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20/22

閑話:箱根がハックされた日

 1月3日、午後3時。

 箱根駅伝の全日程が終了し、閉会式が行われている最中。


 日本のインターネット空間、およびマスメディアは、有史以来最大級の「カオス」に飲み込まれていた。


 原因は一つ。

 無名の弱小校・星雅大学が、絶対王者・青山学院大学を「7秒差」で下し、初出場初優勝を成し遂げたからである。


 ***


 【SNSトレンド(日本)】

#星雅大学優勝

#凡人の意地

#松田キャプテン

#7秒差

#胃薬売り切れ

#カケル監督

#復路の凡人たち(褒め言葉)

#ユージン

#青学猛追

#感動をありがとう



 【リアルタイム・タイムライン】


@ekiden_freak 手が震えてツイートできない。 10時間43分23秒。大会新記録。 しかも2位と7秒差って何? #箱根駅伝


@shinjuku_ol_002

10区の松田くんがゴールした瞬間、スタバで見てた全員が拍手してた。

「俺は凡人だ」って顔して走ってたのに、最後だけ主人公すぎた。

泣きすぎてマスカラ全部落ちた。責任取って結婚して。


@rikujo_otaku_desu

冷静に分析すると、カケル監督(選手兼任)の采配が狂気じみてる。

往路で5分半稼いで、復路で5分23秒使い切る計算。

「勝てばいい」を極限まで突き詰めるとこうなるのか。

心臓に悪いわ!


@seiga_student

うちの大学、サーバー落ちて復旧しないwww

願書請求の電話も鳴り止まないらしい。

偏差値爆上がり確定演出きました。

湊先輩、銅像建てられるんじゃない?


@kintore_gachi

9区ユージンの走り見たか?

あれは人間じゃない。黒い豹だ。

でもゴール後、泣きながら松田キャプテン抱きしめてて、俺の涙腺も崩壊した。

友情パワーって実在したんだな。


 ***


 【巨大匿名掲示板・陸上実況スレ】


【速報】星雅大学、ガチで優勝してしまう


1 :名無しのランナー:202X/01/03(水) 14:00:00.00 ID:HaCkErWiN

お前ら、生きてるか?

俺は10区のラスト1kmで心肺停止した。


2 :名無しのランナー:202X/01/03(水) 14:00:15.55 ID:BonJinSuko


1

成仏しろ。俺もだ。

松田がスパートかけた瞬間、脳汁で溺れたわ。


5 :名無しのランナー:202X/01/03(水) 14:01:22.88 ID:AnalysisMan

今回の勝因まとめ。


往路:バケモノ博覧会(火野、カケル、雷兄弟、雪村)。ここで5分30秒の貯金を作る。

復路(6,7,8区):凡人たちが「死ぬ気で粘る」。貯金を切り崩しながら耐える。

9区:最終兵器ユージン。貯金ゼロになった瞬間にリセット&1分貯金。

10区:キャプテン松田。1分を使い切り、最後は「気合」で7秒残す。


15 :名無しのランナー:202X/01/03(水) 14:03:40.11 ID:AoGakuFan 青学ファンだけど、今回は完敗だわ。 新記録出しても勝てないとか、相手が悪すぎる。 ていうか、星雅の復路メンバー、持ちタイムより1分以上速く走ってる奴いなかった? 火事場の馬鹿力怖すぎ。


 ***


 【テレビ番組:ニュース・ゼロアワー】


スタジオ:「……いやはや、凄まじい結末でした」


キャスター:「街の声を聞いても、日本中が感動の渦に包まれています。 さて、解説の古賀さん。今回の星雅大学の優勝、どうご覧になりましたか?」


解説者レジェンド:「うーん、正直言って、私の常識では測れませんね。

往路であれだけのタイムを出して、復路であれだけ追い上げられる。

普通なら、9区で追いつかれた時点でメンタルが折れますよ。

でも、彼らは折れなかった。

特に10区の松田くん。彼の走りは、技術論じゃない。『想い』の強さですね」


キャスター:「『想い』ですか」


解説者:「ええ。タスキに染み込んだ汗の重さですよ。

湊くんやユージンくんといった天才たちが繋いでくれたタスキを、凡人の自分が途切れさせるわけにはいかない。

その責任感が、最後のスパートを生んだんでしょう。

……いやあ、いいもの見せてもらいました。やっぱり駅伝は、ドラマですね」


 ***


 【星雅大学・祝勝会場(大手町某ホテル)】


 フラッシュの嵐。

 無数のマイク。

 ひな壇に座らされた選手たちは、慣れない注目にガチガチに緊張していた。


 特に、アンカーの松田は、借りてきた猫のように縮こまっている。


「えー、松田選手。最後のスパート、どんなお気持ちでしたか?」


「は、はい……あの、死ぬかと……いえ、死んでもいいと……あ、やっぱり生きててよかったです」


 会場にドッと笑いが起きる。

 その横で、カケルは仏頂面でマイクを握っていた。


「湊選手、監督として、今の心境は?」


「……疲れたので帰って寝たいです」


「ははは! またまたご冗談を! 来年の抱負は?」


「来年? 出ませんよ。俺の目的は『優勝すること』でしたから。もう達成しました」


 カケルの爆弾発言に、記者たちが騒然とする。

 だが、すかさずアスナがマイクを奪い取った。


「あーっ! 湊監督は照れ屋さんですねー!

 もちろん連覇目指します! 三冠も狙います!

 星雅大学はこれからも進化し続けますよー!

 あ、入部希望の高校生は、こちらのQRコードからエントリーをお願いします!

 今なら『優勝記念・カケル先輩のスパルタ練習メニュー(PDF)』をプレゼント!」


 アスナはテレビカメラに向かって、満面の営業スマイルでフリップを掲げた。

 彼女の目には、既に「来年の予算」と「スポンサー収入」の皮算用が見えている。


 ***


 【控室にて】


 会見が終わり、ようやく人心地ついた部員たち。

 カケルは、パイプ椅子に深く腰掛け、大きく息を吐いた。


「……たく、騒がしい連中だ」


「いいじゃないですか、先輩。主役なんですから」


 アスナが、冷えたスポーツドリンクを差し出した。

 彼女もまた、化粧が崩れるほど泣いた痕跡があるが、今は生き生きとしている。


「グッズの売上、速報値で1億円超えましたよ」


「……お前、本当に商魂たくましいな」


「当然です! これで来年は合宿所にサウナと温泉が作れます!」


 カケルは苦笑し、ドリンクを受け取った。

 ふと見ると、部屋の隅で松田がスマホを見ながら泣いている。

 火野や雷兄弟、ユージンたちが、彼を囲んでからかっていた。


「おいキャプテン、泣きすぎだろ」

「トレンド入りしてお前有名人じゃん。『国民の凡人』だってさ」

「マツダサン、泣かないで。ボクモ、もらい泣きしちゃう」


 やかましくも、温かい光景。

 数年前まで、廃部寸前の「お荷物」だったチームが、今や日本の頂点にいる。


 カケルは、ふと自分の掌を見た。

 タスキの感触はもうない。

 だが、確かな熱だけが残っていた。


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