第77話 レバニラくん【吉瀬来那side】
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すすきのの近くに美味しい味噌ラーメン屋さんがあるという情報を仕入れたわたしは、萌子と夜の街に飛び出した。せっかく北海道に来たんだから、その土地ならではのものを食べたいという二人の意見が一致した。
ホテルからはちょっと遠い場所にあるので、はぐれないようにぴったり寄り添って歩いた。
ほんのり湿った風がビルの谷間をすり抜けていく。ネオンはゆるやかに瞬き、ビアガーデンからは軽快な音楽が漏れ聞こえてくる。
「手、つなごうか?」
「暑いから嫌」
デートらしく、わたしからエスコートをしたい——と思ったけど萌子はつれない。な、なんで?
彼女の気まぐれに、つい振り回されてしまう。
それなのに、彼女の素っ気ない態度に触れるたび、胸の奥がキュンとなる感覚が生まれていることに気づく。これはいったい、何に近い感情なのだろう。
目的地へ向かって歩いていると、不意にこちらを驚いたような目で見つめる男性と目が合った。
スーツ姿に黒いリュックを背負っている。20代くらいだろうか。髪がワックスで整えられているのか、ツンツンとしていた。
不思議に思いながら様子をうかがっていると、その男性はなんとわたし達の方へ歩み寄ってきた。通せんぼする形で前に来る。
「あ、あの。いどっちだよね?」
「「えっ」」
目の前の男性は、萌子の顔をキラキラとした瞳で見つめていた。
「誰ですか?」
萌子はぶっきらぼうな声で言う。
「すいません。僕、リスナーなんです。レバニラって名前で、よく配信に遊びに行ってます」
「えっ!? あのレバニラくん!? フタコンでも応援してくれたよね!!!」
つい興奮して萌子の代わりに、わたしが答えてしまっていた。
顔を見るのは初めてだったけど、思い描いていた印象とぴったり重なった。
「あ、君……ライライちゃんだよね。フタコンかなり、応援してたんだけど、惜しかったね。でも、まさか出張先の札幌で会えるなんて信じられない。本当に嬉しいなぁ」
わわー。本当にこういうことってあるんだ。
見知らぬ土地で、お馴染みのリスナーに出会うなんて。わたしはその巡り合わせに、ただただ驚いていた。
「レバニラくんだったんだっ! いつも応援してくれてありがとう!」
萌子は先ほどまでの無愛想さはどこか、満面の笑みを浮かべていた。
少しだけ胸がチクっとする。
「いどっち、やっぱり生で見てもかわいい! 良かったら記念に握手してくれる?」
「うんっ。いいよ」
二人はしっかりと手を握り合った。その瞬間、わたしはただ黙って見つめることしかできなかった。
「ありがとうございます! 僕、一生手洗いません!」
「あははっ。大袈裟だよー」
二人の手は自然と離れる。
わたしは内心、胸を撫で下ろした。
「……いどっち、最近配信してないけど、どうしたの?」
「ごめんね。忙しくてー! レバニラくん、いつ配信してもすぐに来てくれるから心強いよー」
「通知オンにしていますからね。そういえば前の配信で——」
レバニラくんは、わたしにはわからない話を繰り広げる。
それを聞いて、萌子が相槌を打って笑う。
わたしはアカウントがBANされてしまったせいで、もう萌子の配信を見に行くことができない。取り返しのつかないことをしてしまったと、胸の奥が締め付けられた。
レバニラくんは、わたしには目もくれない。本当にいどっちのことが好きなんだろうな。
——この旅では、わたしが萌子を独占するはずだったのになぁ。
「……いどっちが本当に好きです!!!」
ハッと我にかえる。
レバニラくんが、いどっちに愛の言葉を伝えている。
「わ〜。嬉しい。ありがとう!」
——きっと、わたしも芸能人やアイドルなんかと街の中でばったり会ったら、テンションが上がっちゃう。
そこまで推していなくても、「ファンです」というようなことを言うかもしれない。
相手が優しく受け止めてくれたら、夢見心地のような気分になるだろう。
ましてはレバニラくんは、いどっち最推しだ。
本当に本当に本当に嬉しいことだろう。
もう今日のことは、一生忘れないキラキラとした宝物になるかもしれない。
邪魔なんかしたくない……。
わかってはいるけど……。
「大丈夫?」
レバニラくんに声をかけられた。不安そうに、こっちを見ている。
……きっとわたし今、拗ねた顔をしている。
駄目駄目。
せっかく高まった空気を壊してしまうのは、心苦しかった。
「ちょっと暑くてバテたみたい! 気にしないで」
「大丈夫? ホテルに戻ろうか?」
「——すいません。少し話しすぎました。そろそろ失礼します。今日はありがとうございました。また配信で!」
レバニラくんは空気を読んで、静かに立ち去ろうとしてくれた。振り返りざまに手を挙げて、にこっと笑ってくれる。
気遣いができる良いファンだということがわかった。




