第71話 みおぴょん♪とオリーブオイル<井戸川萌子side>
◇
<井戸川萌子side>
気づけばもう深夜0時を回っている。普段ならとっくに夢の中なのに、今日は目が冴えていた。
私はベッドの中で寝返りを打つ。
——今日、来那から北海道旅行に誘われちゃった。
さらに深く目をギュッとつぶる。
——思いがけず、OKをしてしまった。
絶対絶対泊まりだよね……。
前は"日帰りの旅行なら良い"というような形で話は終わった。
だけど来那が私の好きなキツネにちなんで誘ってくれたから、思わず「いいよ」って答えちゃった。
……図書館で彼女と触れ合って、高まった気持ちになったから、自然と受け入れてしまったとも言えるかも。
「ふぅ」
いっぱいいっぱいの気持ちが吐息となって漏れた。
——そのとき、暗闇でスマートフォンが震える音がした。
来那かな。
手に取ってみると——相手は山崎美音だった。
『今日はありがとうございました♪またよろしくお願いします❤︎』
キラキラとした絵文字がたくさん使われている。眩しくて目を細めてしまう。
既読無視をしたら、追い打ちのようにメッセージが届く。
『実は、さっき今日の配信に来てたユーザーを確認したら"オリーブオイル"って名前の子がいたんですよっ。これって、鈴加だと思いませんか?』
……。
そうかもしれない。
鈴加ちゃんが飼っているトカゲの名前はオリーブオイルだ。だから、彼女である確率は高いと言える。
だけど私は無視をした。
きっと私は明日、山崎美音から空き教室に呼び出されるだろう。
そんな予感がしたから、今日はさっさと眠ってしまおうと思い、目を閉じた。
◇
「鈴加のSNSを見たら、『2回も顔見るなんて。最悪』って呟いてました。これって、私のことですよね!?」
「……」
案の定、朝にLINEが来て、放課後に山崎美音と空き教室で顔を合わせている。
すっかりお馴染みとなった場所は、自然と心が落ち着く空気が漂っていた。
鈴加ちゃんが言う2回とは、マンションの前で会ったときのこと、ライブ配信に遊びに来たときのことを言っているんだろう。
山崎美音は、ほっぺに両手を当てて、嬉しそうにはしゃいでいる。
鈴加ちゃんに「最悪」と言われているはずなのに……メンタルが強い。
昨日、泣いていたのは、もしかしたら幻だったのかもしれない。
「もし今日も配信したら、鈴加見に来てくれると思いますかー?」
「……どうだろう。山崎美音を毛嫌いしているなら、もう足を運んでくれることはないんじゃないかな」
「えぇー。私のかわいい顔を見に、また来てくれると思うなぁー」
彼女は髪を指先で遊ばせながら、私を上目遣いで見てくる。
「今日も、うちでライブ配信をしようと思うのですが、また先輩、近くで見守っていてくれませんか……?」
「……」
「お願いしますっ」
パンっと勢いよく両手を合わせて、頭を下げる。
別に断ってもよかった。
太ももに書かれた『来那』の文字を見られて脅されたり、鼻をちょんちょんして来那に誤解を与えたり……これ以上、山崎美音の面倒を見る義理はないように思えた。
——だけど、彼女の姿が、かつてライライちゃんが配信に来てくれるのが嬉しかった自分の姿と重なって見えた。
目の前にいる彼女は、いじらしくて、まるで恋するような少女に見えた。
……二人が仲直りしたら、私と来那にちょっかいをかけてくることも、きっとなくなるよね。
……。
「別にいいけど」
「……本当ですか? ありがとうございます! じゃあ早速、今からうちに来てください!」
善は急げというように、足取り軽く、彼女はスキップをして空き教室から出て行った。
私は仕方ないなぁというように、ため息を一つついて、ゆっくりと、そのあとを追った。
◇
「じゃあ、井戸川先輩! リスナーとして私のことずっと見ていてくださいねっ」
「はいはい」
昨日も来た山崎美音の家。今日もこうしてここにいるのが、なんだか信じられない。
彼女はスマホを固定して、髪を整えている。服は制服から着替えて、オシャレなノースリーブのトップスを着ていた。
彼女がポチッとボタンを押したら、アプリから【みおぴょん♪が配信を始めたよ】の通知が届く。
私は有線イヤホンを付けて、今日も山崎美音のライブ配信を近くで見る。
アドバイスをしたからか、彼女の自分語りは控えめになっていた。
そのおかげかリスナーもどんどん集まってくる。うんうん。いい調子かも。
そのままボーッと見ていたら、【オリーブオイルさんが遊びに来たよ!】の表示が出た。
思わずドキッとする。この子が鈴加ちゃんかな。
でもまだ確証は持てない。
そのままプロフィールを覗いてみる。そしたら、この前見せてもらったSNSと似たことが書いてあった。これは本人かも。
私は何気なく山崎美音を見た。バチっと目が合い、どこか含みのある笑みを返してくれた。
「オリーブオイルちゃん、いらっしゃいっ。大好きだよっ」
えっ。何それ!?
山崎美音は、初っ端から愛の告白をしていた。
それは、引いちゃうって!!!
鈴加ちゃん、すぐに退出しちゃうよ!!!!!




