第68話 来ちゃった【吉瀬来那side】
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<吉瀬来那side>
HRが終わるや否や、萌子は教室から姿を消した。その背中を追う暇も、言葉をかける余地もなかった。
放課後の教室に残っていたわたしは、ラブや他のクラスメートたちと机を囲みながら、他愛のない話に花を咲かせていた。
部活に入っていないわたしは、こんなふうに時間を持て余してしまうことがある。
以前、萌子と一緒にフタコンの優勝を目指していたときは本当に楽しかったな。
「来那の席って、内職できていいよね」
そんなことを武田が言う。一番後ろの席だから先生に気づかれにくいことを言っているのだろう。
「いやいや。結構、先生と目合うよ〜。スマホいじることもできないよ!」
「来那がさ、かわいいから見てんじゃん?」
ラブが軽いノリで、そう言った。肘でつつくと、他のみんなは笑ってくれる。
「そういえばさ、ここって井戸川さんの席じゃん?」
小野が低い声で言った。
ゴツゴツした指で、ラブが今座る、わたしの隣の席をさしている。
「うん。そうだけど」
「あの子、真面目っぽいじゃん。でも、結局のところどうなん?」
「へっ?」
「だからさ、イメージ通りなの? 結構、早弁とかしてたりして」
——ああ。そういうことか。
てっきり、わたし達の関係について言っていると思った。
「してないしてない! しっかり授業を受けてるよ〜」
「へー。そうなんだ」
小野が相槌を打つ。
「ってかさ」
今まで黙っていたタナリョーが口を開いた。
「井戸川さんと来那がライブ配信してるって噂、ほんと?」
反射的にドキッとしてしまう。
「うん。そうだよ。あっ。でも、今はしてないんだけどね〜」
「マジか。なんか想像つかないわ。隣の席になってから仲良くなったん?」
「そだよー」
「へぇー。で、どんな配信してたん?」
「そだなぁ。萌子とは——」
「萌子!?」
武田が口を挟む。なんだか嬉しそうだ。
「呼び捨てで呼んでるのー!?」
「う、うん」
わたしの頬、きっと今赤いだろう。
「なんかいいわー。あっちは"来那"って呼んでたり……?」
「うん。ご名答!」
「はーん。一見、名字呼びしてそうな二人が親密だと萌えるよねー」
「なぁ。俺のことも、タナリョーじゃなくて遼太郎って呼んでくんない?」
「いや。タナリョーはタナリョーでしょ」
冷静にツッコミを入れたら、ピコンとスマホに通知が届いた。見てみると萌子からだった。
『今から山崎美音の家に行ってくるね。何もやましいことはないから。一応、報告』
絵文字も何もないシンプルなメッセージだった。
『そうなんだ。楽しんできてね!\\\\٩( 'ω' )و ////』
わたしは反射的に返信をかえす。
だけど……。
山崎の家? なんで? どうして?
すぐに頭の中はぐるぐる思考に飲まれていた。
「あれ? 来那。どしたん。顔怖いよ」
ラブが声をかけてくる。
「……ごめん。わたし帰るね」
「えー。もう少し話してようよー」
「……でも、わたし行かなくちゃ」
そのままカバンを持って、教室を出た。みんな唖然とした顔で、わたしを見ていた。
何故か、嫌な予感がする。胸騒ぎがした。
「山崎の家……」
1階まで階段を降りたところで立ち止まる。
そうだ。わたしは山崎の家を知らなかった。
「あっ。来那先輩だー」
女子の一人が小走りで近づいてくる。前に話したことがあるけど、えっと、名前が出てこなかった。
リボンの色を見ると青色で、かろうじて1年生であることがわかる。
「あの。聞きたいことがあるんだけどっ!」
「きゃっ」
勢い余って、彼女の手を握ってしまう。真っ赤になって、目が泳いでいた。
わたしは、その子に山崎美音の家の場所を聞いた。完全にダメ元だったけど、なんと同じクラスで、場所を知っているようだった。
優しく丁寧に道順を教えてくれる。学校から近いようで、すぐに向かうことができた。
——そんなこんなで、わたしは山崎のマンションの前に立っていた。
勢いで来てしまったけど、部屋番号まではわからない。わたしは頭を抱えた。
今日はいつもに増して暑い。喉が渇いた。だけど、自販機を探したり、コンビニに寄ったりする訳にはいかない。意地でもここを離れたくない。
あれから萌子とLINEがつながらないのも心配の種だった。山崎にもメッセージを送ったけど何の音沙汰もない。
「どうしたんだろう……」
未読状態が続いたトーク画面を見る。
そもそも萌子が山崎の家に行く理由ってなんだろう。
わたしはマンションの壁にもたれかかった。
——ふと、頭に萌子の胸に飛びつく山崎の姿が思い浮かんだ。恍惚の表情を浮かべながら、彼女は笑っている。
私はぶんぶんと頭を振る。
——次に、ベッドに押し倒される萌子の姿が浮かんだ。
「わーーーーー!!!」
思わず大きな声を上げると、目の前を散歩をしていたおばあちゃんが驚いたように肩を震わせた。申し訳なくなって、わたしは会釈をする。
じっとしているから、変なことを考えてしまうんだ。
マンションの前を右往左往してみるものの、暑さでさらに汗が噴き出した。
……。
大人しく待っていよう。
わたしはマンションの壁に背をつけて、ゆっくりと目を閉じた。




