第72話 興味本位<井戸川萌子side>
……なんだかんだで、やっぱり山崎美音って、鈴加ちゃんのこと大好きなんだなぁ。
少し待ってみても、彼女が退出する様子はない。
あれ? 結果オーライってやつ?
「オリーブオイルちゃんは、どんな食べ物が好きぃ?」
山崎美音はリスナーのみんなにではなく、鈴加ちゃんだけに問いかけている。
それってあり!?
【焼き鳥】
オリーブオイルちゃんは、ぽつりとそんなコメントを打った。えっ……。
私は二人のことを深く知らない。なんで仲違いしたのかもわからない。
——だけど、溝は浅い気がした。
「わかるっ。タレで食べるの美味しいよね!」
【塩一択】
「渋いねっ! まさか、名前通りオリーブオイルとかも、かけたりするのっ?」
【そんなわけないでしょ】
「ふふふー。あのさ、プロフィール見たけど、かわいいものが好きなんだ?」
【うん】
「だから、私の配信見に来てくれたの? ねっ。私、かわいいでしょ?」
山崎美音はパチンとウインクをする。
【はぁ? 調子に乗らないで】
——そんな小気味良い会話を二人が繰り広げている。
他のリスナーたちは、雰囲気を察してコメントを控えたり、そっと退出したりしていた。
本当はライバーってリスナーみんなに平等でいなきゃいけないんだよね。
またランキング上位を目指す場合は、支援してくれたリスナーに対して、アイテムの内容に応じたリアクションを返すのが一般的な対応だ。
山崎美音のライバーとしての対応は、言うなれば掟破りだ。
だけど彼女が配信を始めた目的は、そもそも鈴加ちゃんと仲直りするためだ。
だから私がこれ以上アドバイスをすることは、野暮と言えるのかもしれない。
【そろそろ夜ご飯の時間だから、さようなら】
どれくらい山崎美音と鈴加ちゃんは話していたんだろう。最後にオリーブオイルちゃんが、そんなコメントを打った。
「そっかー。残念。楽しかったよ! また来てねっ」
山崎美音は画面に向かって、ニコニコ笑顔で話しかけている。
——そのとき、オリーブオイルちゃんが"あっかんべー"の有料アイテムを使った。
それは1,000コインを消費するものだった。
鈴加ちゃんがしたことだからか、山崎美音は嬉しそうに顔を綻ばせる。
「えへへっ」
今日一、幸せそうに見えた。
その後、鈴加ちゃんが退出すると、配信は終了した。
「お疲れ様」
私は山崎美音に向かって、そっと声をかけた。
「井戸川先輩……」
「んっ?」
「久しぶりに鈴加と話せました!」
そう言った後、唐突に抱きついてくる。
「ちょ……」
「ありがとうございます……ありがとうございます……」
おそらく彼女は泣いていた。声もか細く震えている。
私は何も言うことができなかった。その代わりに、ゆっくりと背中を撫でた。
「……良かったね」
ようやく口にできた言葉が、静まり返った部屋にしっかりと届いた。
◇
その次の日も、何の因果か私は山崎美音のマンションに行き、配信についてアドバイスをしていた。
自分の役目は、もう終わったつもりでいたんだけど。
オリーブオイルちゃんは、今日もリスナーとして遊びに来ていた。時間が許す限り、二人は言葉を交わし続けていた。
「——ねぇ」
ライブ配信が終わった後、隣に座っている山崎美音に声をかけた。同じようにベッドを背もたれにしていた。
「はい?」
「鈴加ちゃんとは、なんで仲が悪くなったの?」
純粋に気になったから聞いたことだった。ここまで付き合ったのだから、きっと教えてくれるだろう。
「そうですね……」
山崎美音は遠い目をしながらも、私を拒む気配はなかった。
「まぁ。井戸川先輩には言ってもいいか……」
彼女は私の方に体を向けた。
「なんと鈴加の初キス、私が奪っちゃったんですよ!」
「えっ!」
「しかも、中学の教室のど真ん中でですよ! えへへっ。クラスのみんなにけっこう見られてて……それがきっかけで鈴加に絶交されちゃいました」
頭がクラクラする。
「……な、何で、そんなことしたの?」
「……それは興味本位ですかね。鈴加のこと普通に好きだし、なんか話していて、愛おしくなったんですよねっ! ……軽はずみでした」
「えぇ……」
開いた口が塞がらないとは、このことだ。
「まさかあの鈴加が、顔真っ赤にして怒って、卒業までずっと口を聞いてくれないとは思いませんでしたよっ」
山崎美音は、「まぁ。卒業してからも、まったく話せていなかったんですけど」と、気まずさを笑いに変えるように言った。
私が真顔でいるのを見たからだろう。急に静かになって、姿勢を正す。
「……こほん。あの頃の私は、ほかの女の子にもよく、ほっぺにキスするようなキャラだったんですよね。別に言い訳じゃないですけど、鈴加がインドア系の友達と一緒にいるようになって……なんかムカついて。こっちを見てほしくて、唇に引き寄せられるようにキスしちゃいました」
「そうなんだ」
「ほっぺじゃなくて、唇にキスしたのは独占欲の表れなんですかねぇ……」
山崎美音はううむと考え込むように、俯いた。
……。
——私のファーストキスの相手は来那だ。
それもカラオケの個室で、体勢を崩して事故のように唇を重ねた。
あのキスを最初の思い出にしたくなくて、もう一度、来那とちゃんとキスをした。
きっと鈴加ちゃんは山崎美音に対してムカついたことだろう。
しかもクラスメートの前で……見せ物のように唇を重ねるなんて、思わず同情してしまった。




