第74話 ヤンデレ<井戸川萌子side>
「……まぁ。間違ってはいませんけど!」
彼女は落ち着いているのに、恥ずかしがっていて——どこか怒りも滲んでいるように見えた。
「はぁ。あの子って本当にバカ! デリカシーない!」
呆れ返っている。
うっかり話してしまって、申し訳なさに襲われた。
「——でも、キスされてからずっと胸がドキドキして、ふとした瞬間にあの子の顔が浮かんじゃう私はもっとバカ!」
三笘さんは、叫ぶように言った。
今度は私が目を丸くする番だった。
「もういやっ! みーたんの近くにいると振り回されてばかりっ。だけど、それ以上に惹きつけられてしまう自分が許せないっ」
彼女は三つ編みを振り回しながら、頭を抱えた。
「お、落ち着いて」
「井戸川さんって、みーたんと付き合っているわけじゃないですよね? もしかして、あの子からもうキスされたりしましたか?」
目の奥が真っ黒で、ぞっとした。
「……」
「ねぇ! ねぇ! 答えてよっ」
テーブルを乗り越えてきそうな勢いだった。
ひ、ひぃ。
キャラが違くて戸惑ってしまう。
……もしかしてヤンデレなの?
あまりの恐ろしさに、私は動くことができなかった。
「……ご、ごめんなさい。取り乱しちゃいましたっ」
私のドン引きした様子を見て、彼女は冷静になった。
「……私は山崎美音と付き合っていないし、キスをされたこともない」
心を決めて、事実を打ち明けた。
"ちょんちょん"されたことは、身の安全のために黙っておいた。
「そ、そうでしたか」
「……ねぇ。三笘さん。キラライブで"オリーブオイル"って名前で活動してない?」
気になっていたことを、質問してみた。
「なんで知っているんですか!?」
目が飛び出しそうになっている。
ビンゴだ。
「山崎美音に教えてもらった」
「へ、へぇ」
「ねぇ。三笘さん」
私は彼女の瞳を食い入るように、じっと見つめた。
「もしも、山崎美音のことが好きだったら、素直になった方が良いよ。意地を張っても何も良いことない。仲がさらに拗れるだけ」
三笘さんは黙ったまま私の話を聞いていた。
「……現にあの子は三笘さんと仲直りしたがっていたよ。どうやって連絡すればいいかわからなくて困っていたし」
「みーたん……」
彼女は頬を染めて、うっとりとしている。
「あとは、三笘さん次第だね。このまま距離を置くのも、仲を深めるのもあなた次第」
「……」
このままここにいてもしょうがない。
私は静かに席を立った。
「バイバイ」
「……」
三笘さんは、もう何も言わなかった。
私を見ているはずなのに、視線の先には別の何かを映しているような目だった。
——あとはもう大丈夫だろう。
何の根拠もないけど、不思議とそう思った。
私は、図書館の出口へと足を向けた。
そういえば、結局ライブ配信の本は見つけられなかったなぁ。
でもまあ、また来れば良いか。そんな気軽な思いを胸に、帰り道を急いだ。
◇
「最近、山崎と仲良いね」
「そんなことはないけど」
隣の席に座る来那がぽつりと言った。明らかに不機嫌だ。
今日は朝から雨が降っていて、少し肌寒い。蝉の声も聞こえず、いつもより静かだ。期末テストが終わった解放感からか、生徒たちの足取りは軽やかだった。
来那は、ほっぺを膨らませている。
確かに少し前までは、山崎美音の家にライブ配信のアドバイスに行っていた。
でも、図書館で三笘さんと顔を合わせて以来、彼女の家に呼ばれることはなくなっていた。
きっと二人は仲直りをしたのだろう。そんな風に、私は勝手に思っていた。
「って、わたし。し、嫉妬なんてしていないからねっ」
「うん」
じっと来那の目を見る。前髪が少し伸びたように思う。
きれいな瞳。思わず見惚れてしまう。
「……うそ。ちょっと嫉妬してた」
彼女は先ほどの発言を訂正した。
……こういうところが素直でかわいいと思う。
今すぐ来那に触れたい。だけどここは学校。クラスの人の目がある。
グッと堪えて、ポーカーフェイスを気取った。
「——ねぇ。北海道にはいつ行くの?」
「えっ」
「計画そろそろ立てたほうが良いんじゃないの」
もう少しで夏休みだ。絵空事で終わらせないためにも、しっかりと旅行のことについて話しておきたい。
「——萌子からやっと言ってくれた」
「えっ? 今なんて言ったの?」
「……なんでもないっ」
来那はにっこりと笑みを浮かべた。すっかりご機嫌が直っている。
「今日の放課後、スタバに行こうよ。そこでゆっくり話そうよっ」
「うん。わかった」
「約束ねっ」
小指をそっと絡ませる。胸がキュンと弾んだ。
私はペンケースにぶら下がっているキツネのキーホルダーを見つめた。心なしか、微笑んでいるように思えた。早く実物にも会いたいな。来那と一緒に見ることができたら、私はとっても幸せだろう。




