閑話:箱根がハックされた日
1月3日、午後3時。
箱根駅伝の全日程が終了し、閉会式が行われている最中。
日本のインターネット空間、およびマスメディアは、有史以来最大級の「カオス」に飲み込まれていた。
原因は一つ。
無名の弱小校・星雅大学が、絶対王者・青山学院大学を「7秒差」で下し、初出場初優勝を成し遂げたからである。
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【SNSトレンド(日本)】
#星雅大学優勝
#凡人の意地
#松田キャプテン
#7秒差
#胃薬売り切れ
#カケル監督
#復路の凡人たち(褒め言葉)
#ユージン
#青学猛追
#感動をありがとう
【リアルタイム・タイムライン】
@ekiden_freak 手が震えてツイートできない。 10時間43分23秒。大会新記録。 しかも2位と7秒差って何? #箱根駅伝
@shinjuku_ol_002
10区の松田くんがゴールした瞬間、スタバで見てた全員が拍手してた。
「俺は凡人だ」って顔して走ってたのに、最後だけ主人公すぎた。
泣きすぎてマスカラ全部落ちた。責任取って結婚して。
@rikujo_otaku_desu
冷静に分析すると、カケル監督(選手兼任)の采配が狂気じみてる。
往路で5分半稼いで、復路で5分23秒使い切る計算。
「勝てばいい」を極限まで突き詰めるとこうなるのか。
心臓に悪いわ!
@seiga_student
うちの大学、サーバー落ちて復旧しないwww
願書請求の電話も鳴り止まないらしい。
偏差値爆上がり確定演出きました。
湊先輩、銅像建てられるんじゃない?
@kintore_gachi
9区ユージンの走り見たか?
あれは人間じゃない。黒い豹だ。
でもゴール後、泣きながら松田キャプテン抱きしめてて、俺の涙腺も崩壊した。
友情パワーって実在したんだな。
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【巨大匿名掲示板・陸上実況スレ】
【速報】星雅大学、ガチで優勝してしまう
1 :名無しのランナー:202X/01/03(水) 14:00:00.00 ID:HaCkErWiN
お前ら、生きてるか?
俺は10区のラスト1kmで心肺停止した。
2 :名無しのランナー:202X/01/03(水) 14:00:15.55 ID:BonJinSuko
1
成仏しろ。俺もだ。
松田がスパートかけた瞬間、脳汁で溺れたわ。
5 :名無しのランナー:202X/01/03(水) 14:01:22.88 ID:AnalysisMan
今回の勝因まとめ。
往路:バケモノ博覧会(火野、カケル、雷兄弟、雪村)。ここで5分30秒の貯金を作る。
復路(6,7,8区):凡人たちが「死ぬ気で粘る」。貯金を切り崩しながら耐える。
9区:最終兵器ユージン。貯金ゼロになった瞬間にリセット&1分貯金。
10区:キャプテン松田。1分を使い切り、最後は「気合」で7秒残す。
15 :名無しのランナー:202X/01/03(水) 14:03:40.11 ID:AoGakuFan 青学ファンだけど、今回は完敗だわ。 新記録出しても勝てないとか、相手が悪すぎる。 ていうか、星雅の復路メンバー、持ちタイムより1分以上速く走ってる奴いなかった? 火事場の馬鹿力怖すぎ。
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【テレビ番組:ニュース・ゼロアワー】
スタジオ:「……いやはや、凄まじい結末でした」
キャスター:「街の声を聞いても、日本中が感動の渦に包まれています。 さて、解説の古賀さん。今回の星雅大学の優勝、どうご覧になりましたか?」
解説者:「うーん、正直言って、私の常識では測れませんね。
往路であれだけのタイムを出して、復路であれだけ追い上げられる。
普通なら、9区で追いつかれた時点でメンタルが折れますよ。
でも、彼らは折れなかった。
特に10区の松田くん。彼の走りは、技術論じゃない。『想い』の強さですね」
キャスター:「『想い』ですか」
解説者:「ええ。タスキに染み込んだ汗の重さですよ。
湊くんやユージンくんといった天才たちが繋いでくれたタスキを、凡人の自分が途切れさせるわけにはいかない。
その責任感が、最後のスパートを生んだんでしょう。
……いやあ、いいもの見せてもらいました。やっぱり駅伝は、ドラマですね」
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【星雅大学・祝勝会場(大手町某ホテル)】
フラッシュの嵐。
無数のマイク。
ひな壇に座らされた選手たちは、慣れない注目にガチガチに緊張していた。
特に、アンカーの松田は、借りてきた猫のように縮こまっている。
「えー、松田選手。最後のスパート、どんなお気持ちでしたか?」
「は、はい……あの、死ぬかと……いえ、死んでもいいと……あ、やっぱり生きててよかったです」
会場にドッと笑いが起きる。
その横で、カケルは仏頂面でマイクを握っていた。
「湊選手、監督として、今の心境は?」
「……疲れたので帰って寝たいです」
「ははは! またまたご冗談を! 来年の抱負は?」
「来年? 出ませんよ。俺の目的は『優勝すること』でしたから。もう達成しました」
カケルの爆弾発言に、記者たちが騒然とする。
だが、すかさずアスナがマイクを奪い取った。
「あーっ! 湊監督は照れ屋さんですねー!
もちろん連覇目指します! 三冠も狙います!
星雅大学はこれからも進化し続けますよー!
あ、入部希望の高校生は、こちらのQRコードからエントリーをお願いします!
今なら『優勝記念・カケル先輩のスパルタ練習メニュー(PDF)』をプレゼント!」
アスナはテレビカメラに向かって、満面の営業スマイルでフリップを掲げた。
彼女の目には、既に「来年の予算」と「スポンサー収入」の皮算用が見えている。
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【控室にて】
会見が終わり、ようやく人心地ついた部員たち。
カケルは、パイプ椅子に深く腰掛け、大きく息を吐いた。
「……たく、騒がしい連中だ」
「いいじゃないですか、先輩。主役なんですから」
アスナが、冷えたスポーツドリンクを差し出した。
彼女もまた、化粧が崩れるほど泣いた痕跡があるが、今は生き生きとしている。
「グッズの売上、速報値で1億円超えましたよ」
「……お前、本当に商魂たくましいな」
「当然です! これで来年は合宿所にサウナと温泉が作れます!」
カケルは苦笑し、ドリンクを受け取った。
ふと見ると、部屋の隅で松田がスマホを見ながら泣いている。
火野や雷兄弟、ユージンたちが、彼を囲んでからかっていた。
「おいキャプテン、泣きすぎだろ」
「トレンド入りしてお前有名人じゃん。『国民の凡人』だってさ」
「マツダサン、泣かないで。ボクモ、もらい泣きしちゃう」
やかましくも、温かい光景。
数年前まで、廃部寸前の「お荷物」だったチームが、今や日本の頂点にいる。
カケルは、ふと自分の掌を見た。
タスキの感触はもうない。
だが、確かな熱だけが残っていた。




