第82話 今日の夜さ、一緒にライブ配信しない?<井戸川萌子side>
◇
支笏湖の水は限りなく透明で、まるで空の青をそのまま映したみたいだった。
鳥の声と、風が葉を揺らす音が聞こえる。
私たちは湖畔に腰を下ろして、ぼんやりと湖を眺めていた。
こんなに静かな場所って本当にあるんだ。
横にいる来那の肩が少し触れた。
「……きれいだね」
「うん」
素直な感想を彼女と言い合える今が、湖のように眩しかった。
この瞬間を閉じ込めたくて、スマホのシャッターをそっと押した。
「ここでライブ配信をしたら、リスナーみんな癒されそうじゃない?」
来那が、そんな冗談を言った。
「……うん。かもね」
うなずいた拍子に、視界の端にカヤックの一団が映った。
赤や黄色の船に二人ずつ乗り、息を合わせて水面を進んでいる。
中には、先頭にワンちゃんを乗せたカヤックもあって、ペットも同乗できることを知る。
「のどかでいいね」
「時間がゆっくり過ぎていくよぉ」
旅行では、あちこちの観光地を巡るのも楽しいけれど、行き先を一つに絞って、じっくりと時間を過ごすのも良いなと思った。
「——来那、他に行きたい場所はないの?」
支笏湖に行きたいと提案したのは私だった。
来那は本当は、ショッピングやもっと有名な観光地に行きたかったんじゃないかと、今になってふと思った。
「ないかな」
来那は、まるで景色の中に何かを探すように言葉を紡いだ。
何気ないその仕草に、今という時間を大切に閉じ込めているような気配があった。
——私は来那のことを、勝手なイメージで見ていたのかもしれない。学校では明るく人気者だから、旅行もアクティブに楽しむタイプかと思っていた。
もしかしたら、私も山崎美音のように無意識のうちに人を陽キャ、陰キャとくくってみている部分があるのかもしれない。さすがに、お互いがお互いと仲良くしない方が良いとは思わないけど、もっと中身を見ていくべきだと思った。
湖をボーっと見ていたら、そんな、いろいろなことを考えてしまう。
「萌子?」
彼女に名前を呼ばれてハッとする。
「なに?」
「あっちの売店で、ソフトクリームが食べられるみたい! ねっ。行かない?」
眩しい笑みで私を包んでくれる。せっかくの旅行だ。めいいっぱい楽しみたい。
「うんっ」
来那が先に立つと、私の手を引っ張ってくれる。心強かった。
湖の青と空の青がどこで混ざっているのかわからない。きれいで、曖昧な場所に私たちはいる。静かな湖には雲と木々が揺れて映っている。
それを眺めていると、これまで抱えていた悩みが、取るに足らないことのように思えてきた。
◇
ソフトクリームを食べ終えた私たちは、近くの足湯が楽しめる温泉地に足を運んだ。湯に足をひたしながら、これまでに撮った写真を並んで見せ合った。
「あっ。私の後ろ姿。勝手に撮ったでしょ」
来那のスマホには、支笏湖で売店に向かう私が映っていた。まさか撮られていたなんて知らなかった。
「——絵になったから」
そんな褒めるような言い方をする。ずるい。真っ直ぐな言葉を向けられると、それ以上は何も言えなくなってしまう。
ピコン。
そのとき、LINEの通知が届いた。相手は山崎美音だった。
メッセージじゃなくて、一枚の写真が添付されていた。見てみると、そこに写っていたのは山崎美音と三笘さん。
二人は水族館にいるようで、大きな水槽をバックに仲睦まじく顔を寄せ合っていた。
そっか。デートするって言ってたもんね。
親密で、まるで二人は付き合っているように思えた。——でも、違うんだよね。
「……山崎美音から、LINE来た」
「なんてなんて?」
「写真が届いたから、見て」
来那にスマホを渡すと、彼女は真剣な目で画面を見つめていた。
「これってわたし達に対抗しているってことかな?」
「対抗?」
「うん。ラブラブ対決ってやつだよ。ねぇ、わたし達も写真撮って送ろうよ!」
来那はそう言うと、私の膝にゆっくりと頭を預けた。突然のことに戸惑ってしまう。
えっ。これって、膝枕?
髪の毛がくすぐったかった。
来那はスマホを自撮りモードに切り替えると、迷いなくシャッターを切った。
「えっへっへ」
どうやら、今撮った写真をそのまま山崎美音に送ったようだ。
ピコン。
「おっ。返信早い。なになに『イチャイチャしてますねっ』だって」
来那はご満悦だ。
私は、彼女の髪が足湯の中に入らないように、全力でガードをした。もう……。
周りに人がいないから、別に注目されることはない。
湖に続く、のどかな雰囲気に癒された。
そっと足を動かすと、水面がゆらりと表情を変えた。
——そんなとき、ふと思いつくことがあった。
また来那とライブ配信をしたいな。
フタコンが終わってから、彼女と並んでカメラに映ったことはなかった。
来那のアカウントはBANされたけど、私のアカウントで一緒に出る分には問題ない気がした。
「ねぇ」
「んっ?」
来那は、まだ私の膝に頭を乗せたままだった。甘えん坊みたいでかわいい。
「今日の夜さ、一緒にライブ配信しない?」
「——実はね、わたしも同じこと思っていたのっ」
彼女がすっと身を起こして、わたしの顔を見た。
「"いどっち"とも、これからもいっぱい仲良くしたいもんっ」
「ちょっ。そ、その名前で呼ばないで」
思わず周りをキョロキョロ見渡してしまう。
「えー。レバニラくんは呼んでたのにー?」
「それは、私の本名を知らないからでしょ!」
「そっか。萌子! ……いどっち! えへへっ。井戸川さん!」
「名前のフルコンボで呼ばないで……」
来那のハイテンションさに、私は思わずため息をついた。
「……まぁ。山崎にあてられて急ぐこともないしね。わたし達はわたし達のペースでいこう」
彼女が意味深なことを言った。
「それって……」
「なんでもないっ。足湯も堪能したし、早速、ホテルに戻ろうかっ」
来那が売店で買ったタオルで足を拭いて、身なりを整える。私は、その背中をじっと見つめていた。
——旅の本番は、これから始まるのかもしれない。




