ただのモブ令嬢のざまぁ目撃日記です!
私は様々な魔法が息づくミューティニア帝国のしがない十六歳の子爵令嬢である。
特に私の人生にドラマはない。
ごく普通の優しくも厳しい両親と兄と妹に囲まれた五人家族。
魔法の才能もごく一般的で成績もちょうど中間クラス。
容姿もこの国ではよくある小麦色にこれまた同色の瞳で特段美人というわけではない。
自らをモブ令嬢と自称してもいいかもしれない。それでも私には誰にも言えない特技があった。それは行く先々で“ざまあ”な出来事に遭遇する事だ。
もちろん、私に降りかかるのではない。そうした争いごとを起こす人達の観客になってしまうのだ。最初はちょっと変わった魔法スキルを手に入れたのかと思ったが、鑑定してもスキル認定されなかった。では、何かの呪いにかかったのかと思ったがそれも違う。
要するに原因は今もって不明である。だから誰にも言えない。
とはいえ、何もしないというのは性に合わないため、とりあえず記録を付ける事にする。
私はレティ―ヌ・フェルエット。
では、一番最近の“ざまぁ”な出来事をっと…。
あれは二週間ほど前…。
帝国暦2126年3月。女神、リーズの名を模した聖リーズ魔法学院には国外問わずから優秀な生徒が集って来る。そして、卒業式を無事に迎えた若き令息令嬢達はこれからの未来を胸に在校生も混ざってのパーティを楽しんでいた。
一年生の私もお世話になった先輩方への挨拶に勤しんでいた。
そんな最中、会場に突如怒号が響き渡る。
「ルエット・オーベニュー。貴様との婚約を破棄させてもらう!」
「急にどうされたんです。殿下?」
華やかな金色の髪の青年につつましい声で聞き返したのは艶やかな赤いドレスを身に纏う女子生徒だ。
正直、私はまた始まったと思った。
折角、もう一杯だけ、このリンゴジュースを飲もうと思ったのにこうなっては動けそうにない。
仕方なく、私は観客に徹する事にした。
声を上げた青年は確か帝国からかなり離れた小国の第三王子リーベンス・カーン先輩だ。
そして、その婚約者として留学してきたのがルエット先輩。
とはいえ、一般魔法科の私とでは二人と接点は特にない。
二人は音楽魔法が色づく国の人達らしく音楽魔法科に所属していたからだ。
とにかく、他国とはいえ王子の怒りに満ちた声に周囲の人が関心を持たないはずがない。
特に王子の傍らにはこれまた音楽科の生徒であるエリーサ・ロベット先輩が涙を浮かべて顔を両手で隠しているのだから。ちなみに彼女もお二人と同じ国の男爵家の娘である。
それにしても、このリンゴジュース超絶美味しい。
というのはおいといて、先に進もう。
「しらばくれるな。貴様はヴァイオリンの音色によって傷を癒す演奏魔法の才能に溢れたエリーサを妬み、その指を折ろうとしたのであろう!なんと恐ろしい女だ」
確かにそれが本当なら恐ろしい話だ。
エリーサ先輩は包帯だらけの指をリーベンス先輩の背中に回して、
「痛かったですわ。殿下。きっとルエット様は音聖女に私が選ばれたので嫉妬してるんですわ」
音聖女というのは彼らの国で十年に一度選ばれる特別な女性の事らしい。
選ばれた者は国の守り神である音竜に演奏を披露するのだと何かの書物で読んだ。
とにかく、エリーサ先輩の血が滲んでいる包帯を見て、見物客とかしている他の生徒たちはルエット先輩に冷たい視線を向ける。私は片方だけの意見を聞くのはどうかと思うと思いつつ、表情を崩さないルエット先輩に視線を移した。
彼女は優雅にリーベンス先輩に近づく。
「いつ彼女の指を折ったというのでしょうか?」
「三日前よ」
「私が折ったという証拠はもちろんおありで?」
エリーサ先輩の目からさらに涙がこぼれる。
「間違いなくルエット様が私の手をハンマーで叩いたんです!」
「ほら、エリーサの証言だけで十分だ。何せ、音聖女の言葉だからな」
リーベンス先輩の言葉にエリーサは力強く頷いた。
「音聖女に選ばれたって言いますが、まだ候補ですわよね。正式には音楽祭当日に音竜様が自ら選ぶのですから」
それも書物で読んだな。
音聖女候補は魔力と演奏力の高い令嬢が選出される。
エリーサ先輩がこの国に留学を許されたのもその両方が揃っていたからだという噂を耳にした事がある。
「他にも演奏が下手だの、馬鹿だと罵って来たじゃないの!スカートを引っかけられた事だってあるわ」
「失礼だわ。むしろ、他の生徒達に暴言を吐いていたのはエリーサさんの方でしょう?貴方にいじめられ、学園を去った生徒もいると把握していますよ」
ああ、あったな。
そんな噂。
私は一般科だったから、よく知らないけれど、エリーサ先輩はリーベン先輩に気に入られているのをいい事に音楽科の生徒達へのあたりがきつかったらしい。
「私、そんな事してないわ。リーベン」
エリーサはリーベンの胸に顔を埋める。
「大丈夫だよ。エリーサ。お前は俺が守る」
うわっ!
人前でよくやる。
ああ。早く終わってくれないかなって思う私って性格悪いかも?
だって、しょうがないじゃん。私も一応、子爵令嬢だけど婚約者もいないし、人様のイチャイチャって胸に来るものがあるのよね。
これってもしや嫉妬…。
私ったら、見境なさすぎ。
よし。リンゴ―ジュース飲んで落ち着こうっと。
大体、それもこれもお父様が過保護だから…。
って、私の事書いてどうするのよ。
よし。修正っと。
リーベン先輩とエリーサ先輩のイチャイチャをみせられて、ルエット先輩は盛大なため息をついていた。
「そういうのは後でやってくださいな。そもそも、音楽魔法を扱う者の指には常に魔力が宿るもの」
「それが何だと言うんだ?」
ルエット先輩は果物ナイフを手に取ると突如自分の手に突き刺そうとする。
「おい!何を考えている!」
慌てるリーベンス先輩。
過激だ…。
もちろん、私も驚いた。
だが、そこである事に思い至るのだ。
そう言えば、音楽魔法使いが最初に学ぶのは自分の武器である指や声をどんな状況下でも傷つけずに万全の状態に保つ事だと聞いた事がある。その方法が魔力操作で大事な部分を保護すると言うものだった。
「見てください。私の指はこの通り無傷です」
思った通り、ルエット先輩の真っ白な指はさっきと同様に美しい。
「ふん。お前だって多少は魔法が使えるだろ。ナイフの傷ぐらい防げる」
「それはエリーサさんだって同様。仮にも音聖女候補の中で一番魔力が高いとされているんですから」
「それは…」
「本当に傷を負ったというならその包帯を外してくださる?ここで…」
エリーサ先輩は唇をキュっと強く結んだ。
「ルエット。お前!エリーサの自作自演だというのか」
「あら、殿下も共犯ではありませんでしたの?」
「何の話だ?」
「正直申し上げるのはどうかと思ったんですが、こうなってしまってはね。以前から首を傾げておりましたのよ。エリーサさんの指裁きはどう考えても音聖女には満たない拙いものでした。それでも演奏も魔力も高い」
「それがすべてだろう」
「ですがね。どんな人間も素晴らしい演奏家に変える方法があるのも事実でありましょう?王家が所有している音竜の髭から作られた魔法のヴァイオリン。エリーサさんが使っているのはそれではありませんの?」
「なっ!」
エリーサ先輩とリーベンス先輩の目が見開いた。
どうやら、ルエット先輩の発言は図星であったらしい。
「嘆かわしいですわ。他国でこんな醜態をさらすなんて。貴方のような方が婚約者であったのも恥ずかしい限りです。その令嬢が好きならば正式に婚約破棄を申し込んでくだされば応じましたのに。それを嫌がったのは私に音楽祭への出席を見送らせるためでしょうか?」
なるほど。王太子の最愛の女性を傷つけた女は音聖女にはふさわしくないって祭からしめ出したかったって事か。私はそう解釈した。
この頃には私はリンゴジュースを飲むのも忘れて見入っていた。
そしてルエット先輩はというと、どこか悲しげに婚約指輪をリーベン先輩に突き返して、颯爽と立ち去っていったのであった。その後ろ姿はとても美しい。
その後。王太子リーベン先輩は母国に帰ったが、他国で婚約破棄騒動を起こした事と無断で王家の宝物を持ち出した罪で王太子の座から降ろされたそうだ。現在は領地改革のために田舎に追いやられているそうである。エリーサ先輩は王家の人間でもないのに分かっていて魔法のヴァイオリンを使用した罪で十年の奉仕活動として修道院に送られるらしい。
それでも寛大な処置と言えよう。
なお、音聖女にはルエット先輩が選出され、無事に音楽祭は終えたというのが新聞に載っていた。ああ、それと驚いたのはルエット先輩が新たに王太子に選出されたアーノルド様と電撃結婚された事である。
ほんと、いつ恋に発展したんだ?
というのを本人に聞けないのが残念である。
これが私が知っているルエット先輩の災難の結末であった。
後、エリーサ先輩にいじめられて学院を去った生徒がまた復学した事を風の噂で聞いてちょっとホッとはしている。
「よし。これで今日の日記は終わりね」
ああ、このリンゴジュース最高。
そして、私自身の日々はというと、ざまぁなんて物とは無縁なのである。
お読みくださりありがとうございます。




