表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/11

第8話:マーケティング・プロモーション

 箱根駅伝から3日後。

 世間ではまだ「幻の区間新」のニュースが冷めやらぬ中、星雅大学の最上階、理事会室にて、一人の女子大生が重厚な円卓を叩きつけていた。


「——というわけで! 今回の湊カケル先輩の露出による広告換算価値は、試算で約30億円に上ります!」


 星野アスナは、プロジェクターに映し出されたグラフを指し棒で叩き、居並ぶ理事たちを睨みつけた。

 彼女の迫力に、白髪の老人たちはたじろいでいる。


「さ、30億……? たった1時間の走りでかね?」

「はい。テレビ中継の視聴率、ニュース番組での二次利用、WEB記事、SNSでの拡散数……すべて含めればそれ以上です。

 今まで『名前も知らないFラン』扱いされていた本学の知名度は、今や全国区です」


 アスナは冷徹に言い放った。

 彼女は陸上部のジャージではなく、パリッとしたスーツに身を包んでいる。

 この日のために用意した「勝負服(戦闘用)」だ。


「ですが理事長。この熱狂は一過性のものです。

 放っておけば、来月には忘れ去られます。

 この30億円の価値を、来年の『優勝』という確定した未来へ投資するか、それともドブに捨てるか。……経営者としての判断を仰ぎたく」


「ゆ、優勝だと!? 男子部は予選落ちしたばかりじゃないか」 「だからこそです!」


 アスナは手元の資料を配った。

 そこには、今回のカケルの発言に反応して問い合わせてきた、高校生・大学生のリストがあった。


「湊先輩の『俺と一緒に歴史をハックしたい奴は来い』という言葉に、全国の『訳あり』たちが反応しています。

 強豪校の管理的な指導に馴染めない天才。

 怪我で干された元エリート。

 彼らを獲得し、湊メソッドで再生させれば、来年の優勝は夢物語ではありません」


 彼女は一息つき、要求リストを突きつけた。


【男子陸上競技部強化案】

特待生枠の拡大:学費全額免除+生活費支給枠を5名分新設。

合宿所の建て替え:現在の廃屋(築40年)を取り壊し、女子部と同水準の設備へ。

遠征費・栄養管理費の増額:年間予算を現在の50倍(3000万円)へ。


「ご、50倍!? 無茶苦茶だ!」

「30億の広告費に比べれば、たったの1%ですよ? コスパ最強じゃないですか」


 アスナは不敵に微笑んだ。

 その笑顔は、可憐な女子大生のものではなく、完全に「商売人」のそれだった。


「もし承認いただけないなら……湊先輩は来年、他大学へ編入するそうです(嘘だけど)。  既に数校から引き抜きのオファーが来ています。  『幻のエース』をみすみす手放し、他校で活躍されたら……星雅大学の恥ですね?」


「うっ……」


 理事長が絶句する。

 それは脅迫だ。だが、効果的な脅迫だ。


 沈黙が支配すること数十秒。

 理事長は重々しく口を開いた。


「……わかった。承認しよう。

 ただし、結果が出なければ即座に打ち切るぞ」


「ありがとうございます! ……あ、それと、監督は雇わなくて結構です。全権限を湊先輩(と私)にください」

「好きにしたまえ……」


 こうして、アスナは大学から莫大な「軍資金」を強奪することに成功した。


 ***


 男子陸上部のボロ部室。


「……ダメだな」


 俺、湊カケルは、机の上に積み上げられた履歴書の山を、次々とゴミ箱へ放り込んでいた。

 大学の広報課から転送されてきた「特待生希望者」の書類だ。

 その数、200通以上。


「あーあ、もったいない。これなんて5000m14分台の高校生ですよ?」

「いらん。フォームが綺麗すぎる。伸び代がない」


 俺は淡々と選別フィルタリングを続ける。

 世間の熱狂に釣られて集まってきた有象無象。

 その大半は、俺の求めている「パーツ」ではない。


「俺が欲しいのは、ただの『速い奴』じゃない」

「じゃあ何なんですか?」


 部室に戻ってきたアスナが、獲得した予算の承認書をヒラヒラさせながら尋ねる。

 俺は手を止めた。


「『壊れた奴』だ」


「壊れた?」


「今の駅伝界は、システム化されすぎている。

 綺麗なフォーム、ありふれた練習、優等生的なメンタル。

 そういう奴らは、箱根(約20km)という距離を平均点以上で走ることはできるが、突き抜けることはできない」


 俺は一枚の履歴書を拾い上げた。

 写真の男は、目つきが悪く、履歴書の志望動機欄には『走れれば何でもいい』と殴り書きされていた。


「俺たちが常連校システムに勝つには、システムからはじき出された『異物バグ』を集めた方が早い。  一点突破に特化した、歪な才能。  それを俺が組み上げて、最強の兵器にする」


 俺はその履歴書を、「採用候補」のトレイに放り投げた。


「予算は取ってきたか?」

「はい。満額回答です。寮も建て替えますし、特待生枠も5つ確保しました」

「上出来だ。……じゃあ、買い付け(スカウト)に行くぞ」


 俺は立ち上がった。

 手元に残った履歴書は、わずか4枚。


 火野(Hino): 元インターハイ王者。度重なる怪我で引退勧告済み。

 雪村(Yukimura): 無名校出身。トラック記録なし。

 雷兄弟(Ikazuchi Bros): 素行不良で退部になった双子。


「こいつらが、俺の記録を『公式』にするための生贄パーツだ」


「言い方……。でも、面白そうなメンツですね」


 アスナがリストを覗き込み、ニヤリと笑う。

 俺たちは顔を見合わせた。

 共犯者同士の、悪巧みの時間だ。


「行くぞ、全国行脚だ。  来年の箱根……星雅大学は劇団一人じゃなくなる」


 俺たちはボロ部室を出た。

 冷たい冬の風が吹いていたが、そこには確かな春の匂いが混じっていた。

 リクルーティング・ウォーズの幕開けである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ