第7話 ライライちゃんがいる<井戸川萌子side>
ライライちゃんの配信を見ていると元気がもらえた。私の心の拠り所だった。
社会の教科で、みんなの前で発表しなければならない授業があった。緊張でおかしくなりそうなときでも、ライライちゃんのことを思い出した。
彼女だったら、どんな振る舞いをするだろうと考えると勇気が貰えた。完全にライライちゃんになることはできないけど、発表は私にしては上手くできた方だと思う。
ある日、ライライちゃんが配信の中で「中2」という事実を言った。
私と同じ!
そんな共通点を見つけて、ますます大好きになってしまった。
——だけど、ライライちゃんは急にライバーを引退した。突然だった。お別れの言葉もなかった。
プロフィールに「ライバーやめます。みんな今までありがとう!」という一文が書いてあった。
そ、そんな……。
頭が真っ白になった。ライライちゃんのライブ配信は私の生きる支えだった。
学校でクラスメートに悪口を言われたり、体育で散々な結果だったりしても、ライライちゃんの配信があるから頑張ろうと思えた。
——彼女がライブ配信アプリから姿を消した。アカウントは残っていたけど、実質引退したも同然だった。
何かあったのかな。……ライライちゃん。
それからというもの、心に影が差したままだった。
気晴らしにと他の人のライブ配信を見ても心が踊らなかった。
もしも、最初に配信を見たのがライライちゃんじゃなかったら……こんなにライライちゃんを強く思うこともなかったのかな。
枕を濡らす夜が続いた。
◇
私は中学を卒業した。高校の入学式。校門の前には大勢の人が集まっていた。
知らない顔ばかりの中で、私は緊張していた。この中に、まだ見ぬ友達がいたりするのかな。……上手くやれるだろうか。
「一緒に写真撮ろー」
「うん! あっ、ねぇあの子かわいくない?」
目の前の女子二人につられて、なんとなく顔を上げた。
そこには、ひときわ目を惹く子がいた。
あれ。
ライライちゃんだった。
スマホの画面越しに何度も見ていた彼女がそこにはいた。
髪は肩で優しく揺れて、まつ毛は羽根のように長い。思わず呼吸するのを忘れた。
ライライちゃんだ。ライライちゃんがいる。
……私たちは近くに住んでいたんだ。手が震えた。声にならない叫びが喉元まで込み上げていた。
ライライちゃんは、女子一人、男子二人に囲まれている。社交的な彼女は、にこにこと楽しそうに笑っていた。
——吉瀬来那、それがライライちゃんの本名だった。
クラスは違った。さすがに、神様はそこまで甘やかしてはくれない。運命的な出会いにまずは感謝しないといけない。
ライライちゃんとは、廊下ですれ違ったことがある。——一瞬、目があった気がした、それだけでドキドキしてしまった。
遠くから彼女を見ているだけで楽しかった。内心、また、ライブ配信しないかなとも思っていた。
ライライちゃん——ううん。吉瀬さんは、誰とでもそつなく話せる。私が見る限り、いつも違う人が隣にいた。"諏訪部あい"って子とは、よく一緒にいるから一番気が合うのかもしれない。
吉瀬さんが誰かに向ける笑顔に勝手に嫉妬する私がいた。
配信だったら、私にだけ笑顔を向けてくれていたのに——。いやいや。不特定多数のリスナーに平等に接しているのはわかってるよ!
だけど、私のコメントを読んだときの笑顔は、私にだけ向けられたものと思いたかった。
こんなに見つめても吉瀬さんは振り向いてくれない。
学校生活では、ボタンひとつでコメントをしたり、アイテムを投げたり、存在感をアピールする術なんて用意されていない……。
吉瀬さんと話すためには勇気を出さないといけないということだ。
そんなの……私には無理だ。そもそも彼女と私には何も接点がない。
隣のクラスのおとなしい女子が急に話しかけても、怪しがられるだけだ。
ライバーとリスナーの関係だったら、こんなに悩まなかったのにな。
こんな悶々とした思いを抱えていることは、高校でできた友達の鳴海にも言えなかった。