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無名作者がなろう1位を狙うまでの全記録――ゼロPVから1位へ――全てを公開する創作日誌!  作者: 神谷利休|アコンプリス


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9/15

第九章 あらすじは、本文の説明ではなく読者への招待状だった

 予約投稿は、二十一時ちょうどに公開された。

 私はその五分前から、画面の前に座っていた。何かできることがあるわけではない。すでに本文は登録してある。タイトルも直した。ジャンルも選んだ。タグも確認した。あらすじも書いた。公開時刻が来れば、作品は勝手に外へ出ていく。

 それでも、見届けずにはいられなかった。

 沈んだ作品を作り直したものだった。

 以前の題名は、『母の遺言には、私を産んではいけなかったと書かれていた』だった。重い。悪くない。だが、危機が弱かった。主人公が何を失うのか、読者にとって何が動くのかが見えにくかった。

 改稿後の題名は、

『母の遺言を読んだ日、私は戸籍から消された』

 だった。

 こちらのほうが、少なくとも状況は強い。母の遺言。戸籍から消される。主人公の存在そのものが揺らぐ。ヒューマンドラマでありながら、謎の入口もある。

 私は、これなら前よりは届くと思っていた。

 いや、思いたかった。

 二十一時になった。

 作品が公開される。

 私はすぐにアクセス解析を開いた。

 PV、0。

 当然だ。

 わかっている。

 それでも、0を見ると胸は少し冷える。

 五分後。

 PV、3。

 十七分後。

 PV、11。

 三十分後。

 PV、24。

 悪くはない。

 以前の版より、明らかに初動はいい。タイトルを変えた効果はあるのかもしれない。私はノートに数字を書き込んだ。

 二十一時投稿。

 三十分後、PV24。

 ブックマーク0。

 評価0。

 感想0。

 前版より初動改善。

 そこまで書いて、画面に戻った。

 一時間後。

 PV、41。

 ブックマーク、0。

 評価、0。

 私は眉を寄せた。

 開かれてはいる。

 だが、反応がつかない。

 タイトルでクリックされている可能性はある。以前よりPVは動いている。けれど、ブックマークも評価もない。つまり、開いたあとで読者を掴みきれていない可能性がある。

 本文か。

 冒頭か。

 あらすじか。

 私は自分で書いたあらすじを読み返した。

 母の遺言を開いた日、私は自分の誕生日が別人の命日として記録されていたことを知った。戸籍から私の名前が消え、家族は誰もその理由を語らない。母はなぜ、私を産んではいけなかったと書き残したのか。消された娘が、母の最後の嘘を辿る。

 悪くない、と思っていた。

 具体的な異変は入っている。誕生日と命日。戸籍から消える。家族の沈黙。母の嘘。以前の抽象的な「家族が隠してきた秘密」よりは、ずっとましだ。

 だが、読み返すうちに、別の違和感が浮かんだ。

 情報が多い。

 あらすじの中に、異変を詰め込みすぎている。

 誕生日が別人の命日。戸籍から消える。家族が語らない。母の言葉。最後の嘘。どれも悪くない素材だ。だが、並べすぎると、読者はどれを追えばいいのかわからなくなる。

 あらすじは、設定の倉庫ではない。

 私は、そのことに初めて気づいた。

 タイトルを直すことに集中しすぎて、あらすじを「作品の情報を説明する場所」として扱っていた。読者に知ってほしいことを並べていた。だが、読者があらすじに求めているのは、すべての設定ではない。

 本文を開く理由だ。

 私はノートに大きく書いた。

 あらすじは説明ではない。

 招待状だ。

 書いた瞬間、手が止まった。

 タイトルのときにも似た発見があった。

 タイトルは入口ではなく約束だった。

 ジャンルは分類ではなく約束だった。

 では、あらすじは何か。

 本文へ誘導するための招待状なのだ。

 招待状に、会場の設計図を全部描く必要はない。料理の材料を全部書く必要もない。必要なのは、行ってみたいと思わせることだ。誰が待っていて、何が起こりそうで、そこへ行けばどんな感情に触れられるのか。それを過不足なく伝えること。

 私は、自分のあらすじが招待状ではなく、説明書になっていることに気づいた。

 翌朝、数字はこうなっていた。

 PV、96。

 ブックマーク、1。

 評価、0。

 感想、0。

 前版よりは良い。

 だが、期待したほどではない。

 私は、数字を見ながら妙に冷静だった。落ち込んでいないわけではない。ブックマーク1はありがたい。だが、タイトルを変え、冒頭を直し、ジャンルを意識しても、この程度なのかという思いはある。

 しかし同時に、改善点が見えていた。

 今度は、あらすじだ。

 私は過去作のあらすじをすべて開いた。

 読むのがつらかった。

 昔の自分の文章を読むのは、古い日記を読み返すのに似ている。本人は真剣だった。だからこそ痛い。どの文にも、そのときの自分の精一杯がある。だが、今見ると甘い。

『雨の日の記憶』

 雨の降る日に、私は昔のことを思い出す。失われた時間と、言えなかった言葉をめぐる静かな物語。

 何度読んでも、弱い。

 まず「私」が誰なのかわからない。昔のこととは何か。失われた時間とは何か。言えなかった言葉とは何か。静かな物語とは、書き手の願望であって読者への招待ではない。

『青い窓』

 古いアパートの一室にある青い窓。そこから見える景色は、いつも少しだけ違っていた。孤独な男と、不思議な窓をめぐる物語。

 これも、設定はある。

 だが、主人公が何に巻き込まれるのかが弱い。窓から違う景色が見える。だから何が起こるのか。男は何を失い、何を求めるのか。読者は何を見届けるのか。そこがない。

『最後の手紙』

 ある日、主人公のもとに一通の手紙が届く。それは、もう会えないはずの人からのものだった。過去と現在が交差する、切ない再生の物語。

 便利な言葉が並んでいる。

 過去と現在が交差する。

 切ない。

 再生。

 どれも、読者に何かを伝えているようで、実は何も具体的には伝えていない。

 私はノートに、あらすじの失敗例を書き出した。

 抽象語が多い。

 主人公の状況が見えない。

 問題が曖昧。

 読者への問いがない。

 作品の雰囲気を説明しているだけ。

 作者がどう読んでほしいかを書いている。

 本文を開く理由になっていない。

 書きながら、私は胸の奥が苦くなった。

 あらすじは苦手だと思っていた。

 だが、苦手なのではなく、役割を間違えていたのだ。

 私はあらすじを、本文の要約だと思っていた。あるいは、作品の雰囲気を伝える紹介文だと思っていた。だから、設定やテーマや読後感を並べていた。

 しかし、読者はあらすじを読むとき、採点者ではない。

 読むかどうかを決める人だ。

 その人に必要なのは、長い説明ではない。最初の一歩を踏み出す理由だ。

 私はランキング上位の作品のあらすじを読み直した。

 今度は、タイトルではなくあらすじだけを見る。

 強い作品のあらすじは、必ずしも長くなかった。むしろ、余計な説明をしていないものが多い。最初の数行で主人公と状況を提示する。何が起こるのかを示す。主人公が何を選ばなければならないのかを置く。そして最後に、問いや期待を残す。

 誰が。

 どんな問題に巻き込まれ。

 何を失い。

 何を選ぶのか。

 その先に、どんな感情や驚きが待っているのか。

 私は、その型をノートに書いた。

 あらすじの骨格。

 一、主人公。

 二、異変または問題。

 三、主人公に迫る危機。

 四、読者が知りたい問い。

 五、読むことで得られる感情の方向。

 そこまで書いて、私は自分の失敗作のあらすじをこの型で直してみることにした。

 まず、『雨の日の記憶』。

 元のあらすじは、あまりに抽象的だった。

 私は設定を掘り返す。

 主人公は四十代の男性。妻とは別居中。雨の日に、二十年前に亡くなった同級生の名前が書かれた傘を拾う。その傘をきっかけに、当時言えなかった言葉と、彼女の死の真相に向き合う。

 これを、あらすじにする。

 二十年ぶりの大雨の日、別居中の私は、死んだはずの同級生の名前が書かれた傘を拾った。彼女はなぜ、私に何も告げずに消えたのか。忘れたふりをしていた雨の日の記憶が、壊れかけた今の生活を静かに揺らしていく。

 悪くない。

 少なくとも、以前よりは読者が何を読むのかわかる。

 次に、『青い窓』。

 元のあらすじでは、不思議な窓と孤独な男だけだった。

 設定を掘る。

 古いアパートに住む男。窓の外に、日によって違う未来が見える。最初は些細な変化だったが、ある日、窓の向こうで自分が誰かを殺している光景を見る。男はその未来を避けようとする。

 あらすじにする。

 古いアパートの青い窓には、明日の景色が映る。孤独に暮らす私は、その窓を利用して小さな失敗を避けていた。だがある夜、窓の向こうに映ったのは、見知らぬ女を殺している自分の姿だった。未来を変えようとするほど、私はその部屋へ近づいていく。

 これは、ジャンルも変わる。

 ヒューマンドラマではなく、ホラーかローファンタジーだ。

 あらすじを書き直すだけで、作品の本来の棚まで見えてくる。

 私は少し興奮していた。

 次に、『最後の手紙』。

 設定を掘る。

 主人公のもとに、十年前に死んだ兄から手紙が届く。手紙には、家族だけが知るはずのことと、まだ起きていない事件の予告が書かれている。主人公は兄の死が事故ではなかったことに気づく。

 あらすじにする。

 十年前に死んだ兄から、私のもとに手紙が届いた。そこには、家族しか知らない過去と、三日後に起こる殺人の予告が書かれていた。兄は本当に死んだのか。それとも、誰かが兄の名前で私に真実を告げようとしているのか。封印した事故の日が、もう一度動き出す。

 私は椅子の背にもたれた。

 どれも、前よりずっといい。

 なぜ最初からこう書けなかったのかと思った。

 だが、理由はわかっている。

 私は、読者に本文を開かせることを恥ずかしがっていたのだ。

 あらすじで強く引くことは、媚びだと思っていた。設定をはっきり書くことは、野暮だと思っていた。読者に問いを渡すことは、安っぽいと思っていた。

 だが実際には、私は読者に何も渡していなかっただけだった。

 招待状に場所も日時も書かず、「静かな会です」とだけ書いて送っていたようなものだ。

 それでは、誰も来られない。

 私はノートに書いた。

 読者は本文を読む前に、行くかどうかを決めている。

 あらすじは、その判断の最後の扉。

 タイトルで足を止めても、あらすじで入る理由がなければ閉じられる。

 この一文は、かなり重要だと思った。

 タイトルを強くするだけでは足りない。

 タイトルは振り向かせる。

 あらすじは、歩かせる。

 本文は、帰さない。

 私は、その三段階を初めてはっきり意識した。

 その日の夜、私は新しい短編を用意した。

 タイトルは、

『十年前に死んだ兄から、三日後の殺人予告が届いた』

 ジャンルは推理。

 タイトルで状況は伝わる。

 問題は、あらすじだった。

 最初に書いたものは、こうだった。

 十年前に死んだ兄から届いた手紙をきっかけに、主人公は過去の事件と向き合うことになる。家族の秘密と、三日後に起こる殺人の謎を追うミステリー。

 私はすぐに消した。

 また、抽象語に逃げている。

 家族の秘密。

 過去の事件。

 謎を追うミステリー。

 それでは弱い。

 私は骨格に沿って書き直した。

 十年前、兄は踏切事故で死んだ。そう信じていた私のもとに、兄の筆跡で一通の手紙が届く。そこには、三日後に母が殺されること、そして犯人が私であることが書かれていた。死者からの予告は、嘘か、罠か、それとも兄が残した最後の告発なのか。

 こちらのほうが、はるかに強い。

 主人公がいる。

 状況がある。

 危機がある。

 三日後に母が殺される。

 犯人が主人公。

 問いがある。

 兄は死んでいるはずなのに、なぜ手紙が届くのか。

 読む理由がある。

 私はさらに一文足すか迷った。

 過去と現在が交差する、家族の罪の物語。

 打ってから、すぐ消した。

 いらない。

 それは作者の説明だ。

 読者は、すでに家族の罪の物語だと感じられる。わざわざ言う必要はない。むしろ、最後に抽象的な文を足すことで、せっかくの引きが弱まる。

 あらすじは、言いたいことを全部書く場所ではない。

 削る場所でもある。

 私は投稿画面で、あらすじを何度も読み返した。

 長すぎないか。

 短すぎないか。

 設定を出しすぎていないか。

 逆に、本文を開く理由が残っているか。

 読者が知りたい問いはあるか。

 主人公の危機は見えるか。

 ジャンルの約束は合っているか。

 以前なら、ここまで考えなかった。

 あらすじ欄は、投稿前に埋める面倒な空欄だった。今は違う。読者が本文へ入るかどうかを決める、細い橋だった。

 橋が弱ければ、本文まで来ない。

 二十一時、投稿した。

 数字は、すぐに動いた。

 五分後、PV、5。

 十五分後、PV、18。

 三十分後、PV、46。

 一時間後、PV、103。

 ブックマーク、3。

 評価、4pt。

 私は画面を見ながら、唇を噛んだ。

 動いている。

 かなり動いている。

 もちろん、タイトルも強い。題材も推理向けだ。投稿時間も良い。だが、あらすじも効いているのではないかと思った。

 あらすじを読むことで、読者が本文へ進んでいる。

 そう信じたくなる数字だった。

 翌朝、PVは三百を超えていた。

 ブックマークは7。

 評価は14pt。

 感想はまだなかった。

 ランキング下位にも入っていた。

 私は、ランキングページで自分の作品名を見つけたとき、前回よりは冷静だった。もちろん嬉しい。スクリーンショットも撮った。だが、今回は「なぜ入ったのか」を少しだけ説明できる気がした。

 タイトルで異変を示した。

 あらすじで危機と問いを渡した。

 ジャンルを推理に合わせた。

 冒頭で手紙を開かせた。

 この流れが、少なくとも前より整っていた。

 私はノートに記録した。

 タイトルで足を止める。

 あらすじで本文へ誘導する。

 冒頭で約束を始める。

 中盤で問いを深める。

 終盤で約束を回収する。

 この順番が崩れると、読者は離れる。

 昼前、感想がひとつ来た。

 私は、以前ほど慌てずに開いた。

 とはいえ、心臓は速かった。

 感想は短かった。

 あらすじで気になって読みました。兄の手紙の真相が思ったより苦くてよかったです。

 私は、画面を見つめた。

 あらすじで気になって読みました。

 その一文だけで、十分だった。

 届いた。

 あらすじが、招待状として機能した。

 読者が、それをきっかけに本文を開いた。

 私はノートに、その言葉をそのまま書き写した。

 あらすじで気になって読みました。

 何度見ても、嬉しかった。

 もちろん、一人の感想だ。

 すべての読者がそうだったわけではない。だが、一人でもそう言ってくれたなら、あらすじを直した意味はあった。

 私はしばらく、投稿済み作品の一覧を眺めていた。

 タイトルを直した作品。

 ジャンルを選び直した作品。

 あらすじを変えた作品。

 それぞれの数字が、少しずつ違う。

 すべてが成功したわけではない。沈んだものもある。伸び悩んだものもある。期待したほど反応がないものもある。だが、もう完全な闇ではなかった。

 どこを直せば何が変わるのか。

 その関係が、少しずつ見えてきていた。

 夕方、私はあらすじ専用のメモを作った。

 そこには、いくつかのルールを書いた。

 主人公を早く出す。

 問題を具体的にする。

 抽象語で逃げない。

 読者が知りたい問いを置く。

 結末までは言わない。

 ただし、読む価値は示す。

 作者の感想を書かない。

 読者の感情を指定しない。

 雰囲気ではなく、状況を渡す。

 最後の一文で、本文へ押し出す。

 私はそのメモを読み返した。

 どれも当たり前のことに見える。

 だが、その当たり前を積み重ねるのが難しい。

 創作は、ひらめきだけでできているわけではない。少なくとも、投稿サイトで読者に届かせるには、本文以外の言葉も整えなければならない。タイトル、あらすじ、ジャンル、タグ、投稿時間。それらは作品の外側にあるようで、実際には読者にとって作品の一部だ。

 本文がどれだけ良くても、あらすじで閉じられたら読まれない。

 読まれなければ、存在しないのとほとんど同じになる。

 その現実は厳しい。

 だが、怖いだけではなかった。

 外側を整えることで、届く可能性が上がる。

 それは、無名作者に残された数少ない武器でもあった。

 夜、私は過去作のあらすじをさらに直していった。

『遠い声』

 元のあらすじは、こうだった。

 夜になると、遠くから誰かの声が聞こえる。声の主を探すうちに、主人公は忘れていた過去と向き合うことになる。

 私は、もう笑うしかなかった。

 忘れていた過去。

 向き合う。

 便利な言葉の墓場だ。

 設定を掘る。

 主人公は、深夜二時になると古いラジオから自分の声を聞く。その声は、翌日に自分が言うはずの言葉を先に話している。最初は便利だが、ある日、ラジオの中の自分が「明日、人を殺す」と告げる。

 あらすじにする。

 深夜二時、壊れたラジオから明日の自分の声が聞こえる。私はその声を頼りに失敗を避けてきた。だがある夜、ラジオの中の私は「明日、君は人を殺す」と告げる。未来の声は予言なのか、それとも誰かが仕掛けた罠なのか。声に従うほど、私は殺人の朝へ近づいていく。

 これなら、ホラーか推理寄りにできる。

 あらすじを直すことで、作品の可能性が見えてくる。

 私は、過去作を捨てなくていいのだと思った。

 そのままでは伸びなかった作品も、入口を変えれば別の読者に届くかもしれない。本文を直す必要もある。タイトルも変えるべきだろう。ジャンルも見直す必要がある。それでも、核は残っている。

 過去の作品は、失敗の塊ではない。

 未加工の鉱石だったのかもしれない。

 磨かなければ光らない。

 だが、光る部分はある。

 私はノートの最後に、その日の結論を書いた。

 あらすじは、本文の説明ではない。

 読者を物語の入口まで連れてくる招待状だ。

 招待状が曖昧なら、誰も会場にたどり着けない。

 招待状が強すぎて本文と違えば、読者は失望する。

 だから、正しく誘う。

 約束し、隠し、問いを残す。

 書き終えたあと、私は少しだけ目を閉じた。

 この数日で、見えるものが増えすぎていた。

 タイトル。

 ジャンル。

 投稿時間。

 あらすじ。

 冒頭。

 数字。

 ランキング。

 どれも大事だとわかるほど、気が遠くなる。小説を書くとは、ただ本文を書くことだと思っていた。だが、投稿サイトで読まれるには、本文の外側にも無数の選択がある。

 そのひとつひとつで、作品の運命が変わる。

 重い。

 だが、面白くもあった。

 何もできないと思っていた頃より、ずっといい。

 直せる場所がある。

 試せることがある。

 失敗を材料にできる。

 それだけで、まだ続けられる。

 私は、ランキング下位に入った作品のページを開いた。

 PVはまた少し増えていた。

 ブックマークもひとつ増えていた。

 感想欄には、あの一文が残っている。

 あらすじで気になって読みました。

 私は、その言葉をもう一度見た。

 派手な賞賛ではない。

 短い感想だ。

 だが、私には十分すぎるほど大きかった。

 あらすじは読まれている。

 そこでもう、作品は始まっている。

 そう思うと、投稿画面のあらすじ欄が、以前とはまったく違って見えた。

 ただ埋める空欄ではない。

 読者を呼ぶための最初の手紙だった。



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