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第8話 同じクラスになれた<井戸川萌子side>





 神様が手を差し伸べてくれたような気がした。


 学年が上がり2年生になった今、なんと吉瀬さんと同じクラスになることができた。


 とっても嬉しい!!!


 あの横顔を遠くから見ていることしかできなかった日々が終わり、ようやく同じ教室で目が合う距離に立てる。


「ねぇ」


 そんなある日のことだった。

 自分の席の近くにいると、吉瀬さんが私に声をかけてくれた。


 夢にまで見たシチュエーションだった。

彼女は優しい笑みを浮かべていた。


「"井戸田"さん、数学のノート出してもらえるかな?」


 右手を私に差し出してくる。


 私の名前は「井戸川」だ。まさか、間違って呼ばれるなんて……。

 何も考えられずに固まってしまった。


『いどっち、こんにちは〜』


『いどっち、また来てくれたんだ〜』


『いどっちがいてくれると安心する!』


 かつて彼女がライバーとして、私の名前をたくさん呼んでくれたことが思い出された。


 現実の私は、吉瀬さんに間違って名前を覚えられる存在なのだ。


「あれ? 井戸"田"さん?」


 彼女は不安そうな顔をする。


「私、井戸川だけど……」


「えっ。あっ。ごめん。い、井戸川さん!」


 吉瀬さんが慌てる。嘘がつけない素直でいい子なのだ。


「……吉瀬さん。はい。ノート」


 私は自分の席から数学のノートを取り出して、彼女に渡した。


 私はあなたのこと覚えているよという意味も込めて「吉瀬さん」としっかり名前を呼んだ。気づいてないでしょ?


 くるりと背を向けて、その場を去る。私の少しのプライドを守るために、振り返ることはしなかった。


 ——私は吉瀬さんを理想化していたのかもしれない。最初の出会いは、もっと運命めいたものだと勝手に思ってた。


『井戸川さんって名字、珍しいね』


『えっ。そう?』


『もしかして、昔、"いどっち"って名前でわたしのライブ配信に遊びに来てなかった?』


『……!』


『その顔は、当たりでしょ! まさか、高校が一緒なんてね。運命みたいだねっ』


 ——こんな再会になると思っていた。胸がいっぱいで、すぐにでも泣いてしまいそうだった。





 鳴海と教室の後ろで、たわいもない話をしていたときのことだった。


「ねぇ、二人何の話をしてるの?」


 なんと吉瀬さんが話しかけてくれた。驚いた。私は何も言えずに固まったままだった。


「カラオケの話をしていたの」


 鳴海が私の代わりに応えてくれる。


「カラオケ?」


「うん。萌子ちゃんは歌が上手いから。今度行こうって言ってたの。でも、嫌だっていってきかなくて……」


「ちょ、鳴海」


 な、なんで今話していたことを全部言っちゃうの!

 確かにそう言ったけど、吉瀬さんには聞かれたくなかった。


「……へぇ。井戸川さん、歌が上手いんだ!」


 吉瀬さんは私のことをキラキラとした瞳で見つめてくる。一瞬、ライライちゃんの姿と重なった。


「別に、それほどじゃないんだけど……」


 恥ずかしくて目を逸らしてしまう。


「あら〜。謙遜しちゃって」


「……」


「ねぇ! 今ここで歌ってみせてよ」


 吉瀬さんは、そんな突拍子もないことを言った。


 ここで? 教室で?

 みんながいる前で?


 彼女の顔をまじまじと見ていたら、悪意なく言ったことはわかった。


 だけど、"私の素顔を晒した"今の状態で、吉瀬さんの前で歌うのは……とてもじゃないけど嫌だった。


「……だから人前で歌うの苦手なの!!!」


 つい、大きな声を出していた。


 教室中がシーンとする。近くにいる人たちが私を見る。


 私は恥ずかしくなり、その場から消えたくなった。気づけば、足が勝手に教室を出ようとしていた。


 ——吉瀬さんと鳴海をその場に残して。


 おかしいと思われただろうか。でも耐えられなかった。





 頭を冷やして、教室に戻ってきたら吉瀬さんと鳴海が仲良さそうに話している姿を見ることになった。モヤっとする。


「あっ。萌子ちゃんおかえり〜」


 鳴海が顔を上げる。


「……吉瀬さんと何話してたの?」


 顔が強張りながらも、つい聞いてしまう。


「えっ。何って、たわいもないことだよ〜」


「……ふーん。そっか」


「萌子ちゃん。私ね、吉瀬さんと一度話してみたかったの」


 鳴海が真っ直ぐな目をして言う。ズルい。

私が吉瀬さんに言いたかったことを、彼女はスラスラと言葉にすることができる。


 きっと私のように重い感情を持っていないから言うことができるのだろう。


 反射的に吉瀬さんを見るとビクッとした。多分、私の目がキツくなっていたのだろう。いけないいけない。


「吉瀬さん、また話そうね」


 鳴海が涼しい顔をして、吉瀬さんに声をかける。


「う、うん」


 二人の様子を見ていた私はたまらなくなって、鳴海の腕を引いて、教室の隅に連れて行った。


「萌子ちゃん、痛いよ」


「ごめん……」


 パッと掴んだ手を離す。鳴海の顔を直視することができなかった。


「……大丈夫。私はわかっているからね」


「えっ?」


 そんな意味深なことを言って、にっこり笑うと、自分の席に戻った。

 本当は問いただしたかったけれど、もうすぐ授業が始まる時間だったので、私も黙って席につく。

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