第84話 本物<井戸川萌子side>
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北海道旅行から帰った後に、山崎美音にLINEをした。
お土産を渡したいというメッセージを送ると、『良いですよ。明後日、家に来れますか?』と返信が届いた。
来那と一緒に行きたいと伝えたところ、なぜか三笘さんも加わって4人で会う流れになった。
山崎美音の部屋は、前来た時とは変わらない、黒を基調にしたモダンな雰囲気が漂っている。
三笘さんは、私の顔を見るなり、真っ赤になっていた。……山崎美音は、どんなふうに説明したんだろう。
来那は、物珍しそうに辺りをキョロキョロしていた。黒いウサギのぬいぐるみを見て、「かわいい」と言った。
私は、彼女達の前に「白い恋人」を差し出す。
もっとひねったものの方が良かったかもと思ったけど、山崎美音は「ありがとうございます♪」と、ご機嫌そうにお礼を言った。
「北海道旅行で、一番思い出に残った瞬間ってなんですかー?」
「かわいいキツネを見たことかな」
「それ、本当ですかー? もっとあるでしょー」
「ムッ。何それ。本当に感動したのに——」
「いやいや。そういう意味じゃなくて……来那先輩とラブラブできたんじゃないですか?」
山崎美音が口元を緩ませて、挑発的に聞いた。
——確かに、イチャイチャはしたけども。
「一日中ホテルにいたりしてー? それはもう熱い夜を過ごしたりして——」
「してないから」
来那がピシャリと言った。
「えっ?」
山崎美音は戸惑っている。
「私たち、まだそういう関係じゃないから」
「えええ! 泊まりなのに!? えっ。二人って、付き合っているんですよね?」
「……」
「"本物"になりたくないんですか?」
「本物?」
山崎美音の言葉が引っかかった。
「はい。してみたら、さらに距離が縮まりますよっ。現に鈴加とは、疎遠の危機からこんなに仲良くなれたのにっ」
山崎美音は私たちに見せつけるように、三笘さんをぎゅーっと抱きしめた。
「急に、何なの」
彼女は悪態をつきながらも——離れようとはせず、ただぷいっと唇を尖らせているだけだった。
「——そもそも、本物って何?」
そう言ったのは来那だった。
誰とも目を合わせようとしない。俯いて、低い声を出している。
「えっと……」
珍しく、山崎美音が言い淀んだ。
曖昧な概念であるがゆえに、彼女はすぐには的確な言葉で言い表せないでいた。
「そんな、身体だけでつながることが本物って言うなら……わたしは無理になろうとはしたくない」
「……」
山崎美音は目を泳がせている。空気を読んで、三笘さんから静かに離れた。
「——そもそも、みーたんと私って何なの?」
三笘さんがぽつりとこぼす。
「へっ?」
「えっちはしたけど、友達のままじゃん。そっちの方が不誠実で、"本物"じゃないよ」
「……」
山崎美音は何も言い返すことができない。
自分の支離滅裂さに今さら気付いたのか、頭を抱えていた。
まさか自分が言った何気ない一言が、こんなに周りの情動を煽るとは思っていなかったのだろう。
だけど、山崎美音が言った本物という定義も、一理あるのかもしれない。
私たちは誰しも、きっと確かなものを求めているのだから。
私はカバンからスマホを取り出した。
「——あっ。出た。今『本物 意味』って検索してみたんだけど、『にせものや作りものじゃないこと』って書いてあるよ」
思わず姿勢を正す。
「——だったらさ、本物なんじゃない? 私たちも山崎美音と三笘さんも。だって、事実として起きてることなんだから」
そう。例えばライブ配信中に、女同士で仲良さそうに振る舞っていても、現実にはそんな関係じゃないなら、それは"本物"とは言えないかもしれない。
だけど、私と来那は付き合っている。
山崎美音も三笘さんとは付き合ってるわけじゃないけど、スキンシップを通して関係を深めている。それで十分なんじゃないかな。
「——確かに。電話で"そういうこと"をしたって聞いたときは、ちょっと焦った。私たちはまだしてないのにって——」
3人の視線が、私に集まっているのを感じた。こんなに注目されるのって、生活委員で挨拶運動をしていたときぶりかもしれない。
「でも、比べなくてもいいよね。私たちは私たちのやり方で進めばいいと思う。——ちゃんと、これも本物の関係なんだから」
「うんっ」
来那が私の両手を包み込むように握った。あたたかな笑顔に、ふっと肩の力が抜ける。安心感が広がった。
——私が目を向けるべきだったのは、山崎美音じゃなくて、最初から来那だった。
「いいなぁ」
三笘さんがぽつりとそんなことを言った。
「二人の方が"本物"って感じがします」
「……」
山崎美音は俯いたまま、何かを考えているみたいだった。
そうだ。もっともっと悩めば良い。そうすることで三笘さんのことで頭がいっぱいになって、もっともっと彼女のことを好きになれるはずだろう。
もうここに思いとどまる理由はないように感じた。
「じゃあ、私帰るね」
「あっ。待ってください!」




