第9話:ハッカーと4人の駒
2月。
箱根駅伝の熱狂が冷めやらぬ中、俺とアスナは日本列島を北へ南へと移動していた。
移動手段は新幹線……ではなく、アスナが大学の予算でレンタルした高級ワンボックスカーだ。
運転手は、じゃんけんで負けた俺である。
「先輩、次は長野県です! 応募書類No.042、火野瞬との面会予約、取れてますよ!」
「助手席で駅弁食ってるだけの奴は気楽でいいな……」
俺たちは、書類選考をパスした「システムのエラー(バグ)」たちの現物確認(最終面接)の旅に出ていた。
今回のリクルーティングにおいて、俺たちが頭を下げる必要はない。
なぜなら、彼らは俺の「ハック宣言」を見て、自ら熱狂し、藁にもすがる思いで履歴書を送ってきた連中だからだ。
やる気はある。ありすぎるくらいだ。
俺が確かめるべきは、その熱意が「使える」ものかどうか、それだけだ。
***
FILE 01:ガラスの脚を持つ志願者
対象者:火野 瞬(Hino Shun)
所在:長野県・某リハビリテーションセンター
指定された場所は、雪深い山中のリハビリ施設だった。
そのグラウンドで、一人の青年が痛々しい足取りで、しかし鬼気迫る表情で走っていた。
火野瞬。元インターハイ王者。
彼は応募書類にこう書いてきた。
『足が折れてもいい。あと一度だけでいいから、トップで走りたい』と。
「……来てくれたんですね、湊さん」
俺たちに気づいた火野が、汗だくで歩み寄ってくる。
その目は、獲物を狙う獣のように飢えていた。
「書類、読みました。俺の『ガラスの脚』でも、箱根を走らせてくれるって本当ですか?」
「ああ。だが条件がある」
俺はタブレットを取り出し、彼が送ってきた走行データと、俺が構築したシミュレーションモデルを見せた。
「お前の骨折箇所は、着地衝撃を吸収する脛骨の一部だ。今の綺麗なフォームのままじゃ、5kmで砕ける」
「わかってます……! だから、医者にも見放された」
火野が悔しそうに唇を噛む。
「だから、走り方を変えろ」
俺は新しいフォームの設計図を提示した。
「着地をフォアフット(つま先寄り)に変え、衝撃をふくらはぎの筋肉で吸収する。さらに骨盤の回旋を使ってストライドを稼ぐ。
陸上の教科書には載っていない『邪道』な走り方だ。習得には激痛が伴うし、見た目も美しくない」
俺は彼を試すように見据えた。
「元王者のプライドを捨てて、泥臭い『変則走法』を受け入れる覚悟はあるか?」
火野は迷わなかった。即座に頷いた。
「プライドなんて、とっくに捨てました。
あの『幻の区間新』を見た時から、俺の憧れは教科書通りの王者じゃない。
……常識をぶっ壊す、あなたのようなランナーです」
合格だ。
俺は「採用通知」代わりの新しいトレーニングメニューを渡した。
【獲得:1区候補・火野瞬】
***
FILE 02:雪原からの挑戦状
対象者:雪村 猟(Yukimura Ryo)
所在:新潟県・山間部の集落
次のターゲットは、携帯の電波も届かないような豪雪地帯にいた。
道なき道を、腰まで雪に埋まりながら進む。
「先輩、本当にこんなところに選手がいるんですか……?」
「本人が『ここで待つ』と書いてきたんだ。……いたぞ」
俺が指差した先。
純白の雪原を、何か黒い影が疾走していた。
カンジキも履かず、長靴だけで。その速度は、平地を走るのと変わらない。
雪村猟。
無名校出身だが、履歴書の自己PR欄には『山なら誰にも負けねぇ』と一言だけ書かれていた。
「おう! 待ってたぞ、東京のハッカー!」
雪村は俺たちを見つけると、雪を蹴散らして駆け寄ってきた。
満面の笑みだ。
「テレビで見たぜ! あの坂道の登り方、ありゃあ山を知ってる奴の走りだ!
俺もあんなふうに、東京の奴らをギャフンと言わせてやりてぇ!」
雪村は興奮気味にまくし立てる。
単純だが、純粋な野心だ。
「元気だな。だが雪村、箱根の5区は雪山じゃないぞ?
アスファルトの激坂だ。お前の野生だけで通用するか?」
俺の挑発に、雪村はニヤリと笑い、近くの杉の木を指差した。
高さ10メートルはある木だ。
「俺は毎日、あのてっぺんまで一気に登ってトレーニングしてる。
舗装された道なんざ、俺にとっちゃレッドカーペットみたいなもんだろ?」
言うが早いか、彼は猿のような身軽さで木を駆け登り、枝の上から俺を見下ろした。
「俺を『山の神』にしてくれるんだろ?
だったら連れてってくれよ。一番高い景色を見によ!」
頼もしいバカだ。
アスナが「採用ですね」と耳打ちする。
【獲得:5区候補・雪村猟】
***
FILE 03:シンクロする問題児たち
対象者:雷 ジン・ライ(Ikazuchi Jin/Rai)
所在:神奈川県・湘南のゲームセンター
最後は、一番の厄介者だ。
双子の兄弟、ジンとライ。
高校時代、二人で走ることに固執し、退部させられた問題児。
彼らの履歴書には、『二人セットで採用すること。バラ売り不可』と書かれていた。
ゲームセンターの奥で、二人はレースゲームに興じていた。
筐体を二つ並べ、全く同じライン取り、全く同じタイムで走っている。
「……雷兄弟だな」
俺が声をかけると、二人は同時に振り返り、同時にガムを噛むのをやめた。
顔もそっくりだが、俺を見る目つきの熱さもそっくりだ。
「やっと来たか。待ちくたびれたぜ」
「俺らの条件、飲めるんだろうな?」
兄のジンが挑発的に言う。
「ああ。お前らの条件は『二人で走ること』だろ?
駅伝ならそれが可能だ」
「どういうことだ? 区間は別々だろ」
「タスキだ」
俺は二人の間に割り込み、100円玉を積み上げた。
「3区から4区へ。
兄から弟へ、あるいは弟から兄へ。
タスキという魂を受け渡す瞬間、お前らは繋がる(リンクする)。
世界で一番速いパス回しを見せてみろ」
俺の提案に、二人は顔を見合わせた。
一瞬のアイコンタクト。それだけで意思疎通が完了したようだ。
彼らは同時にニヤリと笑った。
「へっ……いいねぇ。気に入った」
「学校の先生たちは『協調性がない』って言ったけどよ、アンタの話はわかる」
弟のライが立ち上がり、俺に拳を突き出した。
「俺らの『シンクロ』で、箱根のコースレコード塗り替えてやるよ。
そのための戦術、アンタが書いてくれんの?」
「もちろんだ。俺はお前らを制御するOSになる」
俺は突き出された拳に、自分の拳を合わせた。
【獲得:3区・4区候補・雷兄弟】
***
3月上旬。
星雅大学、男子陸上部合宿所。
アスナが勝ち取った予算でリフォームされた真新しい食堂に、スカウトした4人の男たちが集結していた。
火野、雪村、そして雷兄弟。
全員が、それぞれの場所から、自分の足でここに辿り着いた。
「よく来たな、ポンコツ共」
俺が第一声を発すると、彼らは怒るどころか、不敵な笑みで返してきた。
「アンタに言われたくねぇよ、元帰宅部」 「へへっ、面白くなりそうだ」
彼らは理解している。自分たちがシステムから弾かれた不良品であり、だからこそ、このチームでしか輝けないことを。
「1区、火野。お前のトップスピードで流れを作る。
3区・4区、雷兄弟。お前らのシンクロで中盤を支配する。
5区、雪村。お前の野生で山を制圧する。
そして2区は、俺が走る」
俺はホワイトボードに、往路の区間図を描いた。
「俺たちが目指すのは『往路優勝』。そして総合優勝だ。 仲良しこよしは必要ない。 必要なのは『データ』と『結果』だけだ」
俺はアスナに合図を送った。
彼女が部員全員に、最新のスマートウォッチと、分厚いファイルを配る。
ファイルには、分刻みで管理された食事、睡眠、トレーニングのメニューが記載されていた。
「今日からお前らの生活は、全て俺が管理する。
……逃げたい奴はいないな?」
俺の問いかけに、全員が力強く頷いた。
彼らの目には、共通の光が宿っていた。
それは、自分たちを否定した世界を見返し、ひっくり返してやるという、強烈な野心。
「上等だ。……始めようか、革命を」
こうして、最強にして最悪のチーム「星雅大学・駅伝部」の往路メンバーが揃った。 箱根駅伝まで、あと300日だ。




