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ライブ配信で始まった関係は、本物になれるのか  作者: 宮野ひの


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第69話 ちょんちょん【吉瀬来那side】





 しばらくしたら、自動ドアが開き、萌子と山崎が中から一緒に出てきた。


「ら、来那!?」


「先輩!? なんでここに!?」


 わたしを見るなり、二人はすっとんきょうな声を上げる。


 ——なんだか距離が近くない?


 山崎は萌子にピタッとくっついている。


 モヤモヤした気分になる。なんとなく二人の顔が見れなくて、俯いたら、ぽたりと汗が落ちてきた。喉、乾いたな……。


「——萌子、今日は配信しなくていいの?」


 思わず、冷たく言ってしまった。


 本来のわたしだったら、『二人のことが気になって来ちゃった〜』とか言って、明るくおどけてみせるだろう。


 だけど、今のわたしには笑顔を作る余裕もなかった。


 萌子は躊躇いがちに「う、うん」と言った。


「今日は、元々休む予定だったから」


「そっか」


 会話が途切れ、しんとした空気が広がる。——かと思ったら、唐突に山崎が口を開く。


「来那先輩っ。井戸川先輩のことを家まで送ってあげてくださいっ」


「うん……」


 言われなくてもそのつもりだ。後輩に先を越されたことで、素直に動けなくなってしまった。


「それじゃ先輩たち、さようなら! あっ。井戸川先輩。また、"ちょんちょん"させてくださいねっ。それではっ」


 ひらひらと手を振って、山崎はマンションの中に消えた。ご機嫌な様子で、語尾には楽しさがにじんでいた。


 何か言おうとしたら——ふらっとめまいがした。


 すかさず目を閉じると「大丈夫?」と萌子がわたしの背中を支えて、顔を覗き込む。


「近くに図書館があるから、そこに移動しない? もしかしたら来那、熱中症なのかもしれない」


「う、うん」


 優しい。


 こくりと頷くと、萌子はわたしの手を取り、一歩、前へと進んだ。


「あっ。暑いよね」


 すぐさま手を離し、「ついてきて」とわたしの顔も見ずに言う。別に、つないだままでもよかったのに……。


 だけど余裕がなくて、黙ったまま萌子のあとを歩いた。

 無言のまま、彼女の襟元をただただ見ていた。





「はぁ。生きかえる〜」


 図書館は歩いて5分くらいのところにあった。2階の"おしゃべりOK"のスペースには、ウォーターサーバーが置いてあり、わたしは勢いよく水を飲んだ。


 あたりには椅子やテーブルが並べられていて、少し離れた場所に中学生くらいの子たちが集まっていた。楽しそうに話をしている。


 わたしと萌子は、二人がけの青いソファーに肩を並べて座った。カバン2つ分の距離がある。


「……暑かったでしょ」


 彼女がぽつりと言う。下敷きをわたしの方に向けて、パタパタとあおいでくれる。


「LINEで今、"山崎美音のマンションの前にいる"って教えてくれたら良かったのに」


「だって」


 そんなことしたくなかった。

 だって萌子は家に行く前に、きちんと報告してくれたから。


 何通もメッセージを送ってしまったけど、邪魔だけはしたくなかった。

 

 結局マンションの前で待ってたから、同じことじゃないかとも思うけど……。す、ストーカーじゃないんだからねっ!


「……山崎の家で、ライブ配信のアドバイスをしていたんだ」


 萌子は心地よい風を作りながら、一言こぼす。


「そうなんだ」


「うん。私にできることって、それくらいだけだし。大丈夫。何も起きてないよ」


「……そんなことないっ」


 思わず立ち上がる。空になった紙コップが床の上で静かに転がった。


「萌子は勉強もできるし。マンションの前で1時間以上待ってフラフラのわたしを優しく介抱してくれるし。それくらいって言わないで!」


「……」


「まぁ。何も起きてないのは……安心したけど」


 思わず安堵の声がにじむ。


 萌子は、わたしの言葉に反応して視線を落とした。


「……1時間以上も待っていたんだ」


「わ、悪い?」


 目線を合わせるように、つい身を乗り出してしまう。


「悪くないけど」


 わたしを真っ直ぐに見た彼女が、ギョッとした顔をする。

 顔を赤らめて、気まずそうに目を泳がせている。


「み、見えてるけど」


「えっ?」


 視線の先を辿ると、わたしの首筋だった。

 えっ。まさか。


 触ってみたけど、わからない。

 だけど、きっと萌子が付けたキスマークが見えているということだろう。

 うそ。いつから!? 汗をかいたからかな!?


 恥ずかしさが伝染したように、わたしの頬も熱くなる。クラスメートに見られていたらどうしよう。


「あのさ。萌子に聞きたいことがあるんだけど……」


 わたしは、もう一度ソファーに座る。

 真面目な雰囲気を察して、彼女は姿勢を正した。


「何?」


「あのね」


「うん」


 気がついたら中学生の姿が見えなかった。帰っちゃったのかな。

 夕暮れの光が、汗ばんだ腕に反射して、窓から差し込む。


 わたしはギュッと拳を握りしめた。


「……ちょんちょんって何?」


「へっ?」


「山崎がさっき言ってたでしょ! ずっと気になってたの!」


 そう。わたしは萌子と図書館に来る前から、ずっと"ちょんちょん“のことが頭から離れなかった。

 その文字を表す動作が、おぼろげに頭の中に浮かぶものの、どういうことか確信が持てずに一人ヤキモキしていた。

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