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第二話 蘭琥亭と従業員のお話し。

 蘭琥亭らんこてい

 泰平妖怪絵巻、初心者の登竜門と呼ばれるトコシエ村に存在する料亭の名前である。

 女将権、料理人はまだ幼さの残るくノ一。その腕っ節の良さは村の男集が束になっても、指先一つで弾かれるほどだ。

 噂では、妖怪四天王クラスと余裕で闘えるのではないかと言われている。

 今では人気有名店であるが、この店を出すまでには相当な苦労があったのを知る者は少ない。


「料亭を始める?」

「うん! せっかく料理できるんだから活かしたいの~!」


 この蘭の一言が始まりだった。

 正直乗り気ではなかった。何故なら、幻想世界において数あるスキルと呼ばれる能力の内、この泰平妖怪絵巻では戦闘系、特に力と素早さ、そして料理スキルしか蘭は上げていなかったのだ。

 店の経営には当然、学力のスキルは必要である。現実世界での知識は有効ではあるが、その世界での物事の学習は、学力スキルを上げなければ身につかない。

 スキルは現実世界で例えるなら、走り込みをすれば体力がつくような感覚で上昇する。

 幻想世界にはレベルが存在し、この世界では段位がそれに該当する。段位が増えるに連れて上昇するスキル値の最大値も上がるのである。

 本来なら全てのスキルは上限を解放していれば制限無く上昇する。しかし、蘭については違う。

 限界突破。これは百段に到達した者が、解放できるスキルの限界を超えて、値を上昇させる事が出来ることを意味するのだが、当然デメリットが存在する。

 上昇させるには、他に上がるはずだったスキル値を犠牲にしなければならない。

 蘭の素早さのスキル値は限界突破で真っ赤である。つまり、もう上昇しないのだ。

 これは他のスキルも上昇しないことを意味している。一度限界を超えて上げてしまったスキルは、全ての幻想世界において女神の慈悲というアイテム使用すれば元に戻るが、段位もスキル値も完全にリセットとなる。


「せっかくここまで上げたのにリセットなんて絶対しない~!」

「そうは言ってもな、交渉も出来ないとなると、従業員も雇えないだろ。現実に戻っている間も店は開けないと行けないんだぞ、料理人も代わりが必要になるし」

「やだやだ~! せっかく神速のくノ一になれたのに最初からなんてやだー!」


 まったく我侭な幼馴染である。交渉スキルが高ければ高いスキル値を持つ人間を見極め、雇って店に置く事も可能。

 しかし、蘭のほぼ無いに等しい交渉スキルでは、結果は火を見るより明らかである

 

 料理人……モザイク処理がしてある見せられない物が出て来る。

 配給……運ぶ料理が軒並み床に落ちる。

 帳簿役……横領。


 駄目だ。嫌な想像しか出来ない。


「仕方ないな。俺が交渉して蘭に人を貸すか」

「それは駄目!」

「なんでだよ? それしか方法ないぞ?」

「それって働く人はわたしじゃなくて、いっくんを信頼してるってことでしょ?」

「ああ。そうなるな」

「それじゃあ、いっくんのお店だよ~!」


 確かに一理ある。

 剣道の団体戦で例えるなら、勝利だけを考えて名も知らない強者を助っ人に頼むよりも、一緒に練習を重ねてきた仲間と共に戦う方が楽しいに決まっている。

 例え負けたとしても、同じ時間を共有してきた仲間と悔しさを分かち合うならその方が良い。


「しかしなぁ。交渉無しで料理やら配給スキルが高い人を見抜く方法と言っても……あ!」

「え? 何々? いい方法があるの?」

「ああ、蘭でも見極められる方法があったぞ耳を貸せ……」

「うんうん……ええっ!? そ、そんな方法が~!?」

「まだ試した奴らは居ないだろうから、この方法の特許をとろう」

「ふっふっふっ。いっくんもワルだねぇ~!」

「いやいや、蘭ほどじゃございやせんよ~!」


 にやりと笑いながら二人でどこかの小悪党のように、コソコソと密談を始めるのであった。


●○●○●


 泰平妖怪絵巻。春の陽気フィールド。主な妖怪、釜たぬき。ヌリ女。


「桜流二刀小太刀奥義……」

「ポン!? ポポン?!」


 蘭が両手の二つの小太刀を構えると同時に、釜たぬきの体に渦を巻くようにして、無数の青葉が囲みこみ動きを止める。

 釜たぬきが異変に気がついて、慌てて逃げようとするがもう手遅れである。


「破ッ葉斬り!」


 ザンッ、と声を上げる事も出来ずに、体を鎧である釜ごと切り裂かれ、釜たぬきはバラバラになって息絶えた。

 二刀流の刃と青葉による無数の刃に切り刻まれたのである。


「ごめんね。ちゃんと面倒見るから許してね」

「妖怪に謝るのは蘭だけだろうな」


 魂手箱に入れられた釜たぬきの魂を、大事そうに胸に抱える蘭を見て苦笑い気味に呟く。

 蘭はどんな相手であっても一切手加減をしないが、何故か敵である妖怪を愛しているかのような行動をとる。

 素早さを限界以上に上げているのも、相手に苦しみを感じさせない為だと話していた。


「いっくん~! この子で最後だよ~!」

「ああ。じゃあ帰るか」


 地面に大事に置かれていた数個の魂手箱を両手で抱え、悪戯っ子のようににこにこ笑いながら、音も無く走ってくる蘭を見て立ち上がる。

 何はともあれ。これで準備は整った。

 人間を雇わなくても、妖怪を仲間にして働かせればいい。これが二人で考えた作戦である。

 蘭は交渉スキルが低い。人間相手ではハズレを引くことが既に決まっている。

 しかし、蘭には戦闘でのスキルは力や素早さ以外にも、そこそこ高いものがある。

 それは見切りと呼ばれるスキル。簡単に言えば妖怪のスキル値を見る能力である。

 色々なフィールドで、店で働かせそうなスキルを持つ妖怪の魂を集めていたのだ。


「匠さん~! この子達お願いしますー!」

「てやんでぇ! まかせとけバッキャロウめ~!」


 木のカウンターに魂手箱を置くと、はっぴ姿をしたねじり鉢巻の老人が声を上げる。

 ここはトコシエ村、洗い場である。洗い場とは、魂手箱に封じられた妖怪の魂を清める場所。

 簡単に言えば悪い子を良い子にしてしまうのだ。


「一つ揉んでは悪心~! 二つ揉んでは親心~! 三つ揉んでは恋心~!」

「あそ~れ! よいしょ! どっこいしょ~!」


 匠の掛け声に蘭も嬉しそうに合いの手を入れる。バシャバシャとタライの中で現れていく妖怪の魂は、どす黒い色から徐々に綺麗な藍色へと変化する。

 そして……ボンッ! という音と煙を発生させ、洗いは完了する。


「ふぇ? ここはどこですか?」

「おお、でかい」

「きゃぁああ! いっくんは見ちゃだめー!」

「大丈夫だ。一回見たら何度見ても変わらない」


 両目を塞ごうと手を上げて突進してきた蘭の頭を、伸ばした右手で抑えて制する。

 蘭の行動の理由は単純。煙が晴れたタライの中から、生まれたままの姿で、見事な金髪碧眼のお姉さんが出てきたからである。

 洗い場で魂を洗われた妖怪は、煙と共に妖怪の姿に戻る。

 そして今現在、タライの中でキョトンとしているのはヌリ女と呼ばれる妖怪である。

 もともと外見が人間にしか見えない彼女は、どうやら変化はしていないようだ。

 変化の話は後でするとして、ヌリ女に服を着せてやらなければならない。


「それはわたしがやるから! いっくんは後ろ向いててー! バカーーー!」

「仕方ないな、減るもんじゃあるまいしいいだろ、別に?」

「いーわけないでしょ、えっち! もう……はいこれ落し物、丁度浴衣を落としてたから」

「あ、ありがとうございます」


 落し物。妖怪を倒すとたまに手に入るアイテムである。


「おお~……西洋美人っていうのはこんな感じだろうな~」


 蘭にもういいよと言われて振り向くと、ぴったりの青い生地の浴衣を身に纏ったヌリ女が、オロオロした様子で辺りを見渡していた。

 思わず溜息を洩らしてしうのは、健全な男子なら仕方ないと言えよう。

 洗われた余韻よいんで、まだ乾ききっていないヌリ女の肌は、浴衣にぴったりと張り付き、特に存在を主張する二つの山は、その先端に至るまで形がくっきりと現れている。

 少しウェーブ掛ったブロンドの髪は、湿って首元に軽く張り付いている。

 今は胸辺りを着崩してはいないが、普段を見慣れているせいか、逆に目を引いてしまう。

 そうして見とれていると、蘭が俺からの視線を遮るように、混乱しているヌリ女の前に立って説明を始める。


「……。そういう訳で、配給とかお客に注文を取る役をしてもらたいの、お願い!」

「何時退治たかも分からないですけど、あんなみっともない醜態を晒すのは嫌です。是非手伝わせてください!」

「本当に? やったー! 初従業員げっとー!」

「きゃっ、ぬ、主様……? あ……ふふっ」


 抱きついてきた蘭を受け止めてオロオロし始めるヌリ女だが、暫くすると嬉しそうに蘭の頭を撫で始めた。あれではどっちが主人か分からない。

 洗われたばかりの妖怪は、綺麗な心を持って生まれ変わる。

 ヌリ女のような知力が低い妖怪は、人間と暮せるようにするため、同等の知性を、匠だけが持つ固有の技から与えられる。

 性格は様々あるが、どんなに気性が荒くとも、人間を襲うような事はない。

 村と呼ばれるフィールドは、守りの地脈と呼ばれる妖怪が避ける水が流れる上にあり、洗いもその水を使って行われる。人を襲うような心を持つ妖怪は、この場にいる事すら出来ない。

 生まれ変わった妖怪は、戦闘によって与えられた恐怖によって縛られる。

 恐束きょうそく。魂に染み付いた恐怖により、妖怪は主の命令に逆らわなくなるのだが……。


「ヌゥちゃんの肌スベスベ~! いいなぁ~!」

「はい。スベスベですよ。うふふっ、主様可愛い」

「あだ名はヌゥで決まりか、やれやれ、蘭の餌食になった女の子がまた一人増えたな」


 現実世界において同性キラーと呼ばれている蘭にとって、そんなものは必要ないらしい。

 その屈託のない純真な笑顔が母性本能をくすぐり、護りたいと言う気分にさせてしまうのだ。


「おおき、うは、おおきい、すごっ、ふひひ」

「あ、あら? ぬ、主様? ちょ、あれ?」

「しまった……。そうなったら手遅れだ。ヌゥ、悪いけど蘭の気が済むまで弄ばれてくれ」

「え? え? ひゃぁああっ! ちょ、離し、す、すごい力? な、なんで?」


 何が起きたのか説明しよう。

 ヌゥの二つの山の間に顔を埋める形で抱き締められ、子供があやされる様に頭を撫でられていた蘭が、電光石火の速さで右腕を動かし、山の片方を掴み上げたのだ。

 突然のことに、ヌゥは蘭から離れようとするが、腰に回された細い左腕はビクともしない。

 力が上限の蘭を振り解くことは実質不可能。こうなってしまっては、蘭が正気に戻るまで決して逃げられない。

 蘭……彼女は持たざる者である。

 持つ者に憧れてスイッチが入ってしまうと、気が済むまで弄んで離さないのだ。


 そして、数分後……。


「はー! 楽しかった~!」

「もう、嫁に行けない……あんな、あんなことまで……」

「ははっ、お疲れ様とご愁傷様」


 そこにはキラキラ輝いて両手を挙げる蘭と、俺の右足にしな垂れ掛りながら、さめざめ泣くヌゥが出来上がっていた。 


●○●○●


 どうして……こんな、酷い事になってしまったんだ……。

 さっきまであんなに威勢良く洗いをしていた匠から、生気が抜けている。

 蘭の暴走を受けて落ち込んだが、それでも何とか立ち直ったヌゥの目にも、もう光はない。

 落ち込ませた原因である蘭は……もう手遅れだ。ピクリとも動かない。

 ヌゥを無事に従業員として確保した後、このような惨劇が起こるとは、誰が予想しただろうか。


「あらぁヤダぁ? なぁにここ? まっ! 渋くて素敵なおじさんねぇ! ン~~~まっ!」

「ぷぎゃぁあああああああああああああ!」


 最初の犠牲者は一番近くに居た匠だった。

 諸君、蘭が退治した釜たぬきを覚えているだろうか?。

 釜たぬきとは、昔話に出てくる何処かの茶釜妖怪よろしく、あのような姿をした妖怪である。

 感の良い者は既に気が付いているかもしれないが、順番に事の顛末を説明しよう。

 まずは『変化』について説明しよう。

 変化とは、人間離れした妖怪が洗いにより、人間の容姿に近くなることを言う。

 これにより、人間の暮らしに適応できるようになるのだ。

 そして、獣のような姿である釜たぬきにも、当然それは適用される。


「あの釜たぬき。連れ歩いてる人見たことないよな」

「そうだねー。ヌゥちゃんと同じで、男の子しか居ないらしいけどね」

「え? わたし女ですよ?」

「言葉が足りないぞ蘭、正確には女の固体しか居ないヌゥと同じで、男の固体しか居ないってことだろ」

「そう! それが言いたかったの!」

「異国様は凄いですね」


 ビシッと、それだと言わんばかりに指を刺された。ヌゥも何故か尊敬の眼差しである。

 どうやらヌゥも、運搬と社交スキルが高いだけで学力は蘭並らしい。


「算数のドリルを作ってやるから大丈夫だ。君は蘭と違ってやれば伸びる」

「ありがとうございます?」


 安心しろ、君に蘭の通ったのと同じ道を進ませるような事はしない。

 阿呆系マスコットは一人で十分なのだ。


 この時、何故釜たぬきを連れている人間を見ないのか、俺達はもっとよく考えるべきだった。

 そうすれば、あんな怪物をこの世に生み出すことも無かったのだ。


「あ~らぁ! こっちにもかわゆ~い女の子が二人もいるじゃなぁ~い! わ、た、し、女の子でも全然イケちゃんわよ~! ン~~~まっ! ン~~~まっ!」

「ひぎゃぁあああああああ!」

「ぐげぇえええええええぇ!」


 次に犠牲になったのは蘭とヌゥ。二人は自分が女だと忘れたかのような酷い断末魔を上げて、白目を向き口から泡を吹き、地面にバターンと音を立てて倒れこんだ。

 怪物に食いつかれたのだろうか、首筋には何かべっとりとした物が糸を引いている。

 血ではないようだが、二人は無機質な瞳で、くうをぼんやり見つめている。


「ぎ……」


 そこで、俺は初めて停止していた思考が追いつき、声を上げた。


「ぎゃぁああああああああーーー! オカマの化け物ぉおおおおおおおおおお!?」

「あらやっだぁ~! わ、た、し、は、釜たぬきのベティよぉん! あらも~、そんなに泣くほどわたしに合うのが楽しみだったのねぇん! 大サービスしちゃう!」


 ボディビルダー並の大胸筋をピクピク動かし、V型のビキニパンツにしか見えない釜に付いた輪っか型の取っ手が、上下にブルンブルンと揺れる。

 そして躍動感溢れる両脚で走ってきたオカマは、ロッケットのように、唇を尖らせて飛んできた。

 あれはもはや妖怪でも人間ではない! オカマでお釜な、お釜大怪獣だ! やばい! 回避しないと! 気持ち悪い! あれ受けたら死ぬ! でも大事な竹刀で受け止めたくない!

 思考の渦に飲まれた俺の選択肢は一つしかなかった。


「回避ぃいいいいいいいいいいいい! 全力で回避ぃいいいいいいいいいい!」

「異国殿ー? ここでござるか? 蘭殿と入って行くのが見え……」


 体全体を使い、両手を振り上げた全力の横っ飛びである。

 目標を失ったお釜大怪獣の攻撃は、後ろの暖簾のれんから運悪くひょっこり顔を出した見慣れた男の顔に目標を変えていた。


ぶちゅぅぅぅ~!


 これこそ……匠と蘭、ヌゥ……そして沖田 宗司朗を葬り去った地獄の攻撃。

 唾液ッスである。(命名いっくん)

 これは、一瞬で相手の思考を奪い、全身の筋肉を硬直させた後、一瞬で脱力さで自由を奪い、その後にヌメッとした残り香を体に塗りこむ。

 塗りこまれた真っ赤な唾液は、一週間風呂に入り続けても匂いが消えないという、史上最悪の攻撃なのだ。


「あぶれべご」

「お、沖田さぁあああああああん!?」


 沖田さんは悲鳴にもならない声を出して白目で崩れ落ちた。共に切磋琢磨してきた友が、目から大量の泡を吹いて地面に倒れている。

 血の涙ならぬ泡噴きの涙である。涙が沸騰して泡になるほどに恐ろしかったのだ。


「あらやっだぁ~! あたしったら間違えちゃったみたいねぇ! ごっめんなさぁい~!」

「く、くるなぁあああああああ! 斬るぞ! 本当に斬るぞ!」

「もう~、恥ずかしがっちゃって可愛いわ、ねぇ! 大丈夫よ~! 動かなかったら急所は外して、あ、げ、る!」

「そんなもん何所に当たろうが急所じゃボケぇえええええ!」


 後に分かったことだが、突然姿を現した沖田さん以外は、唇ではなく首筋を攻撃されていたらしい、乙女の純情はギリギリ守られていたのである。

 この後、お釜大怪獣の地獄と化した洗い場で、伝説の一騎打ちが決行されたのだが、あまりにも美しくない映像である為、割愛させてもらう。


「話せと言っても絶対に断る! もう二度と思い出したくない!」


 こうして、 蘭琥亭の従業員は、

 女将兼、料理人、蘭。

 女給係り、ヌゥ。

 お勘定兼、帳簿係り、キッツ。

 料理人、ベティ。

 この四人に決定し、小さなお店ながらも着実に人を集め、今では従業員が二人も増えた規模になったのだ。


●○●○●


「と……言う話だったんだ」

「ベティが顔に封印のマスクをしているのは、それが原因だったのかにゃ!?」

「怖い、お釜大怪獣、怖い、お姉ちゃん今日はわたしと一緒に寝る。決定、決定」

「よしよし、一緒に寝ましょうね」

「異国君! わたしの話が抜けていますよ! 虐めですか? 虐めなんですか!」


 蘭のお店に、夕方の下校時の事を謝りに来た俺は、新しい従業員達に店の昔話をしていた。

 声を上げたのは順に、

 風神城一階から蘭に捕獲されてきた猫娘、名前は猫子ねここ。名付け親は蘭。

 桃毛色の猫耳、桃毛色の尻尾は先の方だけ皮を剥いた桃のように白い、新しい店の看板娘である。

 二人目はヌリ女……ではなくリッコ。名付けたのは俺。さっき捕まえたヌリ女である。

 見た目は普通のヌリ女とは違い、幼い。魂を捕獲した時に消え掛けていた状態だった為に、妖力が足りず、こんな姿になってしまったらしい。

 今は俺の話を聞いて怖がり、すっかり懐いたヌゥにしがみついている。

 飛んで四人目は狐女のキッツ。こっちは蘭が名付け親である。

 彼女の事は、壮絶な戦いの後のことであり、あまり覚えてない。一言で言うなら、四角い眼鏡がよく似合っている、そのうち裏切りそうな秘書風の女である。


「やっぱり虐めですかっ!? なんですかその説明! わたしは裏切りませんよ! それにどうして猫子の時は耳とか尻尾を細かく説明したのに、わたしにはないんですか! 黄色い毛並みばかりの狐女の中で珍しく黒髪だとか! 尻尾は体を隠すぐらい長いとか! 少し日焼けしたような健康的な肌だとか! 服装はみんなと違ってズボンのスーツだとか! 胸が普通すぎるのが個性が無くてコンプレックスだとか! 色々あるでしょうー!」

「なんとなく分かるかと思って、あと説明してくれてありがとう。手間が省けた」


 何故思考に突っ込みを入れてくるかは簡単、キッツは目を見た相手の心をなんとなく読むことができるのだ。

 もし、食い逃げを考えて居るような客が来ても、彼女の素晴らしい能力のおかげで、一度も逃げられた事はない。


「す、素晴らしいだなんて、そんなことありませんよ」

「それに蘭は気に入った相手にしか、あだ名つけない。頼りにされてる証拠だ」

「そ、そうですか……? こほんっ、取り乱してすいませんでした」

(実はキツネオンナが長すぎて面倒だとは、流石に言えないでござるよなぁ……)

「ん? 何ですか沖田さん? そんな顔しても、お店のツケは消しませんからね」

「いやいや、なんでもござらんよ」

(なんで沖田さんの思ってることは、間違って読み取るんだろうな、あの人)


 こうして、真実は色々と闇の中へ消え、今日も蘭琥亭は……。


「いっく~ん! ベティちゃんと新しい創作料理作ったよ! 食べて!」

「名付けてぇん! あの日の思いで! 愛のキスマーク形オムライスよぉん!」


 ……絞めの言葉を止めなければなるまい。

 今日は悪いことをしたから優しく接してやろうと思ったが、トラウマを引っ張り出すような、そのモザイク処理が必要な料理を、強制的にでも美味しく頂いて貰うしかないだろう。

 こればかりは何時もの悪戯っ子スマイルでも決して許さん。


「ひぃっ!? い、いっ、くん? ごめ、ごめ……ごめん、なさ」

「ジーザス、あの悪夢が再び……こりゃあ腹括るしかないようだぜお嬢ちゃん」


 俺はあの地獄の惨劇の時と同じ様に、修羅のオーラを体中から噴出させながら、異変に気が付いてカタカタと震える阿呆二人を見据え、静かに畳みの上に置いていた竹刀を手に取った。


 後に、帳簿と業務日誌も兼任していたキッツは、日誌にこう書き記している。


『あまりに美しくない光景でしたので、この先は割愛させて頂きます』


 今日も蘭琥亭は平和である。

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