第十三話 勝利は残酷である。
キュィイイイイン……。
見上げる先にあるのは、巨大な魔方陣をこちらに向けてくる魔法使いの姿である。
魔方陣は辺りの空気を収束させ、魔法力が込められた風は渦を巻いている。
風は一つの螺旋状の塊となって大きく育っているのが見える。
周りには大勢の魔法使いが倒れ、苦しそうに呻き声を上げている。
無謀にも俺に攻撃を仕掛けてきた末路である。
「爺さん婆さんは早く引退しろよ。勇者と旅とか腰が痛くて出来ないだろ」
この挑発一言で魔法使い達は切れた。
周りは殆どが国の軍に所属する魔法使いであり、プライドが異常に高かったのだ。
全員が開始の合図と共にこちらに向かって魔法を放ってきた。
冷静に走って魔法を避けながら、全員が正面に来るようにコロッセオの壁を背にする。
ネズミを追い詰めたとばかりに、魔法使い達は下卑た笑いを見せ、一斉に攻撃をしてきた。
それを見て逆に笑みを浮かべ、右手を前に突き出し、大きな円を描くように空を撫でた。
撫でられた空中に、無数の蜘蛛の巣型の魔方陣が形成され、魔法使い達の攻撃は全て掴まれていた。
「ここまでは狙い通り……後はこれを……殴り飛ばす!」
攻撃を防がれて驚愕する魔法使い達に向かって、形成された魔力の玉を殴り弾いて飛ばす。
「うぎゃぁああああああああ!」
殴り弾き飛ばされた魔力の玉は空中で更に分散し、無数の線となって魔法使い達の体を打ち抜いた。
投擲とは言えないが、色々試しているうちに思いついた方法である。弾いて分散させれば多少威力は落ちるものの、複数の敵を殲滅できる。
防御魔方陣を発動させる者も居たが、魔力に妖力と言う異世界の力をブレンドした攻撃は、簡単にそれを破壊してしまった。
こうして、大勢居た魔法使いは殆ど全滅したのである。
「空へ逃げるしかない」
「おお、飛んで逃げるのは賢いな」
残るは即座に空中に逃げ、空に浮かばせた魔方陣を足場にして、長い詠唱をしている魔法使い一人のみである。
見れば赤毛の幼そうな女の子である。年を食った魔法使いが多い中で、一瞬で状況を判断して空へ離脱した彼女の頭を撫でて褒めたくなる。
「――、――、風は全てを切り裂く刃となる……ウィンド・アロー」
「やっと終わったか、俺も空中移動考えないとな、あの高さじゃジャンプでも届かないし」
無表情のまま赤毛の少女は杖を振りかざしてきた。巨大な螺旋状に渦を巻く風が近付いてくる。
周りにいた魔法使い達もその巨大な魔法を見て息を呑んだ。
「馬鹿な、あの大きさのウィンド・アローなど見たことも無いぞ……い、いかん! 巻き込まれて全員消し飛ぶぞ!」
近くにいた白髭が仙人のような老人魔法使いが叫んだ。
どうやら赤毛少女は、超規格外だったらしい。
(あの子が紅の魔女だったりしてな)
在り来たりな見当をつけながら、蜘蛛の巣型の魔方陣を形成し、巨大な魔法を受け止めた。
ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
空中で魔方陣にぶつかったウィンド・アローは、辺りに風を巻き起こし、爺さん婆さんの魔法使い達は吹き飛ばされている。
かなり強烈な力である。右手に負担を感じ、左手で支えるようにして魔方陣を維持する。
魔方陣から手が離れても、掴まえられた周りの魔法使い達の攻撃とは、レベルが違った。
シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……。
「そんな……」
「ふぅ……腕が痺れた」
無表情だった赤毛少女も、程なくして掴み取られた魔法を見てショックだったのか、よろめいているのが見えた。
バグでごめんと考えながらも、勝負だからと赤毛少女に向かって魔力の玉を投げる。
凝縮しても魔力の玉は赤毛少女を飲み込むような巨大な物である。
空中だとしても逃げ場はもう無い。
「防御壁……無理、防ぎ切れない……お母さん、ごめん……」
防御魔方陣を発動した赤毛少女だったが、何かを呟きながら光に包まれる。
魔力の玉が空の彼方へと消え、赤毛少女も空中から姿を消した。
『決着! バトルロワイヤル魔法使いの部、勝者イコク=ノッケンジー!』
ワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
勝者を告げるアナウンスの後で、固唾を呑んで見守っていた観客の歓声が上がった。
こうして俺は、勇者のパーティに入る権利を得た。
○●○●○
「ん……?」
「お? いっくん、起きたみたいだぜ」
「そっかよかった。水、要るか?」
「要る」
赤毛少女は皮の水袋を手から奪い取り、ゴクゴクと喉を鳴らしながら飲み始めた。
そして満足したのか、飲み終えると水袋を差し出しながら、赤毛少女は口を開いた。
「どうしてわたしは生きてる?」
「手加減したから」
「そんで、空から落ちて来た所を俺がキャッチした、感謝しろよ~!」
「……ありがとう」
りっくんを見て黙っていたが、赤毛少女は素直に頭を下げた。
感謝の気持ちは持っているようである。
可愛らしい姿を見て、なんとなく自然と頭に手を伸ばしていた。
「やっぱり殺すの?」
「なんでそうなる。最初から殺す気なんてないよ。他の参加者も怪我だけで無事だ」
「ん……悪くない」
頭を撫でると、無表情だが目を閉じて気持ち良さそうな声を出した。
どうやら頭を撫でられるのは初めてのようである。
「わたしは殺す気だった。どうしても勇者の御供になりたかったから」
「それでも殺す理由にはならない。そもそも魔王倒す勇者とそのお供を決める大会だろ、悪人ならまだしも……」
ふと、この赤毛少女が紅の魔女であるかも知れないと思い出した。
しかしこれはまだ予想、まだ決め付けるには早い。
「そうだな。俺も危なかったけど剣士の部で優勝できたし、よかったよかった」
「優勝……強そうに見えない」
「ははっ、言われてるなりっくん」
「うへ~、闘うところ見たら驚くぞ~! こんにゃろ!」
「っ……くすぐったい、やめ、あはははっ!」
赤毛少女はりっくんに擽られて、無表情のまま笑い声を上げた。
表情はともかく、子供らしい可愛い声である。聞いている分には微笑ましい。
これは違うなと思いながら、一応少女の名前を聞いてみることにした。
「俺はイコク。名前は?」
「ニーロ=ハイマン……イーストマジックアカデミーでの二つ名は紅の魔女」
「…………二つ名の方、もう一度いいか? 」
「紅の魔女」
うん……どうしようこれ。
ワァアアアアアアアアアアアアアアアア!
行き成りラスボス宣言されて思考を放棄していると、今日一番の歓声が上がった。
これから勇者を決める戦いが始まるのである。
「まあ、今は大会見るか、ニーロ」
「ニロでいい、みんなそう呼ぶ」
「じゃあニロ。なんだ……相談とかあったら話し聞くからな」
「……?」
無表情のままニロは首だけ傾げた。
意味が分からないらしい、こっちもさっぱり分からない。
(葵さ~ん、ヘルプ!)
『ごめんなさい……その子について何も思い出せないわ』
(そうですか……名前が同じってことも考えられるし、今は保留にしておきます)
『何か思い出したら言うわね……あと、嫌いにならないで』
(葵さん……?)
不安そうな声で言った葵さんは、そのまま喋らなくなってしまった。
しかし、その理由は次の瞬間判明した。
「きゃぁあああああああ!」
「なっ……」
「これは……」
近くにいた女の観客が悲鳴を上げる。
りっくんも驚いて声を失った俺と同じく、息を呑んでその光景を見た。
「みんな弱~い。こんなんでよく勇者になろうと思ったわね」
そこに居たのは、血のついた剣を片手でクイクイと遊ぶように動かしている女の姿だった。
コロッセオの中は血の海となっていた。やったのは、一人だけ生きて立っているイオである。
葵さんが言った事の意味が分かった。この場面に来て彼女もようやく思い出したのだろう。
「これで勇者よね? うふふ、これでモテモテね~!」
嬉しそうに笑うイオを見て、歓声を上げる観客は一人も居なかった。
○●○●○
カチャ……。
「ねぇ、みんなどうしたのよ? スープ不味くなるからその顔止めてくれない? 明日にはわたし王様に謁見して勇者になるのよ? お祝いしましょうよ!」
「人が死んで祝えるかよ。どうして普通にスープが飲める……何も感じないのか?」
「それ可哀想とかそういうの? はっ、馬鹿じゃないの? 相手だって殺そうとして向かって来てるのに、どうしてこっちだけ手加減しなくちゃいけないのよ」
正論だ。正論だがそれはイオには当てはまらない。
イオはチートである。絶対的な力を持つ彼女が簡単に死ぬとは到底思えない。
笑っていた。人を殺して笑っていたのだ。あの瞬間、イオは確実に殺戮を楽しんでいた。
「お前はこの世界を救う為にチートを貰ったんだろ、それがどうして平気であんな酷い事を!」
「はぁ? この世界の人間がどうなっても知らないわよ。わたしは邪魔な魔王を倒してイケメンに囲まれる生活がしたいだけだもの」
ガチャァン!
限界である。丸テーブルを握った両手で殴りながら立ち上がり、イオの胸倉を両手で掴んだ。
そのまま酒場の壁へ移動し、イオの背中を壁へと叩きつけるように押し込んだ。
「な、なんでそんなに怒ってるのよ? いいでしょ、この世界はどうせゲームなんだから。それにわたしは、そういう面倒な感情が嫌で……死んだのよ」
「お前……そうか、成る程……そういうことか」
葵さんは言っていた。愛を知らなかったと、絶望してこの世界に来たと。
何に絶望したのか理由はわからない。しかしはっきりした事がある。
この世界に転生する前、彼女はこの世界に似たビジュアルゲームのプレイヤーだったのだろう。
まだこの世界をゲームとしてしか認識していないのだ。
「イオ……俺を殺してみろ」
「急になにを……?」
「りっくん」
「ああ、俺もいいぜ」
意図をくんだのか、りっくんも俺の隣に立った。
イオは訳が分からないと言う顔でこちらを見ている。
「どうした? その剣で首を飛ばすなりなんなりしろよ」
「そ、そんなことしたら二人とも死んじゃうじゃない」
「ん~、そりゃ変だな。あんなに平気で殺して、どうして俺やいっくんは殺せないんだ~?」
「だって、二人はゲームの人間じゃないから……」
「あの場にも転生者や憑依者が居たかもしれないな」
「そ、それは、え、そんなはず……でも、あれ、ここに三人も、でも……そんなわけ……」
ようやく自分がしたことの重大さに気が付いたのか、イオは顔を青くしてガタガタ震え始めた。
「何を言っているのか分からない」
一人黙々とスープを口にしていたニロが顔だけ向けてきた。
あの後、行動を共にして一緒のテーブルについていたのである。
「分からないけど……イオが殺した中にわたしの兄が居た」
「……まさか」
「おいおい……参ったなこりゃ」
「兄は例え死んでもいいから大会に出ると言っていた」
ニロは椅子から飛び降りると、小さい体で驚愕する俺とりっくんの間を通り、イオの前に立った。
その姿を見て、イオは壁につけた背中をズルズルとさせながらしゃがみこんだ。
ニロは無表情で震えるイオの右手を取って、自分の胸へと誘導した。
イオの掌がニロの胸に当てられる。
「わたし達は数ヶ月前にお母さんを悪魔に殺された。そしてわたしは表情を失った。今も泣きたいし悔しい、あなたを殺したいほど憎んでる」
「や、止めて……」
「わたしは表情を失った人形だとアカデミーのみんな馬鹿にされた。でも、伝わるはず。わたしの胸の鼓動。聞こえるはず」
「た、助け……」
救いを求めるようにイオは此方を見てきた。しかし、自然と俺もりっくんも視線を晒した。
ニロは伝えようとしている。ここはゲームではない。自分は生きているのだと。
「わたしは人形? それとも生きた人間?」
「止めて……嫌ぁあああ!」
右手を掴んでいたニロの手を振り解き、イオは酒場のドアから外へ逃げるように走って行った。
「追いかけて」
「けど……」
「兄は勇者になるところを見せて、わたしに喜んで欲しかったの、笑って欲しかったの。もし、自分が他の参加者に殺されても、その人は世界を救う勇者だから、悪魔に殺されたお母さんの仇を打ってくれるから……憎むな。そう話していた」
その時、ニロは始めて感情を露にし、涙を流しながら口を開いた。
「兄が信じた勇者があんな酷い奴じゃこまるの、勇者はみんなの希望の存在であるべき、それなのにゲーム? そんな気持ちで参加して、兄を殺した? 認めない……絶対に認めない、あの人には兄の理想通りの勇者になってもらう、絶対になってもらう、だから追い掛けて、あの人の事を心から想って怒り、何かを教えようとしたあなたが……あなたが追いかけるのよ!」
次の瞬間、ニロの叫びに突き動かされるように、俺は酒場から飛び出していた。




