第76話 来那といろんな初めてを体験したい【吉瀬来那side】
萌子がギンギツネの前に行くと、しゃがんで、恐る恐る手を伸ばした。
先ほど同様、キツネは人懐こそうに撫でられてくれる。
ぱぁっと顔色が明るくなる萌子を見ていると、心が癒された。
あれっ。
空港で会ったときより、なんだか嬉しそうに見えるのは、気のせいかなぁー。
絵になる二人(1匹)だったので、わたしはスマホを向けてパシャリと写真を撮った。
良かれと思ってしたことだけど、萌子から睨まれてしまう。
「急に撮らないで」
ええー!
そっぽを向かれてしまった。
「ごめん」
「来那のスマホに残るものだから、少しでも良く写りたいの」
萌子は前髪にそっと手を添え、整えるように指を滑らせた。
「……じゃあ、あらためて聞くけど、撮っても良い?」
「うん」
こちらにピースサインを向けてくれる。キツネも微動だにせず、目を細めている。サービス精神旺盛な子だと思った。
シャッター音とともに切り取られたその瞬間、萌子は優しく微笑んでいた。
宝物にしよう。わたしはそう心に決めた。
キョロキョロと周りを見ると、夫婦連れが目に入る。
「すいませーん! 彼女と一緒に写真を撮りたいので、シャッター切ってもらっても良いですかー?」
「はい。いいですよー!」
花柄の帽子を被った元気が良い御婦人だった。一つ返事でOKをしてくれる。
すぐさまお礼を告げてスマホを渡し、足早に萌子の元に向かった。
「ちょっと、彼女って……」
不服そうに、耳打ちしてくる。
「んー? 事実だしっ」
そう言ってから、わたしは萌子の肩に手を添えて、ぐっと引き寄せた。
「ひゃ」
萌子が高い声を上げる。
心配したからか、先ほど駆けていった、キタキツネも戻ってきてくれた。心なしか、わたしを睨んでいるように感じる。
「お姉さん達に寄ってきましたねー。じゃあ、撮りますよー!」
「あははっ。はーい!」
わたしは目を細め、自然と笑みがこぼれた。思えば、萌子と写真を撮ったのはこれが初めてだった。
緑に囲まれ、空腹も満たされ、気分は最高。
そよ風が頬を優しく撫でて、わたしは心の底から楽しいと思えた。
◇
たくさんの動物とふれあった後、わたし達は札幌駅前へと戻り、ホテルにチェックインをした。
運が良く、お部屋をグレードアップしてもらうことができた。
「わぁ〜」
「結構、広いね」
キャリーケースを引いて部屋に入ると、並んだ二つのベッドが迎えてくれた。窓際にはテーブルとソファーがあり、大きな窓からは札幌の街並みが見渡せた。
「……」
「……」
どちらからともなく無言になる。あれ。なんか上手く喋れない。
気を紛らわすように、クーラーのリモコンを手に取り、運転開始ボタンを押した。
「……萌子はどっちのベッド使う?」
「手前の方」
「おっけ」
なんとか口を開いて、どっちのベッドを使うかだけ決めた。
わたしは窓際のベッドに腰を下ろし、大きく、うーんと背伸びをした。
飛行機の振動も、街を歩いた足の疲れも、今さらのように身体にのしかかってくる。
ふと視線を上げると、萌子がベッドの前に立って、こちらをじっと見ていた。
「な、なに?」
少し動揺してしまう。
「——家族以外と旅行なんて、初めてだなって思ってたの」
「そっか。飛行機に乗るのも初めてって言ってたもんね」
「——うん。初めてが来那で良かった」
言葉に含みを感じてしまう。思わず、ごくりと唾を呑む。
「キスも、来那が初めてだった」
萌子がそっと隣に腰を下ろす。ベッドの上で肩を並べると、左肩にぬくもりが伝わってきた。
ふと彼女を見ると、どこかいたずらっぽい上目遣いで、じっとこちらを見つめていた。
惹きつけられるように顔を近づける。彼女の唇まで後、数センチという距離だった。
——そしたら突然萌子が、パッとその場に立ち上がった。
「来那といろんな初めてを体験したい」
後ろで手を組んで、愉快そうに笑う。
あ、あれ? 今のってキスするタイミングじゃなかった!?
肩透かしをくらったわたしは、行き場を失った手を大人しく膝の上に置いた。
「う、うん。今回の旅行でいっぱい思い出を作ろうねっ」
少し戸惑いながらも、笑顔で応じた。
萌子はこくりと頷いた後、洗面台の方に向かい、扉を閉めた。トイレにでも行っているのかもしれない。
はーっと、大きなため息をつく。
わたしって、萌子に転がされてる? なんか、余裕があるように見えるけど!?!?
わたしからキスをして、甘々な雰囲気になる予定だったのに——。
今回の旅行で、わたし達の関係はまた一歩変わるだろうか。
外はまだ明るい。お腹も空いてきた。うん。今はそういうムードじゃないよね。うん。
気を取り直して、リモコンを手に取り、テレビの電源を入れた。
画面には、わたし達の地元でも放送されている番組が流れていて、旅先にいながらも、少しだけ日常に戻れた気がして心が和んだ。
夕ご飯は、どこで食べようかな。
スマホを取り出して、良さそうな場所がないか検索してみる。
テレビではご当地ラーメン特集が流れていて、目が釘付けになった。




