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神のいとし子

作者: 網笠せい
掲載日:2026/03/27

 アンジェリカ・フローライトは、その名前とは裏腹に、悪魔と評される人間である。


 猫の額ほどの庭で小石を蹴る。飛び上がった小石は引力の影響や通常の軌道をまったく無視して空中に浮かび上がり、静止する。


 アンジェリカにとっては、いつもの光景だ。おとぎ話の魔法のような能力だが、魔法とは違う。


「お空に飛んでけー!」


 アンジェリカの無邪気な言葉に、小石はあっという間に空高く飛んでいく。そうしてやがて、アンジェリカの能力の影響範囲外に出る。


 やがて遠くの景色のなかで、ずどんと大きな音がして、何かが落下する。近くの木々から、あわてた鳥たちが次々と羽ばたいていく。アンジェリカが飛ばした小石は、火の玉となって降ってきた。


 アンジェリカは手で庇を作って、先ほど自分が飛ばした小石をまじまじと見つめる。


 アンジェリカの能力はテイムである。通常、テイムは獣を使う能力だが、アンジェリカの異能は獣だけにはとどまらない。アンジェリカ自身はよくわかっていないが、人間にも、小石のような生きていないものにも、その能力を使うことができる。あまりにもずば抜けた能力のために、万物を操ることができるのではないかとさえ、おびえられている。


「今日も元気だねー!」


 アンジェリカはちょっとした運動をしたかのようにのんきに言うが、周りの人間にとってはたまったものではない。それゆえに、アンジェリカ・フローライトは悪魔と評されている。


 なお、本人は、いたって無邪気だ。その名が示す通り、天使のような少女である。


***


 アンジェリカが家に向き直ると、扉が自動で開く。椅子に座れば、キッチンにあった大きな水瓶が宙に浮いてやかんに水が注がれ、かまどに火が生まれる。戸棚が開いてマグカップやポット、茶葉がするすると食卓に並ぶ。しかしアンジェリカは座って、脚をぶらぶらとさせているだけだ。


 どこからどう見ても魔法だろう。すさまじいテイム能力だとは、誰も思うまい。


 庭の小さな畑には、アンジェリカが意識した時点で水がまかれているし、食べ頃の野菜たちは自然にもがれて、宙を浮遊しながら野菜カゴに収まる。そろそろ小麦粉が足りなくなってきたと気づけば、風はなくとも風車が勝手に回り、小麦粉ができる。


 それがアンジェリカの日々の暮らしである。


 しかしながら、その能力の強さゆえに──アンジェリカは、人とはあまり関わらずに暮らしている。


 人間を操ることは、彼女の本意ではないからだ。


***


 アンジェリカを襲おうという者は、軒並み恐ろしい返り討ちに遭うので、まずいない。彼女の能力を知っている者ならば、アンジェリカを襲おうとさえ考えない。


 知らずに襲ってくる者はごくまれにいるが、森のなかから獰猛なクマが飛び出してきて体当たりされるとか、木々にとまっていた鳥たちが魚を見つけた水鳥のように鋭いくちばしで一斉に襲撃者に向けて飛びかかってくるとか、ろくでもないことにしかならない。


 そのうち、村の人々だけでなく、盗賊たちの間でもアンジェリカの能力が知られるようになった。


 悪魔だの魔法使いだの、アンタッチャブル・アンジェリカだのと、さまざまな呼ばれ方をしているらしいが、アンジェリカの預かり知らぬことである。


「おいしい!」


 アンジェリカがお茶を飲んでいると、小鳥たちがおやつのキイチゴを次々と運んでくる。アンジェリカはお礼を言うと、小さなボウルを浮かせて水瓶から水を汲んで、キイチゴをさらさらと洗った。口のなかに入れると、ぷちりと果肉のはじける感触がして、甘酸っぱい味が広がった。


「お茶のお供にぴったり!」


 アンジェリカは無邪気でのんきな少女である。


 音楽を聴きたいときは小鳥たちが窓辺に集まって歌声を聴かせてくれるし、眠りたいときには家の周りが静かになる。


***


 あるとき、雨の降らない日がつづいた。畑の土は乾き、川の水はすっかり痩せて、作物が実りにくくなった。


 アンジェリカは水のある場所まで旅に出ることにした。唐突な思いつきだったので、小さな肩掛けカバンを持って、てくてくと山道を歩いた。


 すぐに歩き疲れたが、途中で現れた牡鹿の背中に乗った。ひょいひょいという軽やかな足取りにあわせてアンジェリカが振り落とされそうになると、鹿は角に捕まれというように頭を振った。アンジェリカは牡鹿の角に捕まって、山を越した。


 アンジェリカがお腹が空いたなと考えたとき、牡鹿は近くにあった火の中に飛び込んだ。


 アンジェリカはとても驚いたが、ありがたくその肉をいただくことにした。牡鹿の死を無駄にするよりは、命に感謝していただく方がいい。


 焼けた牡鹿の皮を剥いて、その下にある肉を食べたあと、アンジェリカは焼けた角で今晩眠る小さな即席の小屋を作った。枯れ草は鳥たちが運んできてくれた。牡鹿の皮は、小屋の床に敷いた。ほんのりと焦げた匂いがする。山を越えた辺りから、川に水があふれていて、飲み水にも苦労しなかった。


 翌朝、アンジェリカは山から降りて、隣村に入った。隣村に入った途端、大粒の雨がアンジェリカの頬に当たった。


「こっちは雨が降ってる!」


 アンジェリカは喜びに目を大きく見開いたが、隣村は水害に悩まされていた。水害で、農作物が根腐りを起こしたり、カビが生えたりして、困っているようだった。


 アンジェリカの住む村で雨が降らなかった分、隣村に多く雨が降ったようだった。おそらく背の高い山が、雨雲を止めてしまったのだろう。


 アンジェリカは隣村から水を奪うことにならないか確認してから、川の水を山まで逆流させると、自分の村へと戻って行った。


***


 川沿いに歩いていると、いくつもの大きな岩が川の水を塞いでいるのに出くわした。


「わあー、水がせき止められてる」


 アンジェリカが確かめるように大岩をとんとんとノックすると、大岩は次々と真っ二つに割れた。


 途端に水があふれ出して、川が怒涛の勢いで流れ出して行った。


 アンジェリカは高台で村の様子をながめる。家々から人々が飛び出してきて、大歓声をあげていた。


 乾いた大地に水が染み込むまでには、時間がかかる。はじめは水を弾くように、次第に水を含んでふっくらとなる大地をながめながら、アンジェリカは川沿いを歩いた。


 途中で大雨の日のように土砂で川の水が汚れているのに気がついて、アンジェリカは泥を川底に沈めた。


 そうして多すぎた川の水を空に飛ばして、村や森に雨を降らせた。

 動物たちも、村人たちも久々の雨に喜んでいる。


 けれども人間たちは誰も、アンジェリカが雨を降らせたことに気付かない。


 アンジェリカ・フローライトはただ、そのテイム能力のすさまじさから、悪魔だの魔法使いだの、アンタッチャブル・アンジェリカだの、カラミティ・アンジェリカだのと呼ばれているだけである。


「ただいまー」


 家の扉が自動で開き、アンジェリカを迎え入れる。窓辺に小鳥たちが集まって、うれしそうに鳴いていた。


 神のいとし子であるアンジェリカは、動物たちに囲まれながら、無邪気かつのんきに過ごしている。


 奇跡を起こした聖人としてアンジェリカが讃えられるようになるのは、後世のことだ。


<おわり>

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