第80話 ギンガムチェックのパジャマを着た彼女<井戸川萌子side>
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<井戸川萌子side>
目を開けると、隣に来那がいた。寝息をすうすう立てている。
自前のギンガムチェックのパジャマが、彼女にとっても似合っていて、かわいかった。
恋人との旅行って、寝巻きは用意した方が良いんだなぁ。わたしはホテルの備え付けの、薄っぺらいガウンを着ている。胸元がはだけていることに気づき、そっと布を引き寄せて整えた。
手を伸ばしてみるけど、来那には届きそうにない。私達はツインのベッドを、規則正しく分け合って眠りについた。
恋人同士だったら、ふつう隣で寝るみたいだけど、私は離れて寝たかった。だって、一晩中、来那が隣にいたら緊張して、眠ることができないから。
来那との北海道旅行を十分に楽しむためには睡眠はしっかり取りたかった。それでも、眠りについたのは明け方近くだったけど……。
「……おはよぉ」
「おはよ」
どうやら来那が目を覚ましたようだった。彼女はフニャッとした顔で、私に優しく微笑む。
キュンとする。胸が締め付けられて、どこか切ない気持ちになった。
「寝顔、見た?」
「……見てないよ」
「嘘つかなくていいよ。見たでしょ!」
「……うん」
「わーっ。もーっ。恥ずかしい!」
来那がむくっと起き上がり、両手で顔を隠す。あ。寝癖がついている。
「恥ずかしがらなくていいのに」
私はベッドに横になったまま、彼女の一挙一動をじっと見つめていた。
「ねぇ。そっち行っていい?」
「えっ」
「もうちょい、余韻に浸りたいから」
言葉を発する隙もなく、来那は私のベッドに潜り込んできた。
ピタッと布越しに体が触れ合う。ち、近い。
「あったかいね」
「……」
「緊張してる?」
「……」
「暑いくらいだ」
「じゃあ、離れて」
「うそうそ!」
来那は、私の腕にしがみつく。そしてゆっくりと目を閉じた。
まさか二度寝する気?
来那の髪からふわりと漂うのは、私と同じシャンプーの香り。なのに、どうしてだろう。彼女から香るそれは、私のものよりずっと優しくて、甘く感じた。
高鳴っていた鼓動も次第に落ち着いてきて、ふと安心感に包まれた。
そのせいか、私にもじんわりと眠気が訪れる。
そういえば、心から好きな人のそばにいると、不思議とまぶたが重たくなるっていう話も、どこかで聞いたことがある。
おかしいな。昨日の夜はドキドキして、どうしようもなかったのに。
でもそんな矛盾すら、今はどうでもよくて——ただもう少し、この時間が続いてほしかった。
——そのとき、着信音が静寂を破るように響いた。
目をやると、私のスマホが震えていた。
「……電話だ。私、取るね。はい……」
「ありがとう」
スマホが来那の近くにあったので、彼女は眠そうな顔でそれを取って、私に渡してくれた。
「——山崎美音からだ」
「えっ?」
その名を呼ぶと、来那の目がクワっと開いた。
どうしたんだろう。今まで電話なんてくれたことなかったのに。
とりあえず応答ボタンを押して、電話に出た。
『井戸川先輩ですかーー!?』
山崎美音は朝から元気だ。耳をつんざくような大きな声が、電話口から聞こえてくる。
「……何?」
『冷たいですね! まっ。いいですけど!』
私は無視して、そのまま話を聞く。
『あのですね。井戸川先輩には協力してもらったし、一応報告しておこうと思って連絡しましたっ』
「うん?」
話が見えない。私は短く相槌を打って、続きを促した。
『鈴……』
「山崎がどうしたの?」
来那が痺れを切らしたように横から聞いてくる。
『あれっ? ……もしかして近くに来那先輩いますか?』
ご名答。
来那の声は、電話越しの彼女にも、しっかり聞こえたようだった。
『朝早くから一緒にいるなんて——は、はーん。そういうことですね! いいですよっ! 来那先輩にもぜひ聞いてもらいたいので、スピーカーにしてくださいっ!!』
なんだろう。
山崎美音はテンションが高そうだった。
私は深く考えずに、言われたままスピーカーに切り替えた。
「したよ」
『あー。あー。聞こえますか?』
「山崎、おはよう。萌子に何の用?」
『今から言いますよ! ……実はですね。鈴加と仲直りすることができたんですよー!!』
「本当?」
私は目を丸くした。
『はい! あれから鈴加がリスナーとして遊びに来てくれて——SNSからまた繋がって——実際に会って話し合うことができました! これも先輩達のおかげです! 本当にありがとうございました!』
良かった。あれから良い方向に進んだんだ。
図書館で会った三笘さんの顔が思い浮かんだ。
「おめでとう」
『えへへっ。ありがとうございます! それでですね。この前、鈴加と初——をしちゃったんですよ! えへへっ』
えっ?
山崎美音から、そんなわけないというような言葉がこぼれた。




