は? 何言ってるの? あんなゴミを見るような目でいっくんを辱めて、更に罰を与えるですって? いっくんはみんなの為に犠牲になろうとしたんだよ? ふ、ふふっ……それを罰だなんて……カクゴハイインデショウネ?」


 ……と、頼れる幼馴染の説得により女子全員陥落、俺も晴れて無罪放免となった。

 女子達は正面から見ると、男が彼女にしてほしい格好ランキング上位にランクインする姿にしか見えない。

 恥ずかしそうにしている姿を眺めながら、男子は肉を片手にお祭り騒ぎ、メインであるキャンプファイヤーなどには目もくれず、背を向けて女子を絶賛鑑賞中である。

 男子も流石にその場のノリで言ったのだが、女子も勢いで葵さんの前で本性を出してしまった為に、彼女に制裁を受けるぐらいならこの方がまし。と素直に提案を受け入れた。

 そして、その他にも、もう一つの理由がある。


「あれを見ちゃうとね。わたし、女で良かったわ」

「うんうん。あんな目に合わなくて本当に良かったわよね」


 女子全員が、今にも砕けそうなほどに膝を震わせ、青い顔である場所を見る。


『リーゼント不良番長! ここに! けっっんざっん! ハーハハハハッ!』


 そこには砂浜に頭から逆さまに腰まで埋まり、ブリーフに存在を象徴する文字を刻んだ不良先輩の成れの果てがあった。

 倒れないようにその場で作った携帯用の鉄棒に、両脚開きで足首を縛られている。

 頭が埋まる砂浜からは、息が出来るように特性シュノーケルが地上へと顔を出している。


フシュー! ピー! フシュー! フュー!


「もし、わたし達が全員男子だったら……」

「い、言わないで! 恐ろしい!」


 シュノーケルから聞こえる息を吐く音を聞きながら、女子は男子に優しくしようと心に誓うのであった。

 こうして、問題が解決された剣道部は一週間、部活動と言う名のバカンスを満喫するのである。




「……あ。不良先輩に御船道場を紹介するの忘れてた」


 ふと、不良先輩の脚を見てそんな事を思い出すのであった。

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