第81話 しちゃった<井戸川萌子side>
『鈴加のファーストキスを奪っちゃったので、もう二度と仲直りできないかもと思っていたのに……急展開! 本当、人生って何が起こるかわからないですねっ』
山崎美音は弾んだ声で、話を続けた。
えっ? えっ?
今確かに、目が覚めるようなワードを言ったよね?
「——な、なんて?」
『だから——』
山崎美音は流暢に、もう一度、最初から話してくれた。
初——の部分は、聞き間違いではなかった。
私と来那がまだ踏み入れたことのない世界を連想させる言葉を、彼女は確かに口にした。
『鈴加って、実は私のこと好きだったんですねっ。えへへっ。夢みたいっ! あっ。女の子同士だから別に痛くなかったですよー』
眠気が宇宙まで吹き飛んでしまった。
「どうなったら、そういうことになるの!?!? というか、山崎美音と三笘さんは付き合っているの!?!?」
『大きな声、出さないでくださいよー。まぁ。今のところ、私達の関係に名前はないですねーっ。でも、今日もデートする予定ですっ! ……あっ。もうこんな時間。そろそろ準備しないと! 先輩達、またねっ』
電話は一方的に切れてしまった。
「……どういうこと?」
来那も混乱したままだった。
話を整理してみると、山崎美音と三笘さんは、恋人同士にはなっていないものの、その……しちゃったということだった。
この前までは絶交していたのに。
あまりに唐突で、むしろ美しいとさえ思った。
「うーん。まぁ、でもそういうこともあるの……かもね? えっと……先越されちゃったねっ」
私を試すような目で見つめた後、そっとほっぺにキスをされた。
朝なのに、なんだか来那は色気があって——。
その、もしかして、私たちも——!?
——と思ったけど、来那はベットからすんなり出て、伸びを一つした。
「そろそろ準備しないと、朝ごはんの時間に間に合わないよっ」
そのままキャリーケースの方に向かい、中を開けて、メイク道具を取り出した。
ベッドに一人取り残された私は、呆気に取られて動けなかった。
朝ごはんなんか食べなくても、もう少しこのままでいたい——。
昨晩、気持ちを言葉にして伝えることの大切さを学んだけど、これはちょっとやっぱり……言えなかった。恥ずかしいからっ!
そんな矛盾を抱えたままの自分に気合いを入れるように、頬を軽く叩き、私も静かにベットを出た。
◇
ホテルの朝食会場には、ビジネスマンや家族連れ、男女のカップルたちの姿があった。
それでも、なんとなく意識が向いてしまうのは女子二人組だった。楽しそうにおしゃべりをしながら朝ごはんを食べている。
二人のスマホケースには、男性アイドルの写真が挟まれている。いわゆる"推し"ってやつなのかな。きっと二人は友達同士だろう。
……私と来那は周りからどう映っているんだろう。恋人同士に見えるのかな。
朝食はビュッフェ形式だった。さすが北海道。イクラが乗った海鮮丼もあった。
各々好きなものを取ってから、来那と向かい合い、「いただきます」と声をそろえた。
ポーカーフェイスを気取っているけど、私の頭の中は、山崎美音と三笘さんのことだらけ。ぐるぐると思考がとらわれてしまっていた。
「……初めてだぁ」
「えっ?」
来那の言葉にドキッとして、思わず聞き返してしまう。
「——こんなに新鮮なサーモンを食べられるなんて。初めて!」
彼女は頬を押さえて、海の幸を堪能している。
「よ、良かったね」
「ふふっ。わたしも、萌子同様、初めてのことがあったら、どんどん宣言していくからねー」
「……」
意識しすぎなのかな。
確かに私にとって、初めての飛行機であり、家族以外との初めての旅行でもあった。
そして、初めてキスをした相手は来那なわけだけど——。
私は、さっきの山崎美音の初——につられて、「初めて」という単語に敏感になっていた。
ぶんぶんと小さく頭を振る。
しっかりしないと!
今日は、バスで支笏湖に行く予定だ。
2日目も来那と一緒にいられるなんて、嬉しい!
私はあらためて旅行の偉大さを噛み締めることになった。




