第66話 上手く丸め込まれた?<井戸川萌子side>
その後、山崎美音に案内されるまま、彼女のマンションの前までたどり着いた。
本当に学校の目と鼻の先にある。朝は時間ギリギリまで寝ていられるのは素直に羨ましいなと思った。
「あ、ありがとうございます……」
山崎美音は、私の前で泣いたのが気恥ずかしかったのか、視線を逸らしてばかりいた。気の利く言葉が思い浮かばず、頬をかく。
「あっ」
「?」
彼女が急に声を漏らした。なんだろうと視線の先を見ると、制服を着た一人の女の子が立っていた。
三つ編み姿で、眼鏡をかけていて、大人しそうな印象がある子だった。カバンの紐をギュッと握りしめて、こちらをハッとしたような表情で見ていた。
「鈴加……」
その名前を聞いて、山崎美音が前に話した幼なじみだということに気づく。
彼女は、そのままプイッと顔を背けたまま、私たちの前からいなくなった。
山崎美音が悔しそうに下唇を噛み締めている。また、泣き出しそうだった。
「あのさ、ロビーの中、入らせてもらってもいい?」
マンションの外は暑く、じっとしているだけで汗が吹き出しそうだった。ガラス越しに、ソファーとテーブルがあるのがわかった。ここで話をすることができそうだ。
山崎美音は頷く。先に自動ドアをくぐり、オートロックを解除してくれた。
寂しげな彼女の背中を見ながら、どこか物憂げな蝉の声が耳に残った。
◇
「あの子が前に話した幼なじみです。久しぶりに顔を見たなぁ……」
山崎美音はソファーに腰を下ろすと、私の方を見てゆっくりと語り始めた。
三笘鈴加は隣町の高校に通っているそうだ。ただ絶交していることもあってか、対面するのは久しぶり。つい彼女の名前を呼んだけど、結局、無視されてしまい、山崎美音は誰が見てもわかるくらい落ち込んでいた。
私は頷きながら、彼女の話に耳を傾けていた。
来那だったら、もっと優しくフォローするのかな。
だけど、私の性格上、まるで"お姉さん"みたいな振る舞いはできなかった。しかし、かえってその反応が心地良かったのか、山崎美音は安心したように喋り続けている。
「鈴加、怒っていたなぁ。……やっぱり私のこと嫌いなのかなぁ。また、昔みたいに話したいなぁ」
彼女はしおらしかった。
三笘鈴加は確かにバツが悪そうな顔をしていた。でも、これって本当に怒ってたって言えるのかな?
きっと二人にしかわからない出来事がある。だから私はうかつに口を出すことができない。
——でも、目の前で凹んでいる後輩を放っておくことはできなかった。
「また仲良くなれるよ。きっと。私にできることなら協力するから……」
つい、そんなことを言ってしまった。山崎美音が顔を上げる。彼女は水を得た魚のように、ぱあっと笑顔になる。
「ありがとうございます。優しいですね。井戸川先輩……」
「別にそんなんじゃないけど」
「じゃあ、早速、お願いしますね! このまま私の家に上がって、ライブ配信のアドバイスをくださいよ!」
「はぁ?」
思いがけず変な声が出る。
そんな私をよそに、山崎美音はスマホを手に取り、何やら操作した後、画面をこちらに向けてきた。
「これ、鈴加のSNSのアカウントなんです。あの子、最近キラライブを見ているって投稿していました!」
目を向けると、『りんくわ』という名前のアカウントが表示されていた。サムネイルには、三つ編みにした少女の後ろ姿が映っていた。フォロワーは3,000人以上いる。プロフィールには『インドア かわいいものが好き』などの文字が羅列されていた。彼女は顔こそはSNSには挙げていないものの、ファッションの写真を日々アップしていて、そこそこの反応を得ていた。
「りんくわって名前なのは、"鈴加"の音読みから取ったんだと思います」
「なるほど。でも、このアカウントは本人に教えてもらったものなの?」
「いえ。喧嘩しているので、連絡なんて取れるわけないですよ! 私が一方的に探して見つけ出しました! わかりやすい個人情報を載せていないので1ヶ月はかかりましたよ!」
「……」
「ほら。数ヶ月前の投稿された写真を見てください! 緑のトカゲが載っていますよね? 背中にハート柄があって……これって鈴加が飼っているペットなんですよっ! 名前はオリーブオイルちゃん。中学の頃、遊びに行ったときに見せてもらって……。まさか、これがSNSで鈴加を特定する材料になるとは思いませんでした!」
「……」
投稿には「#トカゲ好きとつながりたい」のタグが付いていた。多分、山崎美音はいろいろな手段を使って、鈴加ちゃんを探し出したのだろう。
「そして、最新の投稿を見てください!」
どれどれ。
スマホの画面を見せてもらうと、"りんくわ"は「最近、キラライブばかり見てる〜」という近況を投稿していた。
「なので……」
山崎美音は姿勢を正して、私に向き直る。
「私に、ライバーのコツを教えてください!!!!」
大きな声だった。ロビー内に反響している。
彼女がぺこりと頭を下げたその肩が、小さく震えているのがわかった。
「……」
「偶然でもなんでも、鈴加が私の配信を見てくれるかもしれないんです。もしかしたら仲直りするきっかけも掴めるかも……。そのときに、ヘボヘボライバーだったら、きっとすぐに帰っちゃうっ。なので、井戸川先輩——いや、師匠、私に、ライバーのコツを教えてください! お願いしますっ」
「……山崎美音、顔を上げてよ」
彼女はじっとして動かない。
「わかった、から」
熱意に負けて、つい、そう言ってしまっていた。
「本当ですか!?」
バッと顔を上げて、キラキラとした目を向けてくる。まるでサファイアのように澄んだ輝きだった。
「うん……」
もしかしたら私が空き教室に足を踏み入れた時点で、最初からこうなることが決まっていたのかもしれない。
「ありがとうございます!! それじゃ、早速、私の家に来てください!!」
でも、上手く丸め込まれたと思うのは気のせいだろうか……。
山崎美音がご機嫌に、エレベーターの方へ向かった。
私は少し思い悩んで、スマホを取り出し、来那にLINEを入れることにした。内容は『今から山崎美音の家に行ってくるね。何もやましいことはないから。一応、報告』というものだった。
「せんぱーい!」
「今行く」
私は急いで彼女のあとを追う。促されるまま一緒にエレベーターの中へと入った。




